令和2年大相撲7月場所。2階席から見た土俵、マス席には1人しか座れないためガラガラに見える(筆者撮影)
大相撲7月場所が名古屋から東京に場所を移し、2週間遅れで19日に始まった。当初は「無観客で」とされていたが、13日の理事会で急きょ「通常の1/4にあたる2500人を上限に観客を入れて開催する」と決まり、相撲ファンは一気にザワついた。
行くべきか行かざるべきか?
ちょうど都内の感染者数が増えてきた中での決定だ。野球やサッカーもキャパ数を減らしての開催を始めているとはいえ、あちらは屋外、こちらは屋内。まだほかの屋内競技は、どこも観客を入れて開催していない。
窓がほとんどない1階の換気は
ツイッターで個人的に「7月場所、行きたいか?」というアンケートを取ったら、152人から回答があり、イエスは12.5%、ノーは87.5%と、圧倒的にノーだった。
思えば2階廊下には大きな窓はあるものの、館内は扉のみで国技館の換気が心配だ。さらに相撲といえば付き物のお弁当やアルコール類などの販売もなく、午後1時からの開場だという(普段は朝8時開場)。チケットは1日につき「1人1枚のみ」の販売。本来4人座れるマス席も1人で座るという。
果たしてそれで楽しめるのだろうか?
悩んだが、とりあえず申し込んで当選したら行こう、とポチったら、簡単に当たってしまった。日ごろは争奪戦、わずか10分たらずで全15日間のほとんどが売り切れるチケットは初日と千秋楽以外、ほぼ売れ残り。いつもどおりに多めに申し込んでしまった人たちがリセールに出したチケットも山ほどあった。
そして行ってきた。
開催3日目の21日。午後1時開場というが、市中感染が増えていることも鑑みて、午後3時ころに国技館に到着。着いてまず気づいたのは、日ごろは国技館の周囲ににぎにぎしく並ぶ、関取や行司さんの名前を入れた「のぼり」がほんのちょっとしかない。間に合わなかったのだろうか? それとも、コロナ禍でタニマチさんが減ったのだろうか? 寂しい気持ちで入口へ行くと、いつもは親方衆がもぎり役で座る「木戸口」にはフェイスシールドを付けた男性が2人立って、「チケットを拝見させてください」と言う。
そのまま自分で「本日の取組表」や館内での注意事項を書いた紙を受け取り(いつもは親方衆が手渡ししてくれる)、手をアルコール消毒し、発熱検査。「カメラのほうを見てください」と言われ、「はい、大丈夫です」で、やっと館内へ。
案内係の人も全員がマスク+フェイスシールド。いつもはワイワイ大勢でにぎわう廊下には、ほとんど人がいなくてシーンとしている。粋なたっつけ袴姿のお茶子さんたちがいるはずの「お茶屋さん」も閉店で真っ暗。お土産屋さんも一部のみの開店で、パンフレットを買いに行ったら「こんなで、寂しい限りです」という。名物の焼き鳥は販売していたが、買わなかった。
心配していた換気だが、窓のほとんどない1階(マス席)は巨大な空気清浄機みたいのがいくつも稼働していて、空気を場内に送り込んでいた。2階は廊下の窓が全部開けられ、屋外(ベランダ部分)に自由に出られるようになっていて、廊下との間の扉も全開。換気は心配していたより大丈夫そうだった。
また、お掃除の方も大勢がいらして、手に消毒液を持ってあちこち拭いていた。「たいへんですね」と声を掛けると「まあまあ」とニコリ。おつかれさまです。ちなみに館内あちこちに消毒液が置いてあり、自由に使えるようにもなっていた。
と、まるで保健所職員の査察のようなことをしてから、やっと座席へ。
私の席は2階のB。2階の前から7列目以降となる。隣の人とは3つ空いてるが、通路際の席で、通路を空けてすぐ人がいる。1列おきの席作りかと思っていたら、斜め後ろにもすぐ人がいる。意外と密。正面のよく見える席だったがギッシリお客さんで、逆に西、東側にはほとんどお客さんがいない。あっちに行きたい、と思った。いい席で見たいよりも、密じゃない席でのんびり見たいほうが、今や上回る。少なくとも私の場合は。相撲ファンには高齢者も多い。今後の販売方法を考えてほしい。
拍手するだけの応援、 それしかないことに涙
なんとなく落ち着かない気持ちで席に座ると、すでに十両の後半だ。見下ろすと溜まり席(土俵にもっとも近く各方面6列ある席)には誰もおらず、中央に土俵、取組を待つおすもうさん、審判の親方。テレビで見てるぶんには「いつもの風景」だけど、2階席から見ると、ガラン~として見えた。
富士東vs木崎海(正しくは立つ崎)、豊昇龍vs白鷹山、旭大星vs逸ノ城、推し力士たちの取組がどんどんあるのに、ごめんなさい、ぜんぜん頭に入ってこない。シーンと静まり返る場内。花道を歩く呼出しさんの草履の音までも2階席に聞こえる。力士がパンパンとまわしを叩く音が大きく場内に響きわたる。
力士が土俵に上がると拍手。時間いっぱいになると拍手、勝負が決まると拍手。そして、あとはシーンと静まりかえる場内。ピーンと張った空気が流れていて、緊張して背筋が伸びてしまう。
そして、ふいに涙が出てきた。
これは私の知ってる大相撲じゃない。私が10数年通い続けてきた大相撲はワイワイ騒がしく、いざ勝負!の「時間いっぱい」とともに一瞬シーンと静まり返るが、勝負が始まればたちまちまた大騒ぎ。差別的な野次が飛んだりしてうんざりすることも多々あるけれど、とにかくうるさく下世話。あれこれ飲み食いしておしゃべりし、相撲見てないだろ? な人も多い。そうそう、入り待ち出待ちに命がけなファンだっている。そういう全部ひっくるめてが大相撲観覧だ。
