『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は10月16日に公開された
『鬼滅の刃』の勢いが2021年に入っても止まらない。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は週末だった1月2日、3日に42万5000人の観客を動員。興業収入(興収)は6億7800万円に達し、公開から12週連続で興収1位を続けている(興行通信社調べ)。
どこが一番儲かっているのかが気になるが、意外や原作の版権を持つ集英社ではないという声をよく聞く。「ソニーでしょう」(大手出版社社員)。どういうことなのか。以下、考えてみたい。
劇場版の興行収入は 歴代最高を記録!
まず、『鬼滅の刃』の単行本は12月4日に最終巻の第23巻が発売され、累計発行部数は1億2000万部を超える見通し。すると売上高は500億円以上になる。
印税は8~10%程度で、その中から40~50億円以上が原作者の吾峠呼世晴さん(31)の手にわたる。残り約450~460億円以上から単行本制作費を除いた金額が集英社に入る。
一方、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(以下、劇場版)の1月3日までの累計観客動員数は2548万人。興行収入(興収)は歴代最高の346億円を記録している。
興収とは入場料の総額。その約半分が上映した映画館に入る。シネコンの中には劇場版を1日に10~20回以上も上映するところがあるが、それはファンサービスばかりが目的ではない。観客を入れれば入れるほど儲かるからだ。1月3日現在、各映画館には約173億円が入ったことになる。
映画館の取り分を引いた残り約173億円は配給収入(配収)と呼ばれる。ここから、まず約20%が配給会社に入る。劇場版の場合、金額にすると約34億6000万円。配給会社は東宝とアニプレックスで、それぞれの取り分は推定約17億3000万円ずつと見られる。
アニプレックスという会社の存在はアニメファンならずともご存じではないだろうか。アニメの制作や映画館への配給、テレビ局へのアニメ番組の販売などを行っており、『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』(2005年)や『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』(2012年)などの制作にも携わってきた。設立は1995年で歴史は浅いが、ヒット作を次々と放っており、アニメ界の一大勢力と化している。
同社はソニー傘下のソニーミュージックグループの一員だ。『鬼滅の刃』の歌姫と言えるLiSAが所属する芸能プロダクション、ソニー・ミュージックアーティスツもグループに属する。さらにLiSAの作品を発売するレコード会社もやはりグループのソニーミュージック。各社の収益はもちろんソニーの決算に反映される。
主題歌を歌うLiSAも 売れに売れ…
劇場版の売り上げ分配の話に戻りたい。約173億円の配収から配給会社の取り分を引いた138億4000万円から、制作費(推定5億円)や宣伝費(同約5億円)、原作使用料(同1000万円以下)を抜いた約128億3000万円が、出資者でもある制作委員会に支払われる。
劇場版の場合、制作委員会はアニプレックス、集英社、ufotableの3社。ufotable社は直接の制作も手掛けた。その出資比率を映画宣伝会社スタッフはアニプレックスと集英社が約45%ずつ、ufotableが約10%と読む。となると、アニプレックスと集英社が得るのは約57億7000万円、ufotableには約12億800万円が入ることになる。
吾峠呼世晴さんへ支払われる劇場版の原作料は驚くほど安い。上限は1000万円と日本文藝家協会の著作物使用料規定に定められているためだ。
例えば佐藤秀峰さん(47)の人気漫画を基にした映画『LIMIT OF LOVE 海猿―UMIZARU―』(2006年)の場合、原作料は250万円だったと佐藤さん本人が明かしている。オプション契約が交わされていたら別だが、それでも高額にはならないようだ。
一方、ソニー側の得る利益はアニプレックス分の配収にとどまらない。昨年10月に発売されたLiSAが歌う劇場版の主題歌『炎(ほむら)』は同11月に早々とプラチナディスク(25万枚)となった。現在もオリコンの週間チャートの首位を快走しており、ミリオンセラーも見えてきた。すると総売り上げは10億円を突破する。
テレビアニメ版のオープニングテーマ曲『紅蓮華』は同6月にミリオン認定済みで、総売り上げはやはり10億円以上。ほかにも同曲を含むフルアルバム『LEO-NiNE』(同10月発売)の売り上げもある。こちらも発売週にオリコンの週間チャートで1位になり、その後も売れ続けている。
さらにアニプレックスは『鬼滅の刃』のゲームも作っている。フィギュアなどの関連商品も。DVDの発売元もやはりグループのソニーミュージックマーケティングだ。これらの売り上げも莫大な金額になる。「ソニーが一番儲かっている」という言葉もうなずける。
地方局で勝負に出たアニメ
そもそも、漫画を世に出し、大成功させたのは集英社であるものの、アニメ化して国民的ブームにまで昇華させたのはアニプレックスなのだ。この作品が『少年ジャンプ』で連載が始まったのは2016年2月。ほどなくアニプレックスはアニメ化を申し入れていたという。慧眼と言わざるを得ない。
国民的ブームの火付け役となったのは在京民放キー局を除いた全国21局でのテレビアニメ放映(2019年4月以降)だった。これを仕掛けたのもアニプレックス。近年、ゴールデンタイムでのアニメ放映に消極的な在京民放キー局に頼るつもりは最初からなかったらしい。
今は在京民放キー局と組まなくてもアニメをヒットに結び付けられるようになった。地方局などでの好評が得られれば、ファンの声がSNSで拡散され、テレビで視聴できない地域の人も動画配信サービスなどで見るからだ。事実、筆者がテレビアニメ版を最初に見たのもケーブルテレビを通じてだった。
フジテレビは昨年10月から計3回、アニメ版を放送し、高視聴率を獲得。そんなこともあり、フジを含めた在京民放キー局の一部は、これから『鬼滅の刃』のチームに加わりたいと考えているようだが、難しいだろう。
在京民放キー局を新たに仲間に迎え入れてもメリットが思い浮かばないからだ。逆に制作委員会が3社から4社に増えてしまうと、次に劇場版をつくった際の収益が減ってしまう。
ソニーは劇場版公開後の昨年10月末、2021年3月期の連結業績予想を上方修正した。つまり、「今年度は思っていたより儲かるだろう」と宣言したのである。
売上高の見通しを従来の8兆3000億円から8兆5000億円に、本業の儲けを示す営業利益を6200億円から7000億円にそれぞれ引き上げた。劇場版やLiSAの作品などの大ヒットが影響したのは言うまでもない。
目利きがそろい、体制も整っているアニプレックスは今後も台頭を続けるに違いない。ウォークマンの発売から40年余。「技術のソニー」はアニメ界の主導権を握ろうとしている。
*参考文献『日経トレンディ』2020年12月号
高堀冬彦(放送コラムニスト、ジャーナリスト)
1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立
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