坂口健太郎
2021年4月2日、坂口健太郎主演『劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班』が公開された。同作は2018年4月に放送された連続ドラマの劇場版で、坂口の連ドラ初主演作品。動画サービス『GYAO』で年間もっともユーザーに支持されたテレビ番組として“GYAO Awards 2018(テレビ見逃し部門)”も受賞した。
同ドラマを制作する関西テレビは、『GTO』『僕の歩く道』『結婚できない男』なども手掛け、業界内外で評価される局。大手キー局ではないながらも、ここまで高い制作力を誇るのはなぜか──。同局プロデューサーの萩原崇氏、豊福陽子氏に直撃した!
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2018年に放送された連ドラ『シグナル 長期未解決事件捜査班』は、刑事・三枝(坂口)が謎の無線機で“過去”に生きる大山刑事(北村一輝)と、時空を超えたメッセージのやりとりをしながら、現在と過去を舞台に未解決事件を追いかけるといったサスペンスもの。劇場版は陰謀が渦巻くバイオテロに立ち向かう物語だ。のっけから高速道路でハイヤーが暴走するという、目が離せないシーンからはじまる。
坂口は今回の劇場版で本格的なアクションに初めて挑戦した。しかし、宣伝の段階では、その“アクション”の部分が大きく打ち出されてしまったという。
「“本格アクション”と宣伝で打ち出していることにずっと違和感がありました。そもそもアクションを楽しむような作品でもないし、ハリウッド作品に肩を並べるようなスケール感でもない。だから“本格アクション”と謳(うた)うのに恥ずかしさがあったんです」(豊福氏)
その懸念に答えを出したのが坂口だった。あるインタビューで彼は、「痛みが伝わるようなアクションを目指した」と話した。豊福Pは「これだ!」と腑に落ちた。
坂口健太郎が現場でみせる“愛嬌”
本編では主人公の三枝がアクションシーンで悪人をバッタバッタと倒して捕まえる……のではなく、逆に執拗に痛めつけられるような描写が印象的だ。監督もそういった“痛ぶられる”表現には特にこだわりをみせていたという。萩原Pはこう振り返る。
「連ドラの主人公・三枝は事件解決のため死にものぐるいで走り、汗をかきました。そんな彼の生き様を考えると、大きな危険を切り抜けるための代償として“痛み”を引き受けるのではないかと。
演じる坂口さんにそんなお話をしたところ、『三枝がスーパーマンのように敵を倒して回るのは役柄として僕も違うと思う』とおっしゃってくれました。そこでピンチを迎えながらも必死にあがくアクションシーンが作られていったのです」
坂口は多忙なスケジュールのなか、4か月間の特訓をこなした。北九州・小倉市では深夜にも関わらず、ワイヤーに吊るされたままのシーンにも耐え抜いた。非常にストイックな取り組みのなかでも、坂口は常に愛嬌を忘れず、「ふざけたりして場を和ませてくれました」と萩原Pは目を細める。
「例えばアクション練習時。難易度の高い技が決まり、アクション監督に褒められた瞬間、これまでのストイックな表情はどこへやら、スタッフに顔を向け“どや顔”を(笑)
また“血のり”まみれになる撮影では、血のりがついたままスタッフの元へ行き、『いてて……』と怪我をしたフリをして驚かせたあとに、『嘘です』と笑顔をみせてくれました。特筆すべきは、現場の誰よりも早く、アシスタントにいたるまでのスタッフの名前を覚えてくれたことですね」(萩原P)
座長として現場の雰囲気作りは非常に大切だ。筆者が坂口にインタビューした際、彼は「連ドラ初座長では暗中模索でがむしゃらに取り組んでいた」と話していたが、萩原Pから見れば、
「周囲への気遣い、気配りに優れ、『一緒に作っていこう』という雰囲気を出してくれる座長。連ドラから2年経った劇場版では、台本や役柄にご自身のアイデアや意見を出すなど、作り手的な発想をより強められていました」(萩原氏)
と、坂口自身の成長もあったようだ。
ちなみに、アクションスタッフは萩原Pもプロデューサーとして関わった小栗旬・西島秀俊出演『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』のチーム。連ドラとして“規格外”の本格アクションを作ったスタッフだけに、その迫力は是非劇場で味わってもらいたい。
キー局では通らない企画やキャスティングも
『シグナル』には連ドラ、劇場版合わせて2つの“初”がある。まず坂口健太郎の連続ドラマ“初”主演。そして劇場版での坂口の“初”の本格アクション。実はカンテレドラマでは、こうした“初”が当たるケースが多い。
例えば反町隆史主演の『GTO』。反町初の自由奔放な演技がハマり、反町が単なるイケメン俳優ではないことをアピールした。次に阿部寛主演『白い春』では強面の遠藤憲一が初の優しい父親役を演じ、そこから遠藤の役柄の幅が広がったのは有名な話だ。『素敵な選TAXI』では芸人・バカリズムが初の連ドラ脚本を。『幽かな彼女』では広瀬すずが連ドラ初出演を果たしている。
『ゴーイングマイホーム』では名匠・是枝裕和監督が初の連ドラ脚本、監督をこなし、同作はロッテルダム映画作に正式出品された。全10話が上映されたが、日本の連ドラが全話上映されるのは異例。これをキー局ではなく地方局が成し遂げたのだから驚きだ。
「お金はないけど汗をかき、死にものぐるいでやっていく。王道の戦い方ではなく独自のやり方を模索。決して“置きにいかない”という精神を多くの先輩から学んできました」(萩原P)
置きにいかず挑戦していく──。例えば稲垣吾郎主演の『ブスの瞳に恋してる』ではヒロイン役に森三中の村上知子が起用されているが、こんなチャレンジはキー局では通らなかったかもしれない。バカリズムも『世にも奇妙な物語』で脚本を担当しているものの、いきなり連ドラ脚本というのは素人目にもリスキーだ。
「大阪の局ということもあるかもしれません。制作担当者が何をやりたいか、何が面白いと感じるのか。しっかり伝えれば上の者がそれを理解してくれる土壌があります。『バカリズムさんが連ドラ脚本!? 初!? ……おもろいやん!』と面白がってくれる環境があるのです」(豊福P)
かといってすべてがうまく行っていたわけではない。2015年の『HEAT』では初の消防団を題材としたドラマを制作。事前に映画化も決まっていたが、視聴率は振るわず映画化は白紙になった。これが初の連ドラ担当作品となった萩原Pは「自身に足りない面を知った。先輩からの優しい声に泣きもした。そしてここで“諦めちゃいけない”ということを学びました」と振り返る。
ところで、そんな関西テレビの土壌とやや似た局がある。テレビ東京だ。以前、筆者がテレ東プロデューサーに話を聞いたところ、テレ東では一度企画が通ると、上司は細かくチェックせず作り手が作りたいものに賭けてくれるという話を聞いた。これを話してみたところ豊福Pは、
「勝手ながら弊社と似た面を感じる」
そう答える。
「弊社にもキー局では通らないこともやってみようという意識がある。観てくださる方が『なんか面白いことやってるな』と思ったらカンテレだった、そう思われる番組作りをしたい。そういう意味ではテレ東さんに追いつきたいですね」(同前)
文化は決して中央=東京だけが作っているわけではない。その周辺=キー局以外の奮闘でカルチャーはより磨かれていくのではないか。カンテレの、そしてそのほか地方局の、ひいてはすべての地域の“置きに行かない”頑張りに今後も期待したい。
『シグナル』のセリフにもあるように、“諦めなければ、希望はある”のだから──。
(取材・文/衣輪晋一)
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