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ノンフィクション作家 吉永みち子さん
競馬専門紙初の女性記者、専業主婦、作家という経歴と多くの経験から発せられる言葉には、神髄をつく鋭さと人の気持ちを酌み取る温かみがある。
常に弱い人の立場にたったコメント
「座布団は絶対必需品! 2時間全力で聞いていると、前傾で足を踏ん張っちゃうの。腰が痛くなるからね(笑)」
「そこのオーナーも力尽きたわけですよ。24時間開けとけば自分が店に立つか、人を雇わなくてはいけないし、光熱費もかかる。これはすべてオーナー負担なわけですから。コンビニの本部はなんの損もなく、売れた分だけロイヤリティーが入るという。この不公平感に私たちが初めて気づいたのね」
「災害時の食料の補給や24時間いつも明かりがついていることで社会的なインフラの役割まで求められているけど、それをオーナーだけに押しつけるのはおかしな話でしょ」
「あのくらいの年齢になると、不遜だったり偉ぶったりということもあるんですが、吉永さんは一切それがない。常に弱い人や市民の立場に立っていて、そうした目線がきちんと定まっているんですよ。
「“え、私!? いや、起きてはいるけど、ちょっとこの部分を考えていてね”と(笑)。予定調和ではないですから、真剣勝負の中でふと出てくる人間らしさなんでしょうね。チャーミングな方ですよ!
「コンビニ問題は、家の近くでコンビニを昨秋オープンしたオヤジさんの顔がどんどん暗くなって、店もオヤジさんもヤバいんじゃないかと心配になっていろいろと愚痴を聞いているのと、自分のコラムでもこの問題を取り上げたので裁判記録など調べて詳しくなっていたの」
「私には何ひとつ専門性はないんですよ。だから生活者の目線で問題に穴をあける立場に徹することにしたんです」
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ふと“死”がよぎった経験
「人と会って話を聞いたり、観察することが好きで、気の合わない人や全然、立場が違う人とでも結局仲よくなっちゃう。
「例えば過労自殺について。生きていること以上のものはないんだから、死ぬ気になれば何でもできるのに、なんで会社を辞めなかったのかと言ってしまいがちなんだけど……」
「ある日、トイレで立ち上がれなくなっちゃって、なんか嫌だなと思ったら、そうか死んじゃえば楽になるんだと一瞬、思ったの。弱ってくるとそういうことが冷静に考えられなくなっちゃうのね」
「なんだ、なんだ、こんなことを考えるのか! と思ったら、“死のうと思うくらいなら辞めたらよかったのに”という発言が、いかに表層的でその人の身になっていなかったかということを知ったのね。
「父は結核で家の中で隔離されていて、会ってはダメだと言われていました。母はいつも不機嫌にしていて会話はほとんどなかったですね」
「夕方になるとお父さんが帰ってきて、ちゃぶ台を出して“みっちゃんもご飯食べていったら?”なんて誘われるんだけど、電話もないし、怒られるから帰るって言いながらグズグズしていると、みんながしゃべりながら食べ始めるんですよ。それが楽しそうで」
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人生を変えた競馬との出会い
「見事に挫折です。外語大に入った意味もなくなってしまい、この先どうしようかと落ち込みました」
「競馬場はレースの数だけファンファーレが鳴ります。馬券をはずしてガッカリしているオジさんたちも、次のファンファーレが鳴ると一瞬、元気になるのね(笑)。“人生、1レースじゃない!”と思えて気持ちが楽になりました」
「特別レースの有力馬を3頭ずつ取材してこいと言われて行くんですが、取材した馬が負けると、女に来られたから負けたとか、縁起が悪いとか言われちゃう。
そう言われてケンカしてもしかたないから、大変だけど全部の出走馬に会いに行くことにしました。そうすれば必ず私が行った先から勝つ馬が生まれるからね」
「創刊号の立ち上げに呼ばれて行ったら、とんでもない職場だったみたい。夕刊紙だから競馬の誌面が重要なんだけど、6ページくらいを毎日取材して書かなければいけなくて、相当ハードだったと思う。
一気に3児の母、夢のちゃぶ台囲みへ
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「大変、大変とみんなが言うけれど、楽しいかもなぁって。バラバラに暮らしてた夫の子どもたちも気になっていたし、ずっと夢だったちゃぶ台を囲むというのがいきなりできちゃうじゃない! と」
「最初のころ、母はお手伝いが上手にできたねとか、帰ってきて遊ばないで勉強できたねと言っては、壁に貼った紙に〇を書いてくれました。狭い社宅だったので、お隣のお母さんの怒る声も聞こえてくるんですが、自分が同じことをしたら、“いじめ”みたいに思われかねないと、なるべく怒らずに私たちをしつけようと考えてくれてたんだと思います。
「母は“純正の孫だけと暮らしたい、あんたたちさえいなかったら、私はもっと幸せだったのに”と平気で娘たちに言う始末で。だから赤ん坊を母に預けて、私は上の3人の側についてバランスを保つしかありませんでした。子どもたちもよくそこのところについてきてくれたと思います」
