明るい性格だったという屋敷恵美さん(左)、田組育鏡さん(右)
「坪野鉱泉にたむろする暴走族に殺されたのではないか」「北朝鮮の工作員に拉致されたのではないか」
中には、「女の子2人は5人の男にレイプされてまわされたあげくに車ごと捨てられた。そのうち2人の男は殺した女の子の霊に取り憑かれて気が狂って消息不明。残る3人の男は怯えて暮らしている」
という妙に具体的な噂もネット掲示板で話題になり、書き込みは今も残っている。
「肝試しに行く」と伝えたまま行方不明に
その噂の女の子とは、富山県氷見市の屋敷恵美さん(当時19)と友達の田組育鏡さん(当時19)。1996年5月5日、ゴールデンウイークの真っただ中に「坪野鉱泉に肝試しに行く」と、それぞれの家族に伝えたまま、消息が途絶えた。
ところが失踪から18年が経過した2014年末、真相解明につながる目撃情報が突如として県警に寄せられ、事態は急展開する。
屋敷さんら2人が目指した坪野鉱泉は、「ホテル坪野」の廃墟ビルで、北陸では「最恐」の心霊スポットだ。
そこは屋敷さんの自宅から東に約60キロ、車で1時間半の山間にある、鉄骨6階建ての建物だ。1980年代初めに倒産し、経営者は行方不明になった。ホテル跡の土地と建物は競売にかけられ、会社経営者が約3500万円で落札した。
しかし、バブル崩壊によって近くのリゾート開発の話が立ち消えとなり、建物は野ざらしに。やがて、暴走族のたまり場と化し、かつての温泉ホテルは荒れ果て、「幽霊が出る」として若者たちの肝試しの場所になった。屋敷さんら2人も失踪する前から1、2度は訪れていたという。
その日は日曜日の夜だった。屋敷さんは、懐中電灯を持って軽乗用車で外出した。友達の田組さんは、勤め先のスーパーで懐中電灯の電池とペンライトを買い、屋敷さんの車で氷見市を出発。途中、隣の射水市にある「海王丸パーク」と呼ばれる、若者が集まる場所に立ち寄った。
午後10時過ぎには、屋敷さんの軽自動車が国道8号を魚津市方面に向かって走り、同市内のガソリンスタンドで給油したことがわかっている。
その後、友人のポケベルに「今、魚津市にいる」とメッセージを送ったのを最後に、連絡がぷっつり途絶えた。2人の身に一体、何が起きたのだろうか。
“どこかに誰かがいそう”な最恐心霊スポット
昨年末に現場を訪れてみると、煉瓦色のその廃墟は、辺り一面が真っ白い雪に覆われた、なだらかな山間にぽつんと立っていた。外壁の窓ガラスはすべて割られ、真っ暗な室内が異様な雰囲気を醸し出している。
ひざ下まで積もった雪を踏みしめ、小高い丘を上って廃墟に近づく。正面玄関とみられる場所は、落書きされたトタン板で一面が覆われ、破れた穴から中へ入ると、暗闇が広がった。ロビーだろうか。目をこらすと、両側に螺旋状の階段が見え、天井は骨組みがむき出しになっている。
螺旋階段を伝って上階へ上がると、壁やドア、柱には落書きだらけだ。
客室は2階からで、内装を見る限り和室のようだ。壁はぼろぼろにはがされて木枠が顕わになり、窓ガラスの破片が粉々に散らばっていた。エレベーターのドアは半開きの状態で、中は真っ暗な空洞だ。
廃墟には小1時間ほど滞在したが、日中にもかかわらず、どこかに誰かがいそうで、時折寒気を覚えた。
屋敷さんらは当日、魚津市にいたことは確認されているが、この廃墟を訪れたかどうかまではわかっていない。
『月刊北國アクタス』という雑誌が、2人の失踪を特集する記事を'97年6月号に掲載しているが、その中に、県警の話としてこんな記述がある。
《廃墟ビル周辺では血痕や着衣など被害者の遺留品らしきものは何も見つからなかった》
2人は肝試しをしたのだろうか。だとしても、廃墟で事件に巻き込まれた可能性は低そうだ。実は失踪から四半世紀になろうという昨年、この2人は意外な場所で発見されていた。
「車が転落するのを目撃した人物がいる」
昨年3月上旬、射水市にある富山新港の海底に、軽自動車が沈んでいるのが見つかり、車内から複数の人骨が発見された。DNA型鑑定の結果、人骨は屋敷さんら2人のものと特定した。
この発見につながったのが、'14年末に県警に寄せられた、「'96年のゴールデンウイークに旧海王丸パーク付近で車が転落するのを目撃した人物がいる」という情報だ。県警は、この情報を基に調べを進め、目撃者の男性3人を特定。こんな証言を引き出した。
「運転席と助手席に乗っていた女性に声をかけようと近づいた際、車が後ろ向きに急発進し転落した」
しかし、3人は「怖くなって立ち去った。通報はしなかった」と話したという。
軽乗用車が見つかった富山新港は旧海王丸パークがあった場所で、屋敷さんら2人は、廃墟へ行く前に立ち寄っている。その後、魚津市に入ったところまでの足取りはつかめていたが、2人は再び同パークに引き返したということだ。
「魚津市にいる」とポケベルでメッセージを送ったのは午後10時過ぎ。仮に肝試しに行っていたとしたら、同パークに再び着くのは深夜だ。そこに現れた男性3人から声をかけられ、車で転落した、というのが失踪の顛末である。
目撃した3人の男と一致する都市伝説
冒頭の掲示板の噂と同じく、男性3人の目撃談というのがやはり、ひっかかる。ネットには“地元のスナックでこの事件に関わった男が少女の霊に悩まされているという話をしていた”という都市伝説が数多く出回っており、彼女たちが目指した心霊スポットになぞらえて“神隠し事件”などと呼ばれていた。それによると、今も怯えて暮らす男は3人と人数は一致している。さらにその話を「警察に通報した」と書いているものもある。はたして都市伝説なのか、事実なのか。
富山県警少年女性安全課の担当者は取材に対し、こう回答した。
「目撃者とされる者については複数回の聴取を行った。何らかの理由で車が海に転落したのはわかっているが、現時点では事件性を疑う状況は確認されていない」
つまり事故の可能性が高いということだ。とはいえ男性3人は、目の前で女性2人が溺死した可能性があるにもかかわらず、20年以上も警察に連絡せず、放置していたことになる。そのせいで真相究明が遅れたばかりか、遺族は長年、娘の安否を気遣い続けた。
男性3人の証言について、屋敷さんの父親は、週刊女性の取材にこうきっぱり言った。
「全く信用していません。3人が誰かも知りません。警察に聞いたけど、それは教えられないと」
では捜査継続を希望しているのだろうか。父親は続けた。
「それも警察に伝えたけど、確たる証拠はないから対応できないと。納得するも何も、もう過ぎたことやから、それでよしとせんとあかんのやって。娘はそれだけの人生だったんやなあと……」
富山県警の担当者は「今後必要に応じて捜査をしていく」と説明しているが、父親が納得する日は、はたして訪れるのだろうか。
取材・文/水谷竹秀
ノンフィクションライター。1975年、三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など。
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