縁切榎は幅約4メートル、奥行き約10メートルと狭くて細長い
江戸時代から板橋宿の名所として知られる縁切榎(えんきりえのき)。大六天神のご神木が引き継がれ、3代目にあたる高さ約10メートルの榎がそびえる。ここを訪れる人が願うのは「悪縁を切りたい」ということ。だれだって神頼みしたくなるときはある。しかし、あと2週間で年が明け、人々はこぞって初詣に出かけるというのに、今、何を祈るのか。平成最後の年末の4日間にわたり取材時間を切り替えて定点観測した。
「江戸時代にある若い男性が、妻子と別れて出家しようとした。ところが、妻子がなかなか離れようとしなかったので、榎に祈って妻子との縁を断ち、この旧中山道を真っすぐ京都へと向かっていったという話があってね。それが縁切榎の由来になっているんですよ」
「かつては通りの向かいにあったけれど、昭和47年に土地が買われてビルになったため現在の場所に移したんです。いまの榎は三代目。一日に少なくても20人は参拝します。土日ともなると、遠方からも来るので100人以上。外国人も来ますよ。夜中の2時、明け方の4時でも来る人がいるんだから」と説明する。
■1日目=12月18日(火)
14:18
「ネットで調べて今年6月初旬に来たんです。そのときの祈願が叶ったので、今日はお礼参りに来ました」
「縁を切りたかったのは元夫。身内で自営業をやっているんですが、夫がお金を持ち出したんです。離婚を切り出す前に参拝し、絵馬に“夫と別れます”と誓いを書きました。
16:09
「昨年、近所に引っ越してきて、今年の6月中旬、歩いているときにここを知ったんですね。それ以来、週に1回の割合で来ています」
「本来の主旨とは違うと思いますが、1年前に流産をしましてね。それで、その流産という悪い縁を切りたい。そして無事に生まれますようにと思って、来ているわけです。これだけは、自分だけではどうしようもないですからね」
16:44
「父が悪性の脳腫瘍でこの11月から入院しているのですが、状態が芳しくないんです。ネットやテレビでも見たし、噂にも聞いていたので初めて来てみました」
「まずは“父の病気が治りますように”ということです。
「その男性は非常に鈍感な人なんですけれども、どうやら事故物件の部屋に住んでいたらしくて、暗くなると幽霊が出たり、人の気配がしたり、物音が聴こえたりしたんですって。次第に精神的におかしくなっていったんです。
16:52
「今日で100回目ぐらいかしら。20年前はタバコを断つために来て、すぐに達成できました。5年前には断酒に成功しましたね」
「今回、来たのは、母が高血圧で脳動脈瘤。弟が腎臓が悪くて通院しているんですね。それで“病気が治りますように”とお祈りしているんです。お陰さまで、2人とも症状は穏やかになってきています」
17:07
「7年前にここを見つけてからほとんど毎日、通勤のときなどに来ています」
「13年前、胃潰瘍で手術した母が医療ミスに遭いましてね。一定の金をもらって和解したのですが、それ以降、脳に血が届かなくなって認知症になったんです。あんなに他人に気遣いができる、人の気持ちを察することのできる母が性格まで変わってしまった。
「認知症はなかなか治らないものですが、状態は悪化していません。少しはご利益があるようですね」
17:36
「ネットでパワースポットと出ていたので、2か月前に来てから今日で4回目です」
「職場の悪い人間関係を切りたいと思いまして。面倒をみてきた後輩が、仕事を覚えた途端、ボクの足を引っ張りはじめたんですね。ボクより多く仕事をしているという上司へのアピールがすごいんです。無理してまで仕事を多くやってきてね。嫌なヤツでしょう。
■2日目=12月19日(水)
〈〇〇さんが奥さんの××さんと離縁して、△△(自分)と結婚しますように〉
〈〇〇 私利私欲に溺れて卑しい男め おまえだけは絶対に許さない(中略)地獄の業火に焼かれて死ね!〉
「夜中、人目を忍ぶように来て、藁人形を釘で打つ、おぞましい人までいる」
12:45
「この半年で6回目ですね。まだ離婚は切り出していませんが、私にも子どもにも暴力を振るう夫と離婚したくて来ています。“別れられますように”と書きました」
「ふだんはおとなしい人なんですが、仕事のストレスで突然、キレるんです。息子も反撃できる年ごろですが、それも力で抑えつける。
13:25
「うちの両親は賛成してくれたのですが、相手方の両親と親族が猛反対でね。相手も自営業なんですが、相当にお金持ちなんですよ。興信所を使って私のことを調べて“この女は金目当てじゃないか”とか、“財産目的だ”などとひどいんですね。結婚の時期も延びていて、まるで小室圭さん状態ですよ(笑い)」
