英国首相をつとめたチャーチルやインド初代首相ネルーらが学んだ450年の歴史を持つ英国のパブリックスクール、ハロウスクール。そのインターナショナルスクール「Harrow International School Appi Japan(ハロウ安比校)」が2022年8月、スキーリゾートとして名高い岩手県八幡平市の安比高原にできます。Year7〜13(日本の小学6年〜高校3年に相当)にあたる男女を全世界から受け入れ、将来的な定員は920人。日本で最大規模の全寮制インターナショナルスクールとなる予定です。目指す教育は何なのか、なぜ安比高原なのか。ハロウ安比校初代校長のミック・ファーリーさんに話を聞きました。(写真は、ハロウ安比校の校舎イメージ=同校提供)
話を聞いた人
ミック・ファーリーさん
ハロウ安比校プロジェクト総責任者/初代校長
(Michael Farley) 英国出身。2003~09年、ブリティッシュ・スクール・イン・トウキョウで校長を務め、在任中に英国の私立学校監査局ISIから最優秀レベルの学校として認定される。12~19年、ハロウバンコク校で校長を務める。AISLハロウグループ・オペレーション・ディレクターを経て、現職。
自然環境は日本のブランド 「世界が日本に来る」
――ハロウインターナショナルスクールは1998年のバンコク校を皮切りに、アジアで多くの学校を運営しています。さらに日本校を開校する狙いは何でしょうか。
英国は第1次世界大戦前から、特に東南アジアとのつながりが強く、当時の王族らが子息を英国のハロウスクールで学ばせていました。そうした歴史などから、1998年にタイ・バンコクにインターナショナルスクールを設けました。2005年に北京校を開き、現在は上海、重慶、香港など、中国を中心にアジアで24の学校を運営しています。ハロウ安比校は日本では初めての学校であり、またハロウインターナショナルスクールとして初の全寮制の学校になります。授業は全て英語で、Year12、13(高2、3)では英国の教育システム「Aレベル試験」のカリキュラムに沿い、高校卒業および大学入学の国際資格を取得します。
英国の教育は、個々人を伸ばしていくことに力があり、こうした教育が近年、アジアでも求められていると強く感じています。また、日本で暮らす英国の駐在員らから本格的な英国の学校がほしいとの声も聞きますし、日本国内ではインターナショナルスクールや全寮制学校への関心が高まっています。日本での開学が求められていると思いました。
ハロウ安比校には、香港、台湾、シンガポール、ベトナムなどのアジア諸国・地域を始め、英国や米国、豪州などからも問い合わせを頂いています。「世界が日本に来る」。そんなイメージを持って頂ければと思います。
――なぜ安比高原だったのでしょうか?
世界中から生徒を募集しやすく、保護者が子どもに会いに行きやすい国で、豊かな自然と安全を提供できる場所として、日本の安比高原に決まりました。自然環境の素晴らしさは、日本のブランド。世界に誇れるものがあります。都会の雑多なものから離れ、安全な環境で心身ともに健やかに育ってほしいと思っています。
英国のハロウスクールはロンドン郊外の自然豊かな環境の中にありますが、ハロウ安比校はさらに自然と一体となったような環境です。スキーやスノーボード、ゴルフなどに思い切り取り組んでほしいですね。冬は多くて週4日、スキーやスノーボードができる機会も設けています。
――安比校ならではの取り組みは? また英国のハロウスクールと共通する教育は何でしょうか?
