2018年9月、東京都立川市の飲食店。
スーツ姿の19歳の男が一人で席に座り、電話を待っていた。
スマホにメッセージが表示されたのに続き、電話がかかってきた。
「行きますよ。通話はそのままで」。男性の声だった。
男は、メッセージで送られてきた市内の住所へ急いだ。1キロほど歩き、集合住宅の一室に着いた。
「インターホンを押して」。耳に差したイヤホンマイクからの指示通り、男はインターホンのボタンを押し込んだ。
通話の相手は特殊詐欺グループの指示役。
男は被害者に直接会って金品を受け取る「受け子」として、犯行に加担しようとしていた。
稼げるバイト、紹介します
男は金に困っていた。
地元の中部地方で勤めていた会社を辞め、上京して1年。ピザ配達のアルバイト代はどんなに頑張っても月15万円ほど。家賃や光熱費、食費を賄いきれず、貯蓄を切り崩す生活に陥った。
この年の夏のある夜、男はツイッターで≪稼げる仕事を紹介してください≫とツイートした。
たちまち≪稼げるバイト紹介します≫といったDMが15通ほど寄せられた。このうち、文面が比較的丁寧な相手を選んで連絡を取り合った。
こんな説明を受け、男は話に乗ることにした。
こんなメッセージが届いた翌日、男は初めての犯行に一歩を踏み出した。
「これ、やばくないですか」
玄関先に出てきたのは80代の女性だった。
「今から言うことをおばあさんに話して。『立川署捜査2課の○○です。電話の件で来ました』」
イヤホンマイクからの指示通りに男は言葉を発する。「立川署捜査2課の○○です。電話の件で来ました」
不安な様子で女性がキャッシュカードを差し出す。既に何らかの電話を受け、男が訪ねてくることを知っている様子だった。
男は用意しておいた空の封筒にキャッシュカードを入れさせ、受け取った。そしてまた指示通りの言葉を繰り返す。
「封筒に割り印が必要なので印鑑を持ってきてもらえますか」
女性は印鑑を探しに部屋の奥に入っていった。女性のキャッシュカードは男の手にある。
すかさず通話相手の男がささやいた。
「今のうちにすり替えて」
キャッシュカードが入った封筒を別の封筒にすり替え、キャッシュカードを盗み出せという意味だ。
男は女性のキャッシュカードが入った封筒を自分のバッグに入れ、代わりにバッグの中からキャッシュカードと大きさが似たポイントカードが入った別の封筒を取り出した。ポイントカードが入った封筒は、事前に用意しておくよう言われていたものだ。
女性が印鑑を持って玄関に戻ってきた。男は女性に封筒を渡して割り印させ、それを開けずに自宅で保管しておくよう伝えた。イヤホンマイクから聞こえる指示通りである。
「手続きはこれで終了です。上司が引き続き電話対応いたします」
男はこう告げて女性宅を後にした。
駅まで走った。指示役との通話はつながったまま。
「これ、やばくないですか」
「全然そんなことないよ」
指示役の声は軽い調子だった。
「詐欺盗」とは
男が加担したこの手口は、刑法上は窃盗に該当するが、金品をだまし取る詐欺の手口と絡んでいることから「詐欺盗」と呼ばれる。
近年、全国的に同種の被害が増え、警察庁が2018年から特殊詐欺被害の統計に加えた。
19年の全国の被害状況は3777件、59億1千万円。件数、額ともに前年比で3倍ほど増えている。
受け子の「取り分」は…?
