ジャズ・レコードのジャケットは、それだけですぐれた美術作品といえるものが多数あります。ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』もその1枚といえるでしょう。静かでクールで仄暗い音楽イメージがジャケットにぴったりとマッチしています(逆ですね。でもジャケットの印象も音楽に負けじと強いものですから)。
ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』(ユナイテッド・アーティスツ) 演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、ジム・ホール(ギター) 録音:1962年4月24日、5月14日 このジャケット写真は、筆者所有のオリジナル・レコードを撮影したもの。色が茶色っぽいのは古くて焼けているせいもありますが、もともとちょっと色がついたザラザラした紙に印刷されています。
『アンダーカレント』を知る人には、音楽のイメージにぴったりなので、アルバムのために撮影されたものと思ってしまうかもしれませんが、それは違うのでした。同じ写真を使ったジャケットはほかにもありました。
『Osvaldo Golijov:Oceana』(ドイツ・グラモフォン) 演奏:ロバート・スパーノ指揮 、 アトランタ交響楽団、クロノス・カルテットほか 録音:2004年
同じ写真です。もちろん『アンダーカレント』と接点はありません。大メジャー・クラシック・レーベルですが、『アンダーカレント』がジャズでは有名とは知らなかったのでしょうか。エヴァンス曲集もリリースしていたクロノス・カルテットの面々は苦笑いしていたかもしれませんね。でも、じつはもっとあったのです。
左から、1)This Ascension『Tears in Rain』(Tess Records)1988年録音(ロック) 2)The Beauvilles『Whispering Sin』(24 Hour Service)1999年作品(ロック) 3)Kactus Hunters『Silver Clowd』(Planer Woo Comet Records)2015?年作品(アンビエント)
いずれもおそらくインディーズ・レーベルでグループの詳細はわかりませんが、CDはamazonで売っており、ストリーミングで音も聴けます。ほかにももっとありそうですが、少なくともメジャー2社を含む5枚のCDが同じ写真を使っている例はほかにはないでしょう。音楽ジャンルにかかわらず、たいへん音楽的想像力をかきたてる写真、ということですね。
前置きが長くなりましたが、ここから本題。この写真のオリジナルはこれ(https://www.loc.gov/item/2005696465/#)です。
なんと、『アンダーカレント』のジャケットは(とそのほかも)、この写真をほとんどトリミングせずに使っていたのです。もとの正方形があまりに完成された構図ということだったのでしょう。完成された「作品」は素材にせずそのまま使う、というのもデザイナーの見識ですね。撮影はヴォーグ誌などで活躍した女流写真家のトニー・フリッセル(1907〜1988)。1947年の『Weeki Wachee Springs, Florida』という作品です。ウィーキ・ワチーはアメリカのフロリダ州の都市。きれいな泉がある観光名所だそうです。そしてこの写真は、当地の名物である水中ダンスのワン・シーンだったのです。この構図が、シェイクスピア『ハムレット』のオフィーリアを想像させるのか、これは美しい水死体写真なのでは、というような感想も時折耳にしますが、じつは真逆の華やかなダンスだったのです。そう見ると『アンダーカレント』のイメージとはちょっと離れていきそうですが、じつは『アンダーカレント』のデザイナーは、その静けさや暗さ、冷たさのイメージを作るために、ある工夫をしたのです。もう一度最初のジャケット写真と、オリジナルの写真を見比べてみてください。
おわかりになりましたでしょうか。写真作品をそのままジャケットに使ったと書きましたが、正確には間違いです。なんと、右手首のキラリと光るブレスレットをジャケットでは消していたのです。これにより静謐な感じがぐっと増しています。オフィーリアに見えたのは、ある意味デザイナーの思惑が伝わっていたという証拠でしょう。「デザインしないデザイン」と「イメージのコントロール」。すごいセンスと技ですね。アルバム『アンダーカレント』は、まさに音楽とデザイナーの「共演作品」なのです。
この原稿は、小学館『ジャズ100年』21号(2014年)のコラム「ジャケットは語る」(真舘嘉浩/談、池上信次・編)を大幅改稿したものです。
外部リンク
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