ハロウインターナショナルスクールの教育モットーは「Educational Excellence for Life and Leadership(人生とリーダーシップのための卓越した教育)」。このモットーのもと、「勇気」「名誉」「謙虚」「友情」といった四つの価値観に基づいた教育を行います。ハロウ安比校も同じです。社会や自分の周りの人々の力になり、リーダーとして責任ある行動を取れる人になることを大事にしています。
上は教育概念図で、英国のハロウスクールもハロウ安比校も同じ形です。コアとなるカリキュラムがあり、その周りに学術的探究と、生涯役立つスキルを身につけるスーパー・カリキュラムを用意しています。芸術史や天文学、プログラミングなど約15の活動を準備する予定で、生徒の好奇心、探究心を刺激しながら研究や弁論の力などを高めます。
「コ・カリキュラ」(表では「コ・カリキュラム」と表記)はスポーツや芸術などの時間のことで、日本語に訳すと「課外活動」になってしまいますが、「コア・カリキュラム」と同じぐらい重視しています。スポーツ以外では、チェス、クッキング、ディベート、演劇、ファッション、模擬国連、校内新聞などの活動を考えています。日本では受験に備えて部活や趣味を中断するケースが多いと聞きますが、長い人生を考えたらもったいない。海外のトップ大学を目指すのであればなお、必要な時間です。
授業は基本的に英語ですが、中国語と日本語のどちらかを必ず学びます。大学の講義が理解できる水準の力はもちろん、文化的な知識も身につけます。
後で詳しくお話ししますが、ハロウ安比校は全寮制をとります。全寮制とすることで、より個別化したケア(パストラルケア)ができると確信しています。例えば数学の点数が大幅に下がった生徒がいたとします。もしかしたら家族が病気で、勉強に身が入らない状況かもしれませんよね。そこで、その子の状況を多面的に把握するため、教師だけでなく、寮の先生にも生活状況や家族状況を聞き、必要があれば精神的なサポートも行っていきます。
――野外での活動、自然の中で学ぶ意義をどう捉えていますか?
都会や人工物で囲まれた中では学べないこと、授業だけではわかり得ないことが、自然の中には多くあると思います。こうしたことをうまくカリキュラムに組み込みます。やったことがなくても大丈夫。未知なるものへの挑戦は大事です。また、ここで身につけたスポーツスキルは社会人になっても役立ちますし、もちろん生涯にわたってスポーツを楽しむことができます。
自然との関わりの中で、人は身体的、心理的な強さを得られます。ハロウ安比校では、最終学年で八幡平山の冬山登山を予定しています。山頂で1泊し、スキーで下山する企画です。計画や準備の大事さ、うまくいかなかった時に考え直す柔軟性、成功した時の誇りや自信、友情の深まり――。こうしたことはポジティブでないとやり遂げられません。困難な状況にあっても前向きに取り組める力をつけてもらいたいと思っています。
もしかしたら私が一番、開学を楽しみにしているかもしれません。私は英国の国立公園内にある小さな村で生まれ育ちました。教師としてのキャリアを積む前は、アウトドアの専門家として、自然とともにありました。自分の人生、自分のキャリアが一周したと思い始めた頃に安比校の話があり、私を育んだ環境に戻れることになったのです。ですから、とても興奮しています。
全寮制で、一人ひとりの強みを見いだす
――先ほども少しお話し頂きましたが、全寮制というのは英国のハロウスクールと同じです。寮生活の意義をどう考えていますか?
全寮制は英国のハロウスクール以外ではハロウ安比校だけです。ハロウスクールには「ハウス」と呼ぶ12の寮があります。ハロウ安比校でもこの形を踏襲します。開校当初は男女二つずつ、計四つの「ハウス」でスタートする予定です。小説「ハリー・ポッター」でハリーが所属していた「グリフィンドール」やスネイプ先生の「スリザリン」をイメージしてください。学年を超えてのサポートや帰属意識、チームワークを育みます。ハウス対抗の運動会も開く予定です。
全寮制こそが、ハロウスクールが何百年と引き継いできたことです。一緒に成功を喜び、困難な時は助言をする――ハウスにいる様々な大人との関係性の強さから、一人ひとりの強みを見極めて、その子の力を最大限に引き出せると思っています。
ハウスには各教科の教師が日替わりで滞在し、勉強をみます。夜の講演会や夜の探索活動など、いろいろなイベントも展開していきます。
――入学試験や学費などは気になるところです。
入学試験は決して難しいものではありません。よく、「偏差値は?」「入試問題のサンプル問題はあるのか?」と聞かれますが、そういったたぐいの試験ではありません。
まず、オンラインで認知能力と非認知能力を測る試験を受けてもらいます。英語のライティングと英語による面接も行います。ライティングは知識を問うものではなく、考えを問うものを出します。そもそもどんなことを考えている生徒なのか、その子の持つ力を私たちが提供する教育の中で伸ばしていけるのか、ハロウの家族として受け入れることでその子の人生の成功につながるのか――。試験はふるい落とすものではなく、それらを探し出すためのものと位置づけています。受け入れるのであれば、その子の一生に責任を持たなくてはなりませんから。
英語力が足りなくても、その点は心配しないでください。私たちはその子のポテンシャルを重視します