信号機を撤去したら頻発していた人身事故がゼロに-。堺市中区のある交差点で昨年3月、信号機を撤去したところ、頻発していた事故が激減した。本来、信号機は交通を整理し、安全性を向上させるために設置する。撤去することで安全性が向上するのは不可解にも思えるが、「事故を減らすのに、信号機の設置がベストとはかぎらない」(警察幹部)という。撤去で事故が減ったのはなぜなのか、背景を探った。
1カ月に2度事故が起きることも
1月下旬の昼下がり、堺市中区深井北町の住宅街。一方通行の市道が交わる交差点をスピードに乗ったトラックや乗用車が一定の間隔で通過していく。徒歩で下校する中学生グループの姿もみられたが、車は設置された「止まれ」の標識に従い、人も車もスムーズに行き交っていた。
一見すると何の変哲もないこの交差点は1年ほど前まで、地元で悪名高い事故多発地点だった。
「ガシャーンという音が聞こえるたびに『またか』と感じた。1カ月で2度事故が起きたこともあった」。長年、交差点の近くに住む60代の男性はそう明かす。軽乗用車がひっくり返ったり、車と衝突したバイクが転がっていたりするのも珍しい光景ではなく、別の住民によると、「近くの家の壁に車が突っ込んだのも一度や二度ではない」のだという。
大阪府警交通規制課によると、この交差点で発生した人身事故は平成30年~令和3年で4件。それほど多くはないようにも思えるが、ほかに物損事故として処理された事故も繰り返し起きており、現場が住宅街の生活道路であることも踏まえれば、「事故多発地点」だとする住民の認識にもうなずける。
通学路にも指定されているこの交差点での事故を無くそうと協議してきた地元住民と府警は、昨年、ある意外な対策に踏み切った。
ドライバーに一時停止や注意を促すために設置されていた点滅式の信号機を撤去したのだ。
要因は信号機?
事故が多発する交差点から信号機を撤去する-。逆効果にも思えるが、撤去した昨年3月から今年1月末まで、人身事故はゼロ。地元住民らも「事故が減った」と口をそろえる。
この交差点で目立っていたのは、交差する道から進入する車両同士の出合い頭の事故だった。信号機はライトが1つの「一灯点滅式」で、東西の道は一時停止を求める赤色、南北の道が注意を促す黄色だった。
本来、赤色側がルールを守れば出合い頭の事故は起きないが、同課の担当者は「一灯点滅式の信号機は設置数が少なく、ドライバーにルールが浸透していない」と話す。加えて、赤色側の道路は、交差点を通過した約60メートル先で「泉北1号線」と呼ばれる主要幹線道路にぶつかる。抜け道として利用する車も多く、幹線道路に注意が向いて、そもそも信号が目に入っていなかったケースもあったと考えられる。
府警は信号機の代わりに、赤い三角形のおなじみの標識と、路面への「止まれ」の標示を導入。担当者は「はっきりと『止まれ』と示したことで、結果的に一時停止義務が伝わりやすくなったのでは」と話す。
「〝副作用〟が目立つことも」
実は、一灯点滅式の信号機は、ルールが浸透していないとして全国的に撤去が進んでいる。大阪府内でも平成25年度末時点で152基が設置されていたが、今年度末には半数以下の73基になる見通しだ。
大阪市立大名誉教授の日野泰雄氏(交通工学)は「一灯点滅式は珍しく、遭遇すると焦ってしまうドライバーもいる。一時停止の標識などで明示する方が分かりやすい」と解説する。
また、事故対策以外でも撤去を検討すべきケースは少なくないのだという。例えば、設置後に交通量が大きく減った場合、撤去せずに運用を続ければ「守らなくても大きな危険はない」という誤った認識を広めてしまうリスクがある。
日野氏は「設置当初は効果があっても、時間がたてば〝副作用〟の方が目立つようになることもある」と指摘。「信号機がある方がいいと断言できる状況なのか。いろいろな立場の人が集まって検討を重ねることが重要だ」とした。(花輪理徳)