agraph・牛尾憲輔がアニメ『チェンソーマン』の劇伴を担当することが発表されている。制作はMAPPA、監督にはアニメ初監督となる中山竜、その他主要となるアニメスタッフは吉原達矢、中園真登、瀬古浩司、押山清高ら、ここ数年のMAPPAのヒット作を支えてきた。牛尾はこの注目のアニメ作品にどんな音楽をあてがうのだろうか。本稿ではそんな注目の作品の劇伴を担当する牛尾の出自と音楽性を紐解きたい。
(関連:【写真】牛尾憲輔と関係が深い電気グルーヴの石野卓球)
牛尾憲輔は、エレクトロニックミュージックを基調とし、アンビエント、現代音楽、ジャズ、ポストロックなどをも横断した音楽性で、国内でも無二の存在といえよう電子音楽家だ。
東京工科大学在学中よりPro Toolsのオペレーターとして活動し、電気グルーヴの石野卓球と偶然にも出会い、石野個人の制作だけでなく、電気グルーヴ・DISCO TWINS・RYUKYUDISKOらのテクニカルエンジニアとして制作に携わり、電気グルーヴの「第三の男」としてライブメンバーとして活躍するようになっていく。
彼のソロプロジェクト・agraphでは、その才気を遺憾なく発揮。Arca、Oneohtrix Point Never、Flying Lotusといったエレクトロニックミュージックの才媛や、マックス・リヒター、ニルス・フラームといったポストクラシカルのフィールドにも目配せしながら、独自のサウンドを作り続けてきた。
特に2016年に発表された『the shader』は、響きや音響に目配せしつつ、ピアノとエレクトロニカを組み合わせたポストクラシカルな志向性を大きく打ち出し、そのアート性は国内から大きな評価を得てきた。
そんな牛尾とアニメシーンとの繋がりは2010年代に始まる。クラムボンのミトとともに結成したアニメソングDJユニット「2 ANIMEny DJ’s」を2010年に開始、メジャーなアーティストがアニメ愛を詳らかにしていくDJアクトは、当時のアニソンDJシーンのなかではとびきりに異質な存在でもあった。
フルカワミキ(ex.スーパーカー)、Koji Nakamura(iLL/ex.スーパーカー)、田渕ひさ子(NUMBER GIRL / bloodthirsty butchers / toddle)の3人に牛尾が加わったバンド・LAMAを結成し、2011年にノイタミナで放送されていたアニメ『UN-GO』(フジテレビ系)のエンディングテーマ「Fantasy」を提供すると、牛尾とアニメ音楽との距離感は一気に縮まっていく。
その後、2014年に放映された『ピンポン THE ANIMATION』を皮切りに、アニメ作品~実写作品の劇伴音楽を担当しはじめるようになる。
アニメーション・絵・セリフの間隙を縫い合わせるように、またはシチュエーションを一気に引き立てるようにと、音楽に求められる役割はさまざまかつ重要。監督からのオーダーがラフに投げられ、作曲者本人には具体的にどんなシーンに使われるかが分かりづらいパターンもありうる。
そういった不具合を防ぐためか、牛尾は監督とのコミュニケーションを密に図ろうとするタイプで、いくつかのインタビュー(※1)ではスタッフ陣とどのようなやり取りを交わしたかを明かすこともある。
そうして牛尾が手掛けてきた劇伴は、彼にとってもっともパーソナルな制作活動ともいえようagraphの音楽性が垣間見えるものになっていた。
例えば、丸井グループが制作したオリジナルショートアニメーション『そばへ』にて劇伴を担当した際、牛尾はループするコード進行を先に作り、そこに音を合わせていき、最後にメインメロディとなるピアノのメロディを制作している。
カットアップされた福原遥の声、ピアノ、柔らかなビート音が、点描のように散り散りに現れていき、ピアノによるメインメロディとスネアドラムのドラミングが重なって、雨模様の移ろいを巧みに演出している。
牛尾いわく、丸井グループのテーマであるインクルージョン(包摂)を意識して、さまざまな音が主題となるモチーフ(メインメロディ)を包むように配置したという(※2)。丁寧な音作りと演出、これは“シチュエーションを一気に引き立てる”手法といえよう。
牛尾が手掛けた劇伴といえば、京都アニメーションで制作された映画『聲の形』『リズと青い鳥』の2作を思い出す人もいるだろう。2作で彼が表現したのは、まさしく“アニメーション・絵・セリフの間隙を縫い合わせる”ような音作りだ。特に『リズと青い鳥』は、机・椅子・呼吸音などに呼応するように、劇伴の音が反応していくような音楽だ。
イメージボードやビジュアルイメージから着想を得ることが多いと語る牛尾。2作で監督を務めた山田尚子とは、両人とも感性が非常にマッチするようで、その制作も通常のアニメ作品で行なわれている制作とはすこし毛色が異なる。
その先鋭的なやり口は、YouTubeの公式チャンネルに投稿されている動画からもうかがい知れる。『リズと青い鳥』では、音楽、絵、効果音、それぞれのタイミングをアンサンブルのように掛け合わせ、登場人物やシーンの盛り上がりを印象的に描写した。
