橋田壽賀子さん
『おしん』『渡る世間は鬼ばかり』など、数々の名ドラマを手がけた、不世出の脚本家・橋田壽賀子さんが4月4日に亡くなった。95歳だった。
「激動の時代を生きてきた、明治生まれの女性の人生を書きたい、書かなければならないという使命感に突き動かされました」
「私自身、ひとりっ子で早くに両親を亡くしたため、血のつながりの有無にかかわらず、人と人とが信頼を寄せあうという関係にずっと憧れていました。愛情さえあれば、他人同士でも立派な絆がつくれるということを描きたかったんです」
『おしん』だけでなく、ほかの作品にも、橋田さんならではの感性が反映されている。時代を問わず、「女性の主人公が懸命に苦難を乗り越えていく姿」が、視聴者の心に深く響いた。ドラマの登場人物に自分を重ね合わせ、励まされた人々も少なくないはずだ。
読者が選ぶ「印象に残る橋田作品」
「私自身も嫁姑問題を抱えていたので、身につまされたことを思い出す」(北海道・主婦)
「姑にいじめられる娘、そんな娘の肩を持つ母親、黙って見守る父親という家族の姿を、わが家族に置き換え、涙ながらにドラマに夢中になりました」(東京都・主婦)
「嫁姑の関係に悩む、五月さんの気持ちがよくわかります。それに、私の父も商売をやりたいと言いながら結局その夢が叶うことなく亡くなってしまいました。忘れられない出来事です」(東京都・パート)
「中華料理店・幸楽での、泉ピン子さん演じる嫁の五月と、赤木春江さん演じる姑・キミとの衝突シーンがとても印象的ですよね。橋田ドラマには、五月のように苦労している女性が多く登場します。
橋田さん自身も姑と…
「姑であるお義母さまがしょっちゅう家に来て、橋田さんにいろいろと小言を言うことがあったそうです。よかれと思ってベランダに布団を干していたら、『布団は西日に当てるもんじゃにゃあ』なんて怒られたり(笑)。そういったご自身の体験が、ドラマによりリアリティーを与えていたんでしょうね」
「キミの2人娘、久子と邦子を、それぞれ沢田雅美さんと東てる美さんが演じています。この2人の意地悪っぷりは、個人的にいちばん印象深いですね(笑)。東てる美さんは、『渡鬼』の収録が終わるとよく、100円ショップで爆買いしてストレスを発散してから帰宅していたとか。役柄とはいえ、底意地が悪い小姑を演じるのはそれだけ大変だったのだと思います」
「橋田さんは“登場人物に悪い人はいないんです。みんながそれぞれ自分の立場で言っているだけ”とおっしゃっていました。なにか問題が起こったとき、姑の立場で考えると姑の言い分は間違ってないし、また嫁の立場から考えると、嫁の言い分も正しいんですよね」
「プロデューサーの石井ふく子さんから聞いたお話ですが、『相手を鬼と思ったら自分も鬼。だから気をつけましょう』という橋田さんの思いが、タイトルに込められているとのことでした」
「小学生のときの担任の先生が、給食の時間に教室のテレビで昼の放送を毎日見せてくれた」(東京都・公務員)
「貧しいおしんがよく食べていた『大根めし』を、生徒に体験させるために給食で出したという新聞記事が印象に残っている」(東京都・主婦)
「奉公に出され、いびられる幼少期のおしんの姿があまりにも有名で、おしんといえば小林綾子さんというイメージですね。でも実は、10代~中年期を演じた田中裕子さん、老年期の乙羽信子さんのおしんに橋田さんの思いやメッセージが色濃く表現されていると思います」
“殺人”は絶対に描かない
「橋田さんは『ドラマでは殺人は絶対に描かない』とおっしゃっていました。それは、戦争で多くの命が失われ、残された人たちが苦しむ様子を目の当たりにしているからなんです」
「何度転んでも立ち上がる姿に、視聴者は勇気をもらえるんです。おしんって、生涯で20回以上転職するんですよ(笑)。失っても執着せずに、またほかのことをやればいいという切り替えの早さ、強さが素晴らしいですよね」
「赤木春恵さん演じるひさは、伊勢の網元の女将。何度も助けてくれることに恐縮するおしんに、ひさは“人間はな、人の厄介にならないかんときがある”と諭すのです。世の中は持ちつ持たれつでお互いさまだということ。橋田さんがインタビューで語ってくださった、『人は血のつながりがなくても立派な絆が築ける』という思いが、このシーンに表れていると思います」
「屋根の上で、浅田美代子と堺正章が歌うシーンが思い出される」(愛知県・主婦)
「貧乏でも、がんばれば明るい日々が見えてくるように感じた時代でした」(島根県・公務員)などの声が寄せられた。
「橋田さんは大学中退後、1949年に松竹に入社しています。当時の映画業界は男尊女卑が激しく、女性脚本家として認められるまで、並大抵ではなかったでしょう。橋田さんが男社会のなかでいかに努力してきたかがよくわかる作品です」
コロナ禍の家族がテーマの新作
『おしん』でも『渡鬼』でも、数々の大河ドラマでも、時代や背景は違えど、橋田さんが一貫して描いてきたのは「女性の自立」だった。何度転んでも、失敗しても、立ち上がる。苦境のなか、自分を失わずに前を向く主人公の姿が、見る者に力をくれた。