上岡龍太郎さん 写真/共同通信社
「上岡さんは2000年に芸能界を引退されていますが、その後に窓口となっていた『米朝事務所』が死去を発表しました。亡くなったのは5月19日で、死因は肺がんと間質性肺炎。上岡さん本人の強い意向で、身内のみで密葬を済ませており、お別れの会なども固辞されていたといいます」(スポーツ紙記者)
《弱みを見せず格好つけて口先三寸……。運と縁に恵まれて勝ち逃げできた幸せな人生だったと思います。縁を授けてくださった皆様方に深く感謝いたします》
「上岡さんは、知的で皮肉の利いたトークで絶大な人気を誇る司会者でした。そんな“上岡スピリット”を感じる息子さんのコメントを読んで、不世出の才能を発揮していた姿を思い出したのでしょう。苦労話や根性論を嫌い、自分の考えを貫き通す姿に心酔したファンは多かったですから」(前出・スポーツ紙記者、以下同)
引退後は「一般人」であり続けた
「“俺の芸は21世紀には通用しない”とたびたび話していましたが、2000年には宣言どおり芸能界を引退。それ以降、大物芸能人の方が亡くなると、葬儀の場などに姿を見せることはありましたが、“一般人ですから”と取材を断っていました。上岡さんの身の引き様は鮮やかでしたね」
「芸人というのは、“あぶく銭”を稼いでおり、世間から後ろ指をさされて当然であって、その生き様は“社会の反面教師”であるべきだと語っていました。だから、芸人を続けるなら“仕事もなくなり、家族にも逃げられて餓死する”という死に様が理想で、“あれだけ好き勝手やってきたから、あんな死に様になったんだ”って言われたかったみたいです」(芸能プロ関係者)