華やかなショーで幕を開けた北京冬季五輪で熱戦が繰り広げられる一方、新疆(しんきょう)ウイグル自治区のウイグル人が直面する収容政策に改善の兆しはない。米国務省は100万人以上のウイグル人が施設に収監されていると分析し、大工のアーキン・イミンジャン氏(33)も昨年8月に拘束され、消息が分からない。幼い娘と引き離されたアーキン氏の親族は海外の自治区出身者に窮状を訴えるが、解決の糸口は見いだせない。(奥原慎平)
アーキン氏は同自治区イリ・カザフ自治州のジャギスタイ区で2019年11月に結婚し、1歳の長女がいる。同区のウイグル人は5人に1人が中国当局に拘留されたといわれる。アーキン氏も愛する人と子供を育てる日常を享受することは許されなかった。
アーキン氏が最初に収監されたのは09年7月。国家分断を企てたとされ、懲役6年の実刑が科せられた。大それた理由ではなく、携帯電話でイスラム教のチラシを送信しただけだ。
釈放後、アーキン氏は大工や料理人として生計を立てる。結婚まで携帯の利用を控え、中国当局に問題視されない行動を心掛けたが、17年4月に再度拘束され、2年間職業訓練所に送られた。09年に逮捕された元囚人だからだという。
拘束される前年の16年にウイグル自治区トップの党委書記に陳全国氏が就任。陳氏はウイグル人への収容政策を強化した人物として知られる。出身者によれば中国の警察官は地区ごとにウイグル人収監数が割り当てられたといい、アーキン氏も〝ノルマ〟の被害者になったのだろうか。
3度目の収監は昨年8月。警察官が自宅に訪れ、アーキン氏に黒いフードをかぶせ、連行していった。理由は説明されなかった。地元警察の担当者は米政府系のラジオ自由アジア(RFA)の取材に、「アーキン氏は以前も拘束されている。われわれは理由を言えない立場だ。いまどこに連行されているかも分からない」と答えたという。
自治区は中国当局が監視の目を光らせ、親族はアーキン氏を解放する術を持たない。クモの糸をつかむように、海外に暮らす自治区出身者に助けを求めた。
東日本で暮らす30歳代のウイグル人の男性会社員はアーキン氏の遠戚にあたる。涙ながらの相談を受け、男性会社員は日本ウイグル協会を通じ、RFAに取材を求めた。
男性会社員は産経新聞の取材に、「アーキン氏は静かに自分と家族のために生きていこうとしていた。ささやかな夢もかなわかった。長女には消息不明になった父親のことを何と説明すればいいのか」と唇をかみしめる。
この男性会社員もウイグル人の収容政策はひとごとでない。
男性会社員は2010年代半ばに来日し、国内の大学院を修了し、医療関連企業に勤務する。その間、複数のきょうだいが収監された。きょうだいは地元の有力な経営者であり、男性会社員は、自分のため学費を海外送金したことが原因だとみている。
きょうだいは解放されたが、親族と連絡が禁じられた。男性会社員が写真でみた解放後のきょうだいの姿に見る影はなかった。100キロを超えた体格は70キロに満たない程やせ細り、頭髪は抜け落ちていた。収容所で正体不明の薬物が投与されていたと聞いた。
男性会社員に対しても漢人の警察官が自治区の実家を訪れ、父親の通信アプリ「微信(ウィーチャット)」を通じ、頻繁に連絡してくるようになった。「いつ帰国するのか」「どこで働いているのか」「新型コロナウイルスのワクチンは接種したのか」など繰り返し尋ねた。
最近は「次は深い話をするから…」とも言われた。男性会社員は日本で中国共産党政府への抗議活動を行う在日ウイグル人の情報を聞き出すのが警察の目的だと感じた。同胞の情報を売る気はない。だが、断れば自治区に残す親族にどんな危害が加えられるか不明だ-
北京冬季五輪をめぐり、アスリートの活躍に世界の注目が集まるが、男性会社員は五輪を観戦する気になれない。「民主主義国や人権を守る人々が北京での五輪開催を中止させることができなかった。人類の歴史的恥部ではないか。アスリートにも人道への連帯を表明する機会がある。目先の利益にとらわれず、勇気をもって発言してほしい」と訴えている。