キャッシュカードを奪い終え、男は隣の立川駅に移動した。
駅ビルにあるATMで指示役が言う通りの暗証番号を打ち込んで現金50万円を引き出すと、今度は山手線の駅に近いとある公園のトイレの個室へ。
そこで50万円のうち40万円を棚に置いた。
ほどなく見知らぬ男性が現れ、40万円を持ち去った。
現金の回収役だ。
男は再びATMに向かい、指定された口座に自分を勧誘したリクルーターの報酬分の5万円を送金した。
手元に残った5万円が、男の報酬だった。
「やめさせてください」
男は、翌日以降も残金を引き出すよう指示を受け、4日間で185万5千円を引き出した。
報酬はその10%。わずか数日、短時間稼働しただけで20万円近くの報酬を手にした。
男はこの金を再就職するまでの生活資金に充てるつもりだった。
もう一度だけやって手を引こうと考え、後日、神奈川県内で2度目の犯行に及んだ。
この犯行で引き出した現金は400万円以上。
2度の犯行で60万円ほどの報酬を得たことになる。
男は前もって決めていた通り「真面目に働きたいのでやめさせてください」と詐欺グループに伝えた。意外にも、詐欺グループは「分かった。じゃあ頑張って」とあっさり承諾した。
男はこれで犯罪から手を切れると考えていた。
足を洗ったはずが…
しかしそのわずか1カ月後、男はツイッターにこう書き込んだ。
≪受け子、出し子できます≫
あぶく銭を手にした男は、犯行で手にした金の大半を使い果たしていた。そして、生活レベルを落とすことはもう考えられなかった。
男のツイートを見て接触してきた別の詐欺グループは、男に4つの選択肢を示した。
強盗と金塊運搬は明らかに身の危険を感じた。
男は2度経験したカードすり替えの特殊詐欺に再び加担することを決めた。そして、このグループの指示の下、1回のカード窃取で1千万円超を引き出すなど犯行を重ねた。
多額の報酬を得て、日々散財する生活。
男は闇の仕事にのめり込んでいった。
待機。移動。また待機…
2つめの詐欺グループに加わって1カ月ほどがたった2018年11月下旬。
男は指示されるままに北東北の駅を転々とした。盛岡、新青森、弘前……。
青森県五所川原市の80代男性からキャッシュカードを盗み取り、現金100万円を引き出した。
そして、翌日も詐欺グループからの指示で被害者宅に出向き、犯行に及ぶつもりだった。
しかし、グループからの指示は駅付近での待機と別の駅への移動の繰り返しだった。
「駅を転々と」の理由とは
この奇妙な動きは、男が加担した「詐欺盗」と呼ばれるキャッシュカードすり替え詐欺の手口と密接に関わっている。
この手口ではまず、だましの電話をかける「かけ子」が警察官や金融庁などをかたり、電話帳や裏社会に流通する名簿に基づき高齢者宅に電話をかける。その語り口の例はこうだ。
「あなたのキャッシュカードから現金が抜き取られている」
「捕まえた詐欺グループが持っていたリストにあなたの名前があった」
こうした不安をあおるうその電話を信じてしまった人に対し、かけ子は「被害防止のため、今から職員をご自宅に向かわせるので指示に従ってください」などと畳み掛ける。
そして職員や警察官を装った受け子が被害者宅に向かい、被害者が目を離した隙にキャッシュカードを盗み取るという流れだ。
詐欺グループは、被害者が誰かに相談する時間的猶予を与えないために、できるだけ短時間で被害者宅に受け子を到着させたいと考えている。
受け子が到着してカードを盗み取るまで、ずっと通話を続けることもある。
この時、詐欺グループに必要なのが、ターゲットとして定めたエリアで待機する受け子の存在。男が駅を転々としたことは、周辺の街にかけ子が電話をかけ続けていた状況をうかがわせる。
2~3時間での移動を繰り返し、男は夕方になって秋田県大館市のJR大館駅にたどり着いた。
「本当に?」疑う女性
夕方、大館駅近くの喫茶店で待機していた受け子の男に指示役からメッセージが届いた。
しかし、その直後にこう続いた。
男のスマホに大館市内の住所が送られてきた。タクシーに乗り、向かう。
いつも通り、語り口や行動の指示を随時受けられるよう、耳にイヤホンマイクを着け、指示役との通話をつないだままにしていた。
現場に着くまでの間、指示役が気になる言葉をつぶやいた。
「疑ってるわー」
80代の女性宅に着いて対面すると、相手からこう尋ねられた。
「本当にこんなことがあるんですか」
女性がかけ子から告げられていたのは「あなたの情報が詐欺の名簿に載っており、口座からお金が引き出される可能性が高い」といっただましのシナリオ。
その口座を守るという虚偽の名目で男が女性宅に向かい、女性はキャッシュカード2枚と暗証番号を記したメモを用意させられていた。
しかし、女性はその話を信じ切っているわけではないようだった。
男は警察官を装い「ネット社会だから仕方がない」などと言い、疑う女性を説き伏せた。
そして午後7時40分ごろ、キャッシュカードを盗み出した。
タクシーで隣県へ"高飛び"
男は女性宅を去ると、大館駅を目指して駆け出した。
耳に着けたイヤホンマイクから指示が聞こえる。
「電車を待っている間に捜査の手が伸びるかもしれない。タクシーですぐに盛岡に向かえ」
男は大館駅でタクシーを拾い、まずは盗んだキャッシュカードから現金を引き出そうと近くのスーパーに向かった。
午後8時15分すぎ、2枚のキャッシュカードを使ってATMから計150万円を引き出し。再びタクシーに乗って盛岡へ向かった。
運転手には長距離移動を怪しまれないようにうそを言った。
「盛岡までお願いします。親が倒れてすぐ行かなければならないけど、酒を飲んでしまって…」
運賃3万5千円ほどをかけ、男は県境を越えて岩手県盛岡市に逃亡した。そして、翌29日午前7時22~26分ごろには、盛岡市内のコンビニATMでさらに計150万円を引き出した。
男は現金を引き出す犯行に及ぶ際、常に防犯カメラを気にしていた。
サングラスとマスクは必ず着用。真っ黒なサングラスだとかえって怪しまれるからと、レンズに少し色の付いたものをわざわざ選んでいたほどだった。
被害者に怪しまれた現場だったが、男はこの犯行で自分が捕まるとは考えていなかった。
犯罪行為の果てに…
二十日余りたった12月20日、男は東京・中野区の路上を歩いていた。
「ちょっといいか」
声を掛けてきたのは見知らぬ男性。警察手帳を示され、男は事態を理解した。
午後5時10分、通常逮捕。
罪名窃盗。
男が特殊詐欺に加担して3カ月目のことだった。
下された判決は…?