14:33
「私は主人との離婚。娘は病気と縁を切るために、初めてここへ来たんです」
「主人は“オレが、オレが”という亭主関白タイプで、私が何を言っても受けつけないんですよ。束縛も強くて、私が仕事でほかの男性と会話をすると焼きもちを焼いて、仕事に支障をきたすんです。10年前にうつ病になり、1か月前から仕事を休んでいるんです。娘も離婚をバックアップしてくれています」
「糖尿病と甲状腺の橋本病もあって、今年7月に倒れてしまったんですよ。いまは薬を飲んでいるんですが、服用をやめて、子どもを授かれるようになりたい。そのためにも病気との縁を切りたい。ここは、『ポケモンGO』をやっていたら、よくこの場所が出てくるんで、なんだろうなと思って調べてわかったんです」
14:50
18:16
「15~16年前、1回来て、それ以来ですね」
「不動産業界は五輪バブルで盛況ですが、ボクの仕事はうまくいっていない。その悪い流れを切りたい」
「悪い縁を切りたいと祈りましたが、それほど真剣ではないですよ」
「……特に、ない(笑い)」
■3日目=12月20日(木)
9:41
「“縁切りでは都内で一番ご利益がある”と聞きました」
「職場恋愛で約10か月付き合った元彼と今年9月に別れたんです。真面目でおとなしい人だけれど、ひとことで言うと、疲れちゃった。毎日、会いたがるし、1日に20通もメールやLINEが来るんですよ。すぐに返事しないと、ぶつぶつ言われるし。
〈元彼と縁を切りたい。彼がほかの女の子と幸せになれますように〉
「親族の紹介でお見合いをしたんです。その人とうまくいくかどうかは、まだわかりませんが、もし、ここで願いが叶わなかったら、京都にいい縁切り神社があるというので、そこへ行こうと思っています。清水寺もいいと聞くので、そこへも。それから、もしここで願いが叶ったら、今度は東京大神宮へ縁結びに行こうと思っています」
11:30
「5~6年前から通算300回は参拝している」と板橋区のメーカー勤務・田代真紀さん(仮名、45)は振り返る。
「約10年前から夫は仕事のストレスで激しく酒を飲み、いっさい生活費を入れなくなった。2人の娘にお金がかかる時期だったので離婚を切り出したところ、“離婚はしない”の一点張りだったんですね。離婚については、娘たちも“あれじゃあ、仕方ないね”と認めてくれていました。今年の1月、やっと離婚が成立したんです。下の娘もようやく成人式を迎えましたし、今日は“毎日、無事にすごせています”とお礼参りをしたところです」
12:12
「5年前、幼い娘が鼻炎になってからです。娘は常に口呼吸しかできなくて、鼻ではできないんですね。鼻毛で菌などが防御できないから、風邪やインフルエンザになりやすいんですよ。一昨日からインフルエンザで熱が出ています。すぐ治るといいんですが……。特に成長に影響しているというわけではないんですけれど、見ていて、かわいそうでね」
13:33
「交際歴2年で昨年冬に別れました。3歳年下の売れないお笑い芸人の卵です。デートは家で過ごすことが多く、プレゼントをもらったことも一度くらい。それは我慢できたんですが、私の扱いが雑になってきたのが不満だったんです。私の優先順位が低いんですよ。彼は何よりもまず先輩、次に親やきょうだいで、私はその下なんですね。
15:43
「ひとりは、オレオレ詐欺みたいなのにしょっちゅう巻き込まれている人。悪い因縁を切って欲しい。もうひとりは娘の婚約者。数日後に結婚式を挙げるんですが、盲腸になってしまったので、薬で散らしてもう少し頑張ってもらいたい。この時期に手術したら、結婚式場をキャンセルしなきゃいけないでしょう。とても金額は高いんですよ」
15:56
「主人と離婚したくて。内容は詳しくは言えません」
17:01
「みな、小さな嘘をついたり、人に対して小さな悪いことをしたりして、穢れながら生きているでしょう。80歳を迎えたので、そういう穢れを少しずつとって身辺を清めたい。新しい年を迎えるにあたって、どうしても年内に来ておきたいと思いましてね」
■4日目=12月21日(金)
21:42
「あまり教えたくないんです。すいません」
21:45
「ダメでしょう、そりゃあ。はははっ」
21:49
「いえ、話せません」
22:03
「母が1年前に大腸の末期がんになったんです」
「父と初めて2人っきりの生活をして、次第に父の理不尽さがわかるようになってきたんですね。母に聞くと、母はかなり暴力を受けていたという。隠していたんです。父と話し合いましたが、最後は殴り合いの喧嘩ですよ。もう、許せなくてね。そういう父と縁を切るために来たんです」
22:55
「よしてくださいよ! そんなこと」