丹さんのひざの上でくつろぐ。顔が大きく手脚が短いのがぶさおたるゆえん
『週刊女性』の短期集中連載「動物虐待を許さない!」、第2回の主人公は、虐待を乗り越えて生きる猫「ぶさお」と飼い主の丹竜治さん(42)。丹さんの家に出入りするようになった“ドロボー猫”には、虐待されたとみられる痕跡がいくつもあって……。
〈連載第1回の記事はこちら〉
動物虐待、荒んだ現状に犬猫1700匹を救った女性が喝「エサだけあげる人は加害者」
ツンデレぶさおの生態
「こいつは……猫じゃないですよ。表情や仕草も豊かだしね。ボクは、マジで人間だと思っています」
茨城県北茨城市在住の自動車関連技術者・丹竜治さんは、ともに歩んできた道のりを振り返りながら、真剣な顔つきでそう言った。
約7年前から、SNSでブサカワイイということで徐々に人気に火がついてきたのが、愛猫のぶさお(推定9歳)。冬にストーブで暖をとる姿が「ストーブ猫」として評判になり、国内外から100万の“いいね”が寄せられた。
「夏は床にごろんとあおむけになって、無精なのかほとんど動かない。あられもない姿ですよ」と丹さんは笑う。
猫は警戒心の強い動物だ。お腹を見せて寝転がるのはまったく警戒していないからで無抵抗の証。主人に対する愛情表現のひとつといわれる。
「でも、生意気なところもあって、以前は呼んでもなかなか来なかったし、家族に噛みつくこともあったんすよ。今年1月、ファンが自宅に会いに来てくれたときも逃げてしまった(笑)。最近は年齢的に落ち着いてきたのか、取材慣れして有名になってきたことをわかっているのか、逃げなくなりましたね」
確かに取材中の筆者にすり寄ってきて、しきりに顔を押しあててくる。じっくり見ると、四角で大きな顔、手脚が短くてコロコロとした体形。ふてぶてしくもあり、カワイくもある。お気に入りの場所は丹さんのひざの上だ。座ってすぐに眠りについてしまう。
何度も傷だらけで現れた
丹さんとぶさおの出会いは2009年ごろ。飼い猫3匹のエサ場に、しょっちゅうぶさおがお邪魔していた。
「家の中へ入ってきて、うちの猫が食べているエサを、ちゃっかり食べているんですね。基本的にはボクや家族がいないときに来ていたようです。要するにドロボー猫ですよ。
きっとあちこちの家のエサ場を渡り歩いていたんでしょうが、顔がブサイクだったので、家族と“ブサイよね~”と言っていたんです。当時は食べ終えると、とっとと出ていきましたけどね」
顔もブサイクだが、声はもっとブサい。ビャ~ンと、まるで浪曲師のようなダミ声をあげる。
「のちに知人から聞いた話によると、近所で首輪のついた猫が段ボール箱に捨てられており、それが時期的にみてぶさおなんです。どこかの家で飼われていたんだけど、捨てられてしまったんでしょう」
しばらくは、そんな状態が続いた。見かけるたび、ぶさおには変化があった。
「全身傷だらけになっていたり、血だらけになっていたりね。猫には縄張り争いがあるので、猫どうしのケンカでしょうけど。こいつはそうやって生存競争の中で生き残ってきた強いボス猫だと思うんです。猫の最大の弱点は首を噛まれることですが、こいつは首回りが太くて丈夫だから」
ぶさおの右耳は少し欠けている。ある日、血だらけで右耳の肉片をぶらぶらさせていたので処置してあげたという。ケンカだけではなかった。
「明らかに人間が手を出した虐待と思えるケースもたびたびありました。全身に赤いスプレーが吹きかけられていたり、接着剤かトリモチのようなものがついていることもありましたし、裂傷もあった。右足を引きずって歩いていたことも。たぶん人間に踏みつけられたんだと思う」
その足は複雑骨折したまま固まってしまったのか、ぶさおは現在でも少し妙な歩き方をする。
「子どもが面白半分にやったのかもしれませんが、大人の仕業かもしれない。そうやってケガから回復したかと思うと、またケンカや虐待で傷だらけ。その繰り返しでした」
居候から心の支えに
1年が過ぎたころ、また血だらけでふらふらになってやってきた。見るに見かねた丹さんは声をかけた。
「来いよ」
すると、ぶさおは歩み寄ってきて、丹さんのひざの上にちょこんと座ったのである。
「こっちがビックリしました。いくら前に飼われたことがあったとしても、しばらくは野良猫でしたからねぇ。奇跡的ですよ。飼い主に捨てられても、人間に虐待されても、人間に頼ってきたんですから。
さんざん酷い目に遭ってきたけれども、それでも生きるため、生きることに執着して、人間に頼ってきたんですよ」
その瞬間、丹さんは決めた。とりあえずは居候させてやろうと。
「段ボールに土を入れてあげたら、そこへすぐに排便排尿をしてくれたし、壁などをガリガリ引っかくこともなかった。去勢手術後は尿スプレー(マーキング行為)もしない。ほとんど手間はかかりませんでした」
それからのぶさおは、丹さんの部屋に頻繁に来るようになり、布団に勝手に入ってくるようになった。居候の身から、あっという間に飼い猫へと昇格したのである。
そのころ丹家には大きな変化があった。'10年に丹さんの父親が他界。'11年には離婚を経験し、その1か月後に東日本大震災に見舞われた。
「うちは半壊でした。玄関に亀裂が走り、家が徐々に傾きはじめた。隙間が多くなって、引き戸も閉まらなくなって家を建て直しました。つらいことばかりでしたけれど、ぶさおがいてくれたことがかなり大きかった。心のよりどころになってくれましたね」
と丹さんはしみじみと話す。
人間と動物が幸せになるために
やがて、ぶさおに転機が訪れる。丹さんがインスタグラムなどのSNSでぶさおの話を発信したところ想像以上の好反応だった。写真を「ぶさマイド」として1枚500円で販売し、'15年からは2000円のカレンダーも作り、今年からはコースターも作るようになった。
こうした売り上げは「ぶさお基金」として環境保全・動物愛護活動などに生かすようにしている。
以前、霞ヶ浦でバス釣りをしていた丹さんは、10数年前から環境汚染された湖の掃除ボランティアをしている関係でNPO法人「水辺基盤協会」へ寄付したり、「PLUSわんにゃんプロジェクト」「鉾田70ワン」といった多頭飼育崩壊問題などに取り組む活動を支援したり、避妊・去勢手術を推進したり、猫の保護や犬の躾をしたり、動物の啓発活動もするようになった。
「すべては人間と動物が幸せになるために。活動のきっかけはぶさおです。猫を飼うときは野良猫はダメだとか、大人の猫はなつかないと一般的によく言われます。しかし、ボクとぶさおのケースのように、仲よくなれることもあるんです。
おもしろい、可愛いだけではなく、ぶさおがそういう常識を打ち破る好例になればいいと思っています」
(フリーライター山嵜信明と週刊女性取材班)
〈PROFILE〉
やまさき・のぶあき 1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物などさまざまな分野で執筆している