男は2019年1月10日に起訴され、その後11回追起訴された。
18年9月22日から12月20日の逮捕までの間、13回にわたってキャッシュカードを盗み、そこから引き出した現金の総額は4804万円。男はこれらの起訴事実を認めた。
逮捕から丸1年が経過した19年12月23日、男は秋田地裁大館支部で開かれた公判の被告人質問に立った。
弁護士
被害者はほとんどが70、80代の高齢者だった。どういったところが悪かったと思いますか。
男
「もう一度稼ぐことができない人から大金を奪ったところが悪かったと思います」
弁護士
あなたが引き出したお金は4800万円くらいになる。全額弁償できますか。
男
全額は……現実的には……厳しいと思います。
弁護士
長く留置施設に入れられてどんな思いですか。
男
自分のやったことの重大さを改めて感じています。
弁護士
いずれあなたも社会復帰する日が来る。どう生きていきますか。
男
再就職を目指して頑張っていこうと思います。
弁護士
一度でも罪を犯した人への世間の反応はとても冷たいと思う。どういうことに気を付けたいですか。
男
罪を犯した人は信用されにくいことは承知の上で、何年かかろうが頑張っていきたいです。
裁判官
あなたは一度、詐欺グループから抜けて、その後また別のグループに加わった。最初に抜けたときと今は何が違いますか。
男
これ以上罪を犯して捕まれば、自分が真面目に生きていける可能性が低くなる。出所して真面目に生きていくためにも、これ以上罪を犯すわけにはいかないという気持ちです」
被告人質問が終わり、検察官はこう指摘した。
検察官
組織の末端であっても、受け子、出し子がいなければ現金を窃取することはできず、被告人は窃盗を完遂させる上で重要不可欠な行為をした。被告人のように、報酬が多いことから安易に犯行に加担する者が後を絶たない。一般予防のためにも徹底的な厳罰を与え、同種犯行への加担が全く割に合わないことを知らしめる必要が高い。
若年であり、前科がないことを考慮した上での求刑は懲役7年だった。
20年1月31日、下された判決は懲役5年の実刑。男は控訴せず、判決が確定した。
人生の中で若々しさと、社会的立場を形成する大きな可能性に満ちあふれた20代の前半を、男は社会と隔絶された塀の中で過ごすことになった。
「全く割に合いません」
記者は19年夏以降、男と留置所と拘置所で面会を重ねたほか手紙のやりとりを続け、事件の経緯を聞いてきた。
判決が出る前、男は「判決が気が気でない」と語っていた。服役すれば履歴書には何年もの空白ができてしまう。再就職に影響が出ることを心配していたのだ。
判決公判が終わったその日の午後、記者は拘置所で、男と最後の面会に臨んだ。
「5年でしたね。どう思いましたか」
「5年が長いとは思っていません」
「それだけのことをした自覚があるということ?」
「そんなところです」
男は詐欺グループの一員として動いた3カ月で、少なくとも数百万円の報酬を得たとみられている。その代償が、刑務所で過ごす5年の月日ということになる。
男は現在21歳。まっとうに社会生活を送れば、収入を得て将来につながる生活基盤を築いていくことのできる年代だ。
全国で受け子の逮捕が相次ぐ中、指示役など詐欺グループ上層部の摘発は困難を極めている。現場で動く受け子は、詐欺グループにとって捨て駒にすぎない。
面会の終わりに、記者は犯罪で得た報酬と実刑判決の重みを比べた受け止めを聞いた。
「全く割に合いません」
男は即答した。
【取材・文=石塚健悟(秋田魁新報社)】
※この記事は秋田魁新報によるLINE NEWS向け特別企画です。