偽札作りが佳境を向かえる中、林田亜乃音(田中裕子)の不審な行動に花房万平(火野正平)が気付く。ATMや両替機を使って偽札の最終チェックをおこなう辻沢ハリカ(広瀬すず)たち。しかし、持本舵(阿部サダヲ)と青羽るい子(小林聡美)の偽札は通用せず、中世古理市(瑛太)の偽札は銀行でバレてしまう。印刷所にある偽札を処分しようとする中世古。そこに亜乃音とともに花房が現れる。偽札のことを知った花房は自首させようとするが、中世古に首を絞められる。
参考:『anone』瑛太はなぜ不気味なのか?
第6話以降の『anone』は偽札製造を描くクライムサスペンスになるかと思われた。しかし、この第8話で計画はあっけなく破綻してしまう。
自分の財布の中にある千円札をすり替えたことから、亜乃音を疑いはじめた花房の行動や、偽札で自販機のジュースを買ってしまったこと、紙野彦星(清水尋也)の手術代を出そうとしてハリカの目的自体を無意味化する香澄茉歩(藤井武美)の登場など、伏線は多数あったものの、破綻はもう少し先かと思っていた。
とはいえ、前半の先行き不明の展開を考えると、クライマックス間近で、先が見えなくなるのは『anone』らしいとも言える。「ちょっと変っていうのはな、得体の知れない何かが隠れている時に感じるもんなんだ」と花房は言う。この台詞は『anone』という物語そのものを表しているように見える。特に第8話は、“ちょっと変な”シーンの連続だ。
例えば、ハリカが香澄に呼び出されて会うシーンで、ハリカのことを不快そうな顔で見ている女の表情や、亜乃音が折った紙飛行機を飛ばすと、照明にぶつかって落下する場面など、本筋とは関係なさそうなシーンが妙に印象に残る。
何より、自販機に入れた偽札を回収するために中世古と持本とハリカが同じ店で一万円札を千円札10枚に両替するというのもおかしな展開なのだが、本作を観ていると紙幣がATMや両替機を通じて交換されながら流通していくプロセス自体が、とても奇妙な行為に思えてくる。
では“得体の知れない何か”とは何だろうか? 今までのことを考えると中世古のことに思えるが、どうもそうとは言い切れない。
それがよくわかるのが食事のシーンだ。「同じ釜の飯を食う」という表現があるが、ホームドラマにおいて食事の場面は、仲間であることを強調する場面である。『anone』においても血のつながらない家族である林田家の絆を深めるものとして描かれていた。
同時に坂元裕二のドラマにおいて、食卓は戦場でもある。『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)では、登場人物が勢揃いした団欒の場が修羅場に変貌する様子が描かれていた。
今回、持本が中世古を誘って鍋を食べる場面は、林田家の団欒が楽しく描かれていたからこそ、会話のない気不味さが際立っており、逆説的に中世古の孤独が際立っていた。先週までは中世古のことを、亜乃音たちの日常を破壊した悪魔のように感じていたはずなのに、林田家から阻害された可哀想な男に見えてしまい、何とも複雑な気分になる。
持本を心配する青羽の遠回しの愛の告白をニヤニヤしながら見守る亜乃音とハリカの姿や、はじめて電話で会話するハリカと彦星の初々しいやりとりなど、観ていて和むシーンも多かった。偽札をパチンコの両替機に投入しようとしたところで、彦星から電話がかかってきたように、犯罪という非日常に飛び出そうとしたハリカたちの行動をつなぎ止めるのが幸せな日常という対比が、今まで以上に強く打ち出されている。
次回予告を観ると、中世古が花房を殺したことで、林田家はバラバラになり逃亡生活を余技なくされるように見えるが果たしてどうなるのか?
“得体のしれない何か”が、ついに正体を見せ始めた。(成馬零一)