株主優待で人気のオリックス(8591))は2022年5月11日、2024年3月をもって株主優待制度を廃止すると発表しました。
2022年2月14日には、同じく優待で注目を集める日本たばこ産業・JT(2914)も優待の廃止を発表しました。
今、なぜこのように人気であるにもかかわらず優待を廃止する動きが広まっているのでしょうか。
今回は、元株式アナリストの筆者が背景にある3つの理由を解説します。
1. JTやオリックスが株主優待を廃止
JTやオリックスの優待が今後廃止となります。
両社はこれまで以下のような優待を提供してきました。
1.1 JTの株主優待
毎年12月31日現在の株主名簿に記載のある株式100株(1単元)以上を、1年以上継続保有されている株主に下記の優待を提供。
相当額のグループ会社等の商品を贈呈または社会貢献活動団体への寄付
- 100株以上200株未満保有の株主:2500円相当
- 200株以上1000株未満保有の株主:4500円相当
- 1000株以上2000株未満保有の株主:7000円相当
- 2000株以上保有の株主:13500円相当
1.2 オリックスの株主優待
毎年3月31日・9月30日現在の株主名簿に記載のある株主に下記の優待を提供。
- 株主カードによる優待(3月・9月):宿泊・食事・野球観戦・水族館など、オリックスグループ提供の各種サービスが優待価格で利用可能
- ふるさと優待(3月のみ):オリックス取引先の取扱商品が掲載されたカタログギフト
こうした優待を楽しみに株式を保有していた投資家もいらっしゃるかと思いますが、JTやオリックスは今、なぜ優待を廃止するのでしょうか。
2. JTやオリックスなどが株主優待を廃止する根本的な背景:東証の市場改革
株式優待の廃止が続くきっかけは、東京証券取引所が実施した市場改革である可能性があります。
東証の市場改革では、市場の名前が変更となったほか、上場に関する様々なルールが変更となりました。
以下、東証1部市場とプライム市場について、変更点の一部(流動性)をご紹介します。
まず、投資の世界で「流動性」というと、1日当たりの売買代金や発行済み株式総数に占める浮動株割合など様々な意味合いで使われますが、平たくいえば「市場で株が盛んに売買されている度合い」となります。
東証は上場基準における流動性について、「株主数」「流通株式時価総額※」「時価総額」という3つの尺度を設けており、市場改革ではここの一部にメスが入れられました。
※流通株式とは、保有が固定的でほとんど流通可能性が認められない分を除いた株式。
出所:株式会社日本取引所グループの公表資料をもとに筆者が作成
具体的には、以下のようになります。
- 株主数:2200人以上(旧)→800人以上(新)
- 流通株式時価総額:10億円以上→100億円以上
- 時価総額:250億円以上(変更なし)
株主数の最低ラインは2200人から800人と、6割減。
一方、流通株式時価総額の最低ラインは10億円から100億円へと、10倍に。
数字の変化を見るに、市場改革はかなり抜本的な見直しだったことがわかります。
では、この改革がなぜ「優待の廃止」のきっかけとなるのでしょうか。
3. JTやオリックスなどが株主優待を廃止する理由①:個人投資家を増やす重要性の低下
まずひとつは、上場企業から見た「個人投資家を増やすことの重要性」の低下が考えられます。
野村インベスター・リレーションズが2021年2月26日に発表した「株主優待実施企業 実態調査『知って得する株主優待 2021年版』 企業アンケート報告書」によると、株主優待を実施している企業271社に複数回答可で「優待を実施する目的」のアンケートを取ったところ、多いもの順に以下のような結果となりました。
出所:野村インベスター・リレーションズ株式会社「株主優待実施企業 実態調査『知って得する株主優待 2021年版』 企業アンケート報告書」
- 株主の長期保有促進:64.1%
- 個人株主の増加:57.5%
- 株主への利益還元:51.6%
- 株主の自社への理解促進:51.3%
- 自社製品やサービスのPR:44.7%
- 株価の上昇:20.9%
- 出来高の増加:14.3%
- その他:2.2%
これを見ると、「個人株主の増加」は約6割となっており、最も多かった「株主の長期保有促進」と大差ない結果となりました。
ちなみに、2020年の結果では「個人株主の増加」は「株主の長期保有促進」を上回り、最も多い結果でした。
個人株主を増やしたい理由は企業によって様々ですが、「上場基準を満たすため」という理由も考えられます。
