今年8月、現役生活に別れを告げた内田篤人は、その引退会見で海外志向の強い若手に向けてこんな言葉を残していた。「海外に行きたいのは分かりますけど、チームで何かをやってから行けばいいのにな、とは思います」。日本人に最適な海外移籍の形とは? サッカージャーナリストの後藤健生氏に改めて検証してもらった。(※『サッカーダイジェスト9月24日号(9月10日発売)』より転載)
―――◆―――◆―――
国内・海外を問わず、移籍というのは極めて難しい選択だ。その成否によって、選手生命に大きな影響を及ぼしかねない。したがって、慎重かつ大胆に決断しなければならないのだ。
もちろん、それはプロのアスリートに限った話ではない。会社勤めの人間でも、職場環境や上司との巡り合わせひとつで人生を左右されることもあるだろう。
あるいは、ちょっとした派閥力学のバランスによって、思いがけず内閣総理大臣の椅子が転がり込んでくる政治家もいれば、どんなに頑張ってもその座に手が届かない政治家もいる(特定の人物を念頭に置いているわけではありません)。
ただ、アスリートの選手生命というのは、会社員や政治家の人生に比べてあまりにも短い。そしてサッカー選手の場合、その重大な決断を、まだ人生経験の少ない20歳前後で迫られるのだ。
さて、「海外移籍はJリーグでの経験を十分に積んでからにするべきか」というお題である。誠につまらない回答で申し訳ないが、「一概には言えない」としか言いようがない。
選手の成長曲線というのは、人それぞれだ。10代のうちに急速に成長し、20歳を過ぎた頃にはある程度完成してしまう者もいれば、20代後半になって“何か”を掴み、飛躍を遂げる大器晩成型もいる。
性格的にも、いろいろだ。
厳しい競争の中で揉まれることで成長するタイプもいるだろうし、逆に安定して出場機会を得られるような環境でないと、プレッシャーに押し潰されてしまう選手もいる。
「どちらが良いか」という問題ではない。様々なタイプの人間がいるのだから、それぞれが最も成長できる環境に身を置くべきなのだ。
また、特に海外移籍の場合は、現地での生活に順応できるか否かという問題もある。
外国語が喋れるかどうかではない。誰に対しても臆さず相手の懐に入ってコミュニケーションが取れる選手であれば、どんな環境にもすぐに馴染んで力を発揮できるだろう。しかし、社交性に乏しくシャイな人間では順応に時間がかかり、現地での生活についていけないかもしれない。
最近、マルセイユへの入団が決まった長友佑都について、FC東京時代に指導した城福浩監督がこんなことを言っていた。
「彼はセールスマンをやらせたら絶対に成功しただろう」
それほどコミュニケーション能力に秀でているということだ。だからビッグクラブに移籍しても、すんなり輪の中に入っていけるのだろう。
もちろん、そういうことが苦手な選手もいる。
「経験を積んでから」というのは、「人間的な強さを身に付けてから」という意味でもあるだろう。ならば、確かに押し潰されてしまう危険は少ないのかもしれない。ただ、若いうちのほうが順応力は高いというのも事実だ。一般論だが、語学だって若い人は早くに習得できる。
大事なのは、自分のプレースタイルや性格を客観的に判断し、いつ、どのタイミングで、どんなレベルのクラブに挑戦するか(いきなりビッグクラブか、その先のステップアップを狙って中堅クラブか)、そしてどんなスタイルや戦術のチームが自分に合っているのかを考えて決断することだ。
なにしろ、今回のオファーを逃したら、また「次」が来るかどうかも分からないのだ。難しい決断である。
指導者たち、移籍交渉を担当する代理人、それから過去に海外移籍を経験した先輩たち。どうか、若い選手が海外に出てからもしっかりと成長できるよう、彼らの身になって適切なアドバイスをして、送り出していただきたいものだ。
とにかく、移籍というのは難しい。あのリオネル・メッシでさえ、苦境に立たされてしまうのだから……。
文●後藤健生(サッカージャーナリスト)
※『サッカーダイジェスト9月24日号(9月10日発売)』より転載
外部リンク