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「レースの最中にいちばん下の弟がオムツに大きいほうをしたんですが、“ウンが落ちるから”と取り換えないままで(笑)、後ろから馬が来ないようにひとりがテレビ画面を押さえたりして、“イケーー!!”と、みんなで叫んでました。母がいちばん大きな声を張り上げていましたよ」
執筆活動、再び
「大人も子どもも和気あいあいと。父は黙って飲みながらみんなの話を聞いて、母と母の友達たちが盛り上げていましたね。おばあちゃんはその会も面白く思っていなくて、ご飯を食べたら弟を隣の部屋に連れていってましたが(笑)。ほかの家とは違う苦労もありましたが楽しい思い出がたくさん残っています」
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「大宅賞を獲った直後で、そのときはまだ物書きというより、4人の子どもと実母に関わる普通のお母さんという感じでした。
吉永さんは子どもを思う気持ちや他人に対する情が厚くて、手を抜かずに人を愛する人なんですよ。その当時と今を比べると、テレビでのコメント力が増したという違いはありますが、それ以外の人間的なものはまったく変わっていないと思います」
「母親だから家事が最優先で、その先からしか自分自身の一歩を踏み出せないという観念も覆してみたかったの」
夫との別れ
「あの本がきっかけとなり、『金八先生』で上戸彩が性同一性障害の役を演じて、この問題が人々の知るところとなったと思うんです。
吉永さん自身もお父さんから“この子が男だったらよかったのに”といつも言われていたことが心の傷になっていたそうです。自分らしく生きたいのに、世間がそれを許してくれない人たちに心を寄せて、自分ごととして取り組んだと聞いています。その考え方や着想には独自の視点があると思いますよ」
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「母は忙しくなってからは都内のマンションにいたので、離婚してもそんなに状況は変わりませんでした。父は突然大みそかにおいしいものを持って母のところに押しかけたりしていましたね。父は母のことが大好きだったんですよ。入院しているときも母が来るといちばん喜んだので。
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「なかなかうまくいかなかったですね。1回途切れもしましたし。今は私が育った家庭も変だったとは思ってなくて、家族にはいろんな形があって、あれもひとつの形だったんだろうと思っています」
「家族というのは、ずっと死ぬまで家族だと思ってなくていいんじゃないかと思うの。人間は結局ひとりだから」
人生の終盤戦をどう送るのか
「パンダってすごいなと思ったのは、昨日までお母さんにおっぱいもらったり、親子で仲よく遊んでたのに、今日からはもう会いませんって離れて暮らすようになること。
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「私はその距離がとれないまま、ずっと親を引きずり、親も私を引きずっていたから。母たちの時代は次の世代に頼って生きるのが当たり前だったしね」
「あるとき家族として一緒に生きた人たちのおかげで、いろんな意味でよかった。それは私が家族を持ったことによる膨らみ方。結婚しなかった人は私とは違う膨らみ方をしているわけで、どっちがいいとか比べる必要もないわよね。
パンダじゃないから別に顔も見ませんとか付き合いませんというわけじゃないけど、これからは意識としてひとりの人間同士、でいいのかな?」
「20年近く犬がいる生活をしていたので汚れていたし、広く使いたくて寝室と仕事部屋をつくったの。仕事をやめるころに仕事部屋つくってどうするの? って感じだけど(笑)。ベッドから降りて車いすに乗れるスペースもつくったし、車いす用のお金も取ってある。ひとりで生きると決めたら、やるべきことが見えてくるでしょ。経済的なことも必要だし、精神的なこともね」
「本当はもう十分、生きたと思っているから、いつ死んでも悔いはないの。でも、せっかくリフォームしたから、ちょっとそこで暮らしてみたいかな(笑)。
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「さまざまな理由でつまずいてハンデを背負っている人たちのやり直しを支援したい。ときどき更生保護施設を回ったりしています。孤独だと厳しいけど、帰る場所があれば人は立ち直れるものだから。また虐待や貧困などの事情による教育格差を少なくする活動もしたいと思っています。まだ何ができるかわからないけれど」
「でも熟考するにも制限時間があるから、言い訳ばかりしていれば、やりたいこともできないまま年をとって終わってしまうのよ」
「生きているといいこともあるけど、とんでもないことも起こるでしょ。すごく幸せなことはいいことだけど、幸せというのは人を弱くする面もあるから。つらいときのことが人間をつくっていく気がしているの。
「自分で出した答えが間違えていたら、そのときはまた引き受けるしかないわけで。それが生きられる道なのかなと思っています」
撮影/伊藤和幸
取材・文/森きわこ(もり・きわこ)ライター。東京都出身。人物取材、ドキュメンタリーを中心に各種メディアで執筆。13年間の専業主婦生活の後、コンサルティング会社などで働く。社会人2人の母。好きな言葉は、「やり直しのきく人生」。