初音ミクを筆頭とした音声ソフトウェア・VOCALOID(ボカロ)。これらを用いて作られた楽曲は、はじめこそニコニコ動画という局地的な場所のみで親しまれるものだった。しかしカルチャーシーンにおいてインターネットを発信とする文化が浸透し始めた現代、VOCALOID曲は音楽シーンを支えるひとつのカテゴリーとして成長を遂げている。
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だがこのボカロを用いた楽曲を、単に一般的な音楽の一ジャンルとして括ってしまうのはあまりにも粗雑なカテゴライズと言えるだろう。一口にボカロ曲と言えどポップス、ロック、クラシックにジャズ、エレクトロといった実に多彩なジャンルの音楽が存在しており、中でも特に黎明期より一ジャンルとして根強い人気を誇るのが、いわゆるロック系の楽曲であるVOCAROCK、そして「ミクノポップ」「VOCALOEDM」などと総称される電子音楽系ジャンルだ。今回テーマとするのはVOCALOIDシーンにおけるエレクトロサウンド楽曲。現在もボカロ界隈において一シーンを築き上げる本ジャンルについて、その変遷や特徴に迫ってみたい。
初音ミク登場となった2007年。この黎明期の時代から、電子サウンドを用いたボカロ楽曲は多数投稿されている。時としてエフェクトを使用し、わざと機械音のように加工した肉声を用いる機会も多いこのジャンルで、電子音声のVOCALOIDがそもそも非常に相性の良いことは言わずもがな。とは言え一言では括りきれないエレクトロミュージックというジャンルの中、VOCALOID×テクノポップ=ミクノポップが確立したのは、やはりkz(livetune)の存在が大きいだろう。当時まだキャラソン的位置づけのアニメソング/ゲームソングテイストな楽曲が多かった中、初音ミク発売からわずか1カ月半で投稿された「Packaged」、そしてそのさらに1カ月半後に投稿された「ストロボナイツ」。スタイリッシュなテクノポップサウンドを用いた両曲は、大勢のVOCALOIDリスナーに新たなボカロの音楽的可能性を示唆する役目を十二分に果たす楽曲ともなったと言える。
その後も小林オニキス「サイハテ」、八王子P「エレクトリック・ラブ」、EasyPop「ハッピーシンセサイザ」等のヒットから、ミクノポップはよりメジャーな存在となっていく。また時期を前後して2009年、ニコニコ動画のコミュニティ機能を通じた「ミクノポップをきかないか?」コミュニティの発足も非常に興味深い点だ。多彩なVOCALOIDの音楽の中で「ジャンルでボカロ曲を聴く」という文化の先駆けとなる現象が起こった点も、ミクノポップというカテゴライズ確立による影響があるだろう。
そんなミクノポップを始めとしたエレクトロミュージックも、これ以降同時期に起こったVOCALOID曲全体におけるサウンドの傾向遷移の影響を受け始める。ただしそもそものジャンルサウンドと当時のボカロ曲における流行サウンドの相性自体は、厳密にはあまり良いものではなかったらしい。人気ジャンルの筆頭であったVOCAROCKの勢いに押されたこともあり、電子音楽ジャンルの潮流は2010年以降、少しずつ失速を始めていく。この転換期に点在する曲として、エレクトロハウス系のDixie Flatline「Just Be Friends」(2009年)、2010年の「ルカルカ★ナイトフィーバー」をはじめとするsamfreeのユーロビートシリーズ、2011年のMitchie M「FREELY TOMORROW」などが挙げられるだろう。
その後2011~2012年にkz(livetune)「Tell Your World」のCM起用もあったものの、ボカロにおける電子音楽ジャンル自体は一足早く落ち着きを見せ、その後VOCALOID全体に一度衰退期が訪れる。しかしこの間すでに現在のシーンに繋がる兆しは見え始めており、その筆頭が新たなエレクトロジャンル「VOCALOEDM」の広がりだ。元々上記の楽曲点在期にも、よく見ればサウンドはすでに軽やかなポップからダンスビートへ徐々に変化していることが窺える。
加えて2014年にはギガP「ヒビカセ」、niki「ELECT」などの投稿もあり、着実にブームの火は広がりつつあった。その後2015年以降のダンスロックブームを契機にVOCALOIDシーン全体の復興が起こり始め、「踊れる音楽」としてのボカロ曲の機運が数年かけて高まっていく。
2016年投稿の雄之助「PaⅢ.SENSATION」や2017年のSpacelectro「妄想税 Big Room House Remix Spacelectro」、梅とら「SCREAM」のヒット。また2018年にはピノキオピー「ヨヅリナ」や、これまでも同ジャンルで活躍していたギガP、八王子Pが共に「劣等上等」「バイオレンストリガー」でブレイク。
さらに翌年2019年には両者タッグの八王子P×Giga「Gimme×Gimme」も投稿され、この年からVOCALOEDMに留まらず多彩なエレクトロサウンドのボカロ曲が、一気にシーン全体の再興へと貢献することとなる。同年頭角を現した面々は「ラストリゾート」「幽霊東京」のAyase(YOASOBI)、「ビターチョコデコレーション」「コールボーイ」のsyudou。さらに「オートファジー」を手掛けた柊キライや、「ジェヘナ」を投稿したwotaku、そして翌2020年には「KING」でKanariaもブレイク。上記のラインナップから、いかにこの時期が大きなターニングポイントだったかは一目瞭然だろう。
そんなボカロ再評価期に突入した今、引き続きエレクトロミュージック、中でも「VOCALOEDM」系統に分類される楽曲は熱い注目を浴びている。ツミキ「フォニイ」を筆頭に、柊マグネタイト「マーシャル・マキシマイザー」「傀儡阿修羅」やピノキオピー「神っぽいな」「転生林檎」。またトラップサウンドや韻を踏む歌詞を用いたwotakuによる「マフィア」「シャンティ」や、ダウナーでアングラなムードのトラックに定評のあるAzari「Shadow Shadow」「Casino」。
そして先日の『The VOCALOID Collection 2022 ~Spring~』にて大きな評価を受けたr-906「まにまに」、椎乃味醂「死んでしまったんだ」、ユギカ「ディフレイル」など。これらの本格的なEDM要素を取り入れた作品も、現在のボカロシーンを牽引する楽曲のひとつだ。今後さらに再び盛り上がる可能性を秘めたVOCALOID。その中で電子サウンドをメインとしたエレクトロミュージックは、これからも主力を張る一ジャンルであり続けることだろう。(曽我美なつめ)
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