柏瀬真大さん(左)とまみこさん
健康であること──ともすると私たちは、それを「当たり前」と思ってしまうが、当然、そうではない。
「かしわせチャンネル」の『脊髄損傷リハビリ動画』だ。
結婚式から1か月、事故で四肢麻痺に
《本当に幸せだった/そしてこの幸せが当たり前だと思ってた》
《結婚式から1か月後、僕は交通事故で全身不随となり医者から一生歩けないと宣告された》
「車いすは、座面も電動なので乗りやすいんです。1人で都内に出かけることもできます。定価だと100万円近くしますが、僕はヤフオクで12万円で落札しました(笑)」(真大さん、以下同)
2019年12月、真大さんは、自転車の交通事故で脊髄を損傷。鎖骨から下の感覚がなくなり、四肢麻痺となってしまった。自立歩行はおろか、手の指も動かない。
「脊髄を損傷すると、自律神経にも影響が出るんです。起立性低血圧(血液が下半身や内臓にたまり、急に起き上がると一時的に脳貧血の状態になる)や体温調節障がいなどの合併症にも悩まされています。しばしば激しい手首の痺れと痛みが出て、心身ともに疲弊します」
「とはいえ、障がいを克服したというわけではありません。徐々にこの状態に慣れてきて、落ち込む頻度が減っているという状態ですね」
ほんの一瞬の不注意が明暗を分けた
「その日は深夜まで仕事をし、食事をした後、いつもどおり電動自転車で家に帰ろうとしていました」
「後ろから音がしたので、車が来ていないか振り向いたんです。結局、車は来ていなかったんですが、振り返った瞬間、タイヤが滑って転倒してしまったんです。ほんの一瞬の不注意でした」
「金属バットで殴られたような感覚でした。気づいたら陸橋下の道路に落ちていました。助けを呼ぼうにも声が出ず、なぜか身体も動かない」
「これはただごとじゃないんだな、と感じましたね」
「そのころ、彼の帰宅が午前様になるのは、日常茶飯事(苦笑)。その日も私は、携帯をオフにして先に寝ていました。朝、携帯の電源をつけたら、義妹や義母、警察署からの着信が大量に入っていて……。私はこのタイミングで義妹から、一生歩けなくなったことを聞かされていました」
「事故直後は、自分の置かれた状況を把握していなかったのでテンションが高かったんです。“ケガしちゃったぜ!”みたいな(笑)」
「徐々に自分が“一生歩けないんだ”とわかってきました。落ち込むよりも、“死にたい”と思うようになってきましたね。娘を抱き上げることもできない、妻と浜辺を歩けない、大好きなラーメンをカウンターで食べることもできない……1秒にも満たないほんの一瞬の事故で失ったものの大きさに絶望しました」
「恥ずかしながら妻の前でも“元の生活に戻りたい”と泣きながら訴えたことも……」
“ま、大丈夫だよ!”
「よく“強いね”と言われるけど、私は自分のことをものすごく能天気な人間だと思っているんです」
ポジティブな妻に支えられて
超楽観的で突き抜けるようなまみこさんの明るさが、真大さんを支え、絶望の淵から引き上げたのだ。
「仕事仲間が面会に来てくれているときは、明るく振る舞えていました。けど病室で一人になると、あまりの不安に押し潰されそうになってしまって……。そんなときに見ていたのが同じような障がいがある人たちの動画でした」(真大さん、以下同)
「きっとユーチューブがなかったら沈んだままだったかもしれない。事故前から動画配信には興味があったのですが、改めて僕も多くの人に勇気を与えられるような動画を作っていこうと思ったんです」
「最近は、家族で東京ディズニーシーに出かける様子や、娘と遊ぶ様子も投稿していますが、中でも妻が登場する動画の反響は大きいですね。『夫が障害者になった妻の壮絶な1日ルーティン』は、630万回以上も再生されました」
他人に見せることを躊躇(ちゅうちょ)しがちな日常の生活や苦しい胸の内を赤裸々に配信。視聴者は介護の現状を知る一方でいつも笑顔が絶えない家族の姿に胸を打たれる。
「不定期ながらポートレートモデルとしても活動しているんですが、写真を見た人から“あれ、この人ってユーチューバーの妻で、苦労人だよね”と思われたくないんです」
事故後「仲がよくなった」
「おかしな話ですが、事故後、仲がよくなったんです」
「とにかく真大さんは、アクティブな人。仕事も忙しく、家も空けがちなので、家事や育児はワンオペ状態。ケンカも絶えなかった(苦笑)。しかし事故後は、必然的に一緒に過ごす時間が増えて、夫婦仲もよくなっていったんです」
「それまでは仕事が最優先でした。死に直面してからは、残りの人生は自分にとって大切な人と過ごしたいと考えるようになりましたね。脊髄を損傷すると、普通の人よりも平均寿命は短いといわれているので、なおさらです」
「知らない人でも僕が車いすで困っていたら、すぐに声をかけてくれますね。また介護士さんは、排便の処置も嫌な顔ひとつせず、丁寧にやってくれる。なのに“介護士の収入は低いから自分に自信が持てない”なんて言うので、聞いていて切なくなりました」
家族のサポート、人の優しさ、そして同じ障がいのある人の動画に支えられた真大さん。次に誰かを支えるため、新たなビジネスを画策中だ。
「人手不足の介護施設とヘルパーさんを仲介するマッチングサービスを作りました。介護業界は人材不足が深刻。しかも現場で働く介護士の賃金は低い。そんな問題を解決しながら、介護業界を変えていきたい。そして動画を通して、同じように障がいのある人の力にもなりたいですね」
《当たり前のことなんてこの世に存在しないんだ》
車いすユーチューバー●柏瀬真大(かしわせ・まさひろ)さん(31)●'19年、自転車事故で脊髄損傷、車いすに。ユーチューブやSNSにて動画などを発信。介護施設とヘルパーをマッチングするアプリの開発を行う。
Twitter:@kasshiiiiiii
Youtube:「かしわせチャンネル」
(取材・文/アケミン)