事件現場となった勤務先の工場
「死因は肛門から体内に入った空気が内臓を損傷させ、肺を圧迫したことによる窒息死だった。容疑者は“悪ふざけでやってしまった”と供述している」(捜査関係者)
事件は今月13日午後5時ごろ、茨城県龍ケ崎市の建築用機械などを製造・販売する会社の本社工場で発生した。
同社に勤務する石丸秋夫さん(46)の尻に向け、業務用『エアコンプレッサー』の空気を吹きつけて死亡させたとして、県警竜ケ崎署は翌14日、12歳年下の同僚・吉田佳志容疑者(34)を傷害致死の疑いで逮捕した。
肛門から高圧空気を一気に
「エアコンプレッサー」とは空気を圧縮する機械のこと。ため込んだ高圧空気をノズルなどから一気に放出し、ゴミや水滴を飛ばす用途などに使われる。家庭用のハンドガンタイプは自転車の空気入れなどに使われるが、業務用のパワーはケタ違いという。
ある販売業者がその威力について説明する。
「一般的な業務用のエアコンプレッサーで使用する空気圧は1・0メガパスカル、10気圧分の強さに相当します。例えば風船に吹きつけると粉々になります。車のタイヤに空気を入れる空気圧でさえ0・2メガパスカルにとどまるので、人に向けるなんて信じられません」(ベテラン担当者)
捜査関係者によると、吉田容疑者は事件当時、エアコンプレッサーで工場内のほこりを飛ばす作業をしていた。
最初は石丸さんの背中に遠くから空気をかけていた程度だったが次第にエスカレートしていったようだ。肛門から高圧空気を一気に送り込まれた石丸さんは意識を失ってバタンと倒れ、搬送先の病院で死亡が確認された。
「2人の間に目立ったトラブルはなく、事件のときもケンカや言い争いをしていたわけではない」(前出・捜査関係者)
あるいは、いたずらを仕掛けるほど仲がよかったとも考えられる。しかし、勤続30年の石丸さんに対し、吉田容疑者は数年前に入社したばかり。おちょくる気持ちがあったとも考えられる。
それにしても、そんなに簡単に人間は死んでしまうのか。エアコンプレッサーによる事故の症例を知る、東北大学病院高度救命救急センターの久志本成樹医師は、
「肛門から腸に空気が入っただけでは窒息死はしません。ただし、空気の逃げ場がなくなると腸が破れ、体内に漏れ出ることがある。
空気はお腹などにたまり、その圧力が高くなると肺も圧迫されて呼吸ができなくなる。口から空気が入っても肺が破れることで呼吸ができなくなることも。いずれも心停止になることはありえます」と指摘する。
石丸さんは3人兄弟の長男で独身。両親と三男との4人家族だった。自宅を訪ねて取材を申し込むと、親戚とみられる女性から、「話すことはありません」と断られた。
石丸さんの両親は、息子の死を周囲のわずかな人にしか知らせていない。あまりに不憫な最期だったから……。
「息子のお腹はパンパンに膨れ上がって」
石丸さんを知る女性は「とても親孝行な青年です」と、その人柄を偲んだ。
「両親が出かけたい、って言えば運転していろいろなところに連れて行ってあげていましたし、近所の雪かきも率先してやっていました。まじめで穏やかな本当にいい息子さん。両親をうらやましく思ったこともあります」(同女性)
孝行息子を奪われた母親は一見、平静に見えるという。
「落ち着いているように見えますが、涙を流すこともできないほど悲しんでいるんですよ。お母さんは最初、息子さんの死を周囲には“事故”と言っていたみたいです。
でも話をしているうちに様子が変わってきて“違うの!”って。“何が違うの?”と尋ねると、首を手で切る動作をして“殺されたのよ”と吐き出すように言い放ったそうです」
病院で息子の遺体と対面したとき、ただの事故ではないと直感したとみられる。
「“息子のお腹はパンパンに膨れ上がって……”と、お母さんは話していたそうです」(前出の女性)
石丸さんは約10数年前、職場での無理がたたったのか突発性難聴で左耳が聞こえなくなった。それでも仕事を辞めることなく耐えた。
「頼まれたら断れない性格だからね」(前出の女性)
事件後、会社側は石丸さん宅に弔問に訪れたというが、
「“午後5時以降の出来事なので会社に責任はありません”って言われたそうです。それでもご両親は声を荒らげることもなかったって聞きましたし、周囲には“大丈夫”と言っていたとか。全然、大丈夫じゃないです。こんなのあんまりですよ」
と前出の女性は憤った。
容疑者の妻は……
おとなしい石丸さんは、からかいの対象だったのか。
吉田容疑者は妻と4歳、1歳の息子の4人家族。保育園の送り迎えや、子どもたちを庭で遊ばせるなど子煩悩な父親ぶりが目撃されている。
「おとなしくてまじめな人でした。こんな事件を起こすようには見えなかった」
と近所に住む77歳男性。
容疑者宅を訪ねると、「事件については何も聞いていません。(石丸さんとは)仲よくやっていたと聞いています」と吉田容疑者の妻が憔悴しきった様子で答えた。
会社は、石丸さんと吉田容疑者の人間関係についてどこまで把握していたのか。
「捜査に差し障るので事件のことは答えられません。注意が必要な設備についての社内教育はしていましたし、定期的に安全教育もしていました」と人事担当者。
容疑者の勤務状況や今後の処分指針、石丸さんの労災についてや勤務時間の質問にも答えなかった。
社労士の片桐めぐみ氏は、
「労災認定がされるか微妙です。話を聞く限り、後片づけの業務中ですが、加害者が悪ふざけをして起きた事件。会社の命令による過失ではなく私的な行為にあたります。労働基準監督署がどのように判断するのか難しいところ」
と説明する。ただし、企業の監督責任については、
「エアコンプレッサーの取り扱いに注意するのは当たり前。企業側が社員に危険や安全性をどのように確認、周知させていたのかが論点になります」
悪ふざけで命を奪われてはたまったものではない。幼稚にもほどがある。