「本作の音楽は彼女たちの心情を表現するのではなく、彼女たちを取り巻く“モノ”の視点、傍観者の視点で音楽を描かなければと思いました」(※3)という牛尾のアイデアを元に、北宇治高校のモデルとなっている学校を訪れて、音楽室のイスを叩いたり、窓をこすったり、生物室のビーカーをバイオリンの弓で弾いたりなど、様々な音をフィールドレコーディングし、それらを中心に組み合わせて制作されている。
一聴すれば、短い音を繋いでおり、無音となる部分が数多く聞き取れるようにも思える、少しのノイズとピアノをまばらに弾いただけというようなトラックもあれば、管楽器でパッパッとだけ鳴らしたのみのトラックもある。
だがこの無音と自然さこそが、多くのシーンを色づかせている。アンビエント、現代音楽、エレクトロニカを活かしたセンスと制作力、アニメ作品への高い理解力と愛があるが故に生みだせる作法だと言えよう。
映像と呼吸感の間隙を縫いあわせ、情景や空気を演出する魔法がかかったサウンドメイクは、1枚の音楽作品として聴いてもリスナーの心の隙間を縫うように音が入り込んでくる。映画のために制作された音楽が、リスナーの生活にも彩りを与えてくれるというマジックは、完成度・構築力が高いからこそ生まれるのではないだろうか。
そんな牛尾が劇伴を担当するアニメ『チェンソーマン』は、気鋭の漫画家・藤本タツキの代表作が原作で、主要キャラクターがあっけなく命を落とす描写も散見されるシリアスなダークファンタジー作品だ。バトル漫画だと割り切っていても余りにも非情であり、速すぎるくらいのテンポで進んでいくストーリーは、読み手の心に穏やかな心持やリラックスする余裕すらあたえない。
注目はやはりバトルシーン、牛尾はどのような音楽をあてがうだろうか。これまでのキャリアを鑑みれば、電気グルーヴでの制作経験や『DEVILMAN crybaby』でのサウンドトラックで見られるようなエレクトロなサウンドがやはり多くなるだろうか。これまで書いてきたようなシーンやキャラクターの呼吸感や空気を縫うような音楽は、本作には入り込む余地がないように見えるが、新たなアイデアを本作に見出して制作していくのだろうか。非常に注目すべきところだろう。(草野虹)
※(1):
agraph オフィシャルインタビューhttps://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/agraph/special/interview/
agraph | Steinberg
https://japan.steinberg.net/jp/artists/steinberg_stories/agraph.html
interview with agraph その“グラフ”は、ミニマル・ミュージックをひらいていく | アグラフ、牛尾憲輔、電気グルーヴ | ele-king http://www.ele-king.net/interviews/004965/
agraph「the shader」インタビュー – 音楽ナタリー
https://natalie.mu/music/pp/agraph03
牛尾憲輔インタビュー 『ブギーポップは笑わない』『リズと青い鳥』……ブレない音楽家のコアに迫る
https://mora.jp/topics/interview/ushio-kensuke/
音楽 | 映画『聲の形』公式サイト
http://koenokatachi-movie.com/music/
映画「聲の形」牛尾憲輔インタビュー 山田尚子監督とのセッションが形づくる音楽https://animeanime.jp/article/2016/09/16/30521.html
【インタビュー】牛尾憲輔が語る『リズと青い鳥』音楽の秘密「映画を観終わった方が、鼻歌を歌ってくれればいい」
https://cho-animedia.jp/article/2018/06/29/7235.html
まったく新しい劇伴の世界—映画『リズと青い鳥』音楽担当・牛尾憲輔インタビュー(前編)
https://nizista.com/views/article2?id=e17745a043b111e89079b3e85bfc20aa
劇場アニメ『リズと青い鳥』音楽担当・牛尾憲輔インタビュー
https://www.lisani.jp/0000075376/
牛尾憲輔│Subculture – ブリティッシュ・サブカルチャーを巡るプレイリストとインタビュー。 | FRED PERRY JAPAN | フレッドペリー日本公式サイトhttps://www.fredperry.jp/subculture/playlists/kensuke-ushio/
アニメ「ピンポン」特集、牛尾憲輔×湯浅政明監督対談https://natalie.mu/music/pp/pingpong_music
すべてが面白い、という想いのもとに、大人たちが本気を出した!『ピンポン THE ANIMATION』音響スタッフ座談会 湯浅政明(監督)×牛尾憲輔(音楽)×木村絵理子(音響監督)×合田麻衣子(劇伴選曲)
https://www.lisani.jp/0000001316/
※(2):https://animeanime.jp/article/2019/07/18/46992.html
※(3):https://cho-animedia.jp/article/2018/06/29/7235.html
外部リンク