青木政憲容疑者と経営していたジェラート店
《この世で最も大切なのは「命」だと思います。では、二番目は何かと問われたら、私は間違いなく「金」と答えるでしょう》
友だちはほとんどいなかった
「彼が中学時代に書いた卒業文集は、キレイな字で書いてあるし、文章もしっかりしている。IQは高かったと思います。“命”と“金”についても、一般的な内容です。ただ、中学生ぐらいであれば親の価値観を反映している可能性が高いはず。
「彼の家族構成を見ると、父親は市議会議員で地元の名士、母親も大繁盛するジェラート店を切り盛りしていた。妹は体育大学を卒業し、弟は自衛隊に所属しています。非常に社交的で活動的な家庭に感じます。それに比べて、青木容疑者からは真逆の印象を受けます」(同・片田医師)
「静かで大人しかった。いつも1人でいたし、友だちはほとんどいなかった印象です」
「ポジションはキャッチャーだったが、大声が出せないため指示ができず、監督に怒られていたのを覚えている。そのためか、確か3年次にはレギュラーから外れていた」
「ここから見えるのは、青木容疑者は友人も少なく、コミュニケーションが苦手だったということ。推測するに、集団行動は向いていない人間だったと思われます。それでも親の希望に沿って、彼は懸命に努力していたのでは。中学時代は野球部に所属していたようですが、それは本当に青木容疑者の意志だったのでしょうか」(同・片田医師、以下同)
「そうした社交的で活動的な家庭の中で、青木容疑者の本当の気持ちを理解できる人がいなかったのかもしれない。もちろんコミュニケーションが得意でなければ、恋人を作ることも難しかったはず。客観的に見れば家族はいて、愛されてはいた。しかし、疎外感を深めた青木容疑者は“ひとりぼっちと思われてバカにされているんじゃないか”と思うこともあったのでは」
「青木容疑者の供述から、彼が“被害妄想”を抱いていた可能性も否定できません。東京の大学に進学したが、馴染めなかった。被害妄想は過度なストレスによって進展します。そのため、この頃から被害妄想があり、自分の思っていることや考えていることが声になって聞こえてくる“考想化声”もあったのではないか」
「大学時代にいじめにあってから、人間関係が苦手となり、家業の農業をやっていた」
「ひとりぼっちであることをののしられたと思って、女性を刺した」
金さえあればなんでもできる
「2人の女性が散歩中に談笑している姿を見て、『自分の悪口を言われている』という思いつきがあり、それを補強するように事実を歪曲する妄想的解釈があったのかもしれない。もし仮に、青木容疑者に大学中退時から被害妄想があったなら、長らく表面化しなかったのは、1人で黙々と作業する農業に従事していたため。外で別の仕事をしていたら、早い段階で何らかのトラブルが起こっていたと推測します」(片田医師、以下同)
1・現実離れした不合理な内容であっても
2・本人が真実と確信しており
3・訂正不能である
といった3つの条件を満たす必要があるという。
「青木容疑者が立てこもったときに、人質だった母親は青木容疑者の説得を試みています。仮にここでも青木容疑者が“女性に悪口を言われた”と話していたら、母親はきっと否定をしているはず。
「被害妄想から、アイツに悪いことをされたため窮地に陥ったと確信して相手を刺し殺したとか、配偶者が浮気しているという妄想を抱いて殺害したとかいうケースは過去にあります」
「私も銃器の許可に関する診断書を書いた経験があるのですが、2つの理由があって適切な診断を下すことがかなり難しいのです。1つは、本人が希望して診察を受けているわけではないためです。いわば、許可が欲しいから診察を受けている。なので、症状があっても本人が隠してしまうことがある。
《金がないと進学したくとも進学できません。逆に言えば、金さえあればなんでもできるという事であります》
片田珠美 広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。フランス政府給費留学生としてパリ第八大学に留学。京都大学非常勤講師 (2003年度~2016年度)。臨床経験にもとづき、精神分析的視点から犯罪心理や心の病を研究。著書に『無差別殺人の精神分析』(新潮社)、『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)などがある。