それが今、ひたすらまっすぐ座り、取組を見る。拍手する。それしかない。大相撲興行は、1750年ころに始まった江戸相撲興行から270年が経つ。270年を経て、あまりに劇的な変化だ。新しい大相撲。ちょっと息苦しくなり、一旦、廊下から外に出て、空を見上げた。周りには新しくできたビルがいくつかあるが、そこの1つは先日までコロナ陽性患者軽症者受け入れホテルだった。
コロナ禍での新しい大相撲。そうなんだ、もう、四の五の言ってないで、それに慣れていくしかない。誰より、土俵に立つおすもうさんたちが戸惑っているはずだ。その戸惑いの中で、必死に戦っているんだろう。それなら、見なくては。相撲ファンなら、見なくては。
席に戻ると幕内土俵入りだ。普段なら大声で声援するところだが、ひたすら拍手、拍手。あちこちでしこ名が書かれたタオルが振られる。2階席では間を空けた座席の背もたれにみんなタオルをかけて応援している。新しい応援スタイル。
少し落ち着こうと持参したパンを食べることにしたが、がさがさとビニールの音をさせるだけで目立つ。慌てて飲み込み、お茶を飲んだら喉にひっかかり咳をして、たちまち注目を浴びてしまう……なかなか難しい。
そういえばツイッターで、すぐ横の席の人が延々、咳をしていて、たまりかねて途中で帰ってしまった、という人がいた。そう、咳が出るときは行くのを止めましょう。それも新しい大相撲のマナー。ちなみに館内ではマスクは必ずつけていないとならない。飲食時ははずすが、終わり次第つけるようにと入り口でもらった注意書きにあった。
思い返せば、大相撲は3月にほかのプロスポーツに先駆けて無観客試合を15日間、成功させた。そのいきさつについては、高崎親方にインタビューしてここに書いた。
(力士がコロナ陽性でも、相撲協会が5月場所を簡単にはあきらめない理由)
全く初めてのことを日々積み重ね、今度は屋内スポーツで観客を入れることをいち早くまた相撲協会が行う。感染者数が増えている中での決定だが、今後、感染者がいつになったら減るのか? 一向にPCR検査数も増えない中ではそんなものは見えない。ならば、出来る限りのことをして開催するという勝負に出た。
新しい大相撲がはじまった
白星か黒星か? 結果はまだわからないが、白星にしようと「マス席では社会的距離を保つために中央にお座りください」、「大声の声援はおやめください 応援時にマスクを外すことは絶対におやめください」、「入場券の半券は14日間保管してください。感染者が出た場合にはお近くの席のお客さまには協会からご連絡します」と、細かく定めている。
マス席に座っていた友人は「マスクをはずしている人を見つけると、立田川親方(元・豊真将)と稲川親方(元・普天王)がひとりひとりに声掛けしてたよ」と言っていた。とても丁寧な対応だ。
やれる限りのことはやっている、と感じる。でも、だからこそ、今後さらに感染が拡がったりした場合には、再び無観客にするなど立ち止まることも躊躇なく行ってほしい。
さて、肝心の取組では幕内に復帰した、照ノ富士の強さがまず光った。序二段まで落ちて戻って来た元大関という照ノ富士の存在こそ、新しい大相撲の象徴のよう。かつて、こんな人はいなかった。昔は番付がそこまで下がったら終わり、だったけど、彼は違う。ズドーンと下がってもまた頑張る。やり直す。日本社会がこれからの時代、こうあるべきというのを、相撲界で照ノ富士が真っ先に見せてくれている。不屈の人だ。
新しいスターでは新大関、朝乃山の強さも光るが、新入幕・琴勝峰(ことしょうほう)の強さに注目したい。千葉県・柏市出身で、ご両親は柏駅前で『達磨』という居酒屋を営む。弟たちも相撲をやり、そのうち兄弟で相撲界を席巻しそうだ。学校の成績もよくて、中学時代はオール5だったというクールな知性派は、数年内に大関、いや、横綱になる人だと期待して応援している。
そして、鶴竜の休場は残念で仕方ないが、そのぶん、白鵬がすごい。5月場所が中止になり、家から出られない、ぶつかり稽古もできない中で、どれだけトレーニングをひとり積んでいたんだろう? 首から肩、腕、胸回りがグンと盛り上がり、身体の張りがとてつもない。今場所中には「横綱として出場1000回」を達成しそうだ。
正直、私はコロナ禍で絶望してこの期間を過ごしてきた。白鵬に絶望はないのか? 前へ行く気持ちをどうやって保ち、実践していくのか? その勇気は、やる気はどこから湧いてくるのか? 今、ものすごく聞いてみたい。
新しい大相撲が始まった。
相撲ファンもそれに倣おうとしている。そこでお願いだ。これまで大相撲を伝える報道の中には、力士を罵り、ある一定の枠に押し込めてジャッジしたり、国籍差別するような言葉が多数あった。この相撲は汚いとか、土俵に命がけで上がってない人が決めつけて言う。いや、それは評論だから。そうかな? その域にも達してない、ただの悪口のようなものが多数散見された。もう、そういうのは止めてほしい。新しい時代だ。伝える側も変わってほしい。いちスー女からお願いしたい。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。