実際に過去、株主数が減少し、上場廃止に関する猶予期間に入りそうまたは入った企業が株主優待を新設するというケースはそれなりに見られました。
しかし今回、上場基準の株主数について、最低ラインは2200人から800人と大幅に減少しました。
この結果、「優待を実施して個人投資家を増やそう」というインセンティブが、低下したのではないでしょうか。
4. JTやオリックスなどが株主優待を廃止する理由②:ガバナンス意識の向上
ここでもう一度、流動性に関する変更内容を見てみましょう。
- 株主数:2200人以上(旧)→800人以上(新)
- 流通株式時価総額:10億円以上→100億円以上
- 時価総額:250億円以上(変更なし)
これを見て、東証は「どんな投資家に気を使った」ことが推察できるでしょうか。
「少数の株主で、より多額の売買を生む」という狙いが見て取れるのではないでしょうか。
ここで浮上するのは「機関投資家」です。
実際、東証は市場改革について「多様な機関投資家が安⼼して投資対象とすることができる潤沢な流動性の基礎を備えた銘柄を選定する」という狙いを明言しています。
株主優待は、個人投資家にとっては嬉しいものですが、還元をキャッシュで受け取りたい機関投資家にとっては少々厄介です。
実際に、JTとオリックスは両社そろって、優待廃止の経緯について「公平な利益還元のあり方という観点から慎重に検討を重ねた」という説明をしています。
コーポレート・ガバナンスの観点で、株主が平等となるように検討したことがうかがえ、その結果、優待の廃止を決めたのではないでしょうか。
5. JTやオリックスなどが株主優待を廃止する理由③:流動性改善に対する意識の向上
最後に、流動性の観点から。
今回、東証は「流通株式」を以下のように定義づけました。
『流通株式とは、上場有価証券のうち、大株主及び役員等の所有する有価証券や上場会社が所有する自己株式など、その所有が固定的でほとんど流通可能性が認められない株式を除いた有価証券を言います』
『東証では、以下の者が所有する株式を流通性の乏しい株券等として定めています。
- 上場株式数の10%以上を所有する者又は組合等
- 上場会社(自己株式)
- 上場会社の役員
- 上場会社の役員の配偶者及び二親等内の血族
- 上場会社の役員、役員の配偶者及び二親等内の血族により総株主の議決権の過半数が保有されている会社
- 上場会社の関係会社およびその役員
- 国内の普通銀行、保険会社、事業法人等
上記の他、当取引所が固定的と認める株式は、流通株式数から除かれます』
かなりカッチリ定義づけていますが、ポイントは最後の「上記の他、当取引所が固定的と認める株式は、流通株式数から除かれます」です。
新たな市場の取り組みは始まったばかりでもあり、含みを持ったこの表現には、「今後新たな定義が増える」可能性も示唆されているのではないでしょうか。
東証は本質的に「市場に出回る株式を増やす」ことを目指しています。
一方、株主優待を最大の目的に株を保有する個人投資家の中には、「株価変動に関係なく株を持つ」という考えの人もいます。
実際、吉野家ホールディングス(9861)が2022年3月4日に発表した個人株主のアンケート調査によると、株式の保有方針について「継続保有(株価水準によらず売却予定は当面ない)」が80.3%と極めて高い結果となりました。
出所:吉野家ホールディングス「吉野家ホールディングス株主アンケートの集計結果を開示」
「株価に関係なく優待目的で何年・何十年も保有される株式」も、東証のいう「所有が固定的でほとんど流通可能性が認められない株式」に本質的には該当するのではないでしょうか。
優待で人気のJTやオリックスが優待を廃止する背景には、こういった先回りのケアがあるのかもしれません。
6. まとめにかえて
いかがだったでしょうか。
上場企業の中には、JTやオリックスの他にも、数多くの「優待企業」があります。
また、こうした動きの株価への影響も気になります。
今後も注目です。
参考資料
- 株式会社日本取引所グループ 市場区分見直しの概要
- 株式会社日本取引所グループ「各新市場区分の上場基準」
- 株式会社日本取引所グループ 用語集 流通株式
- 野村インベスター・リレーションズ株式会社「株主優待実施企業 実態調査『知って得する株主優待 2021年版』 企業アンケート報告書」
- オリックス株式会社「株主優待制度の廃止に関するお知らせ」
- 日本たばこ産業株式会社「株主優待制度の廃止に関するお知らせ」
- 吉野家ホールディングス「吉野家ホールディングス株主アンケートの集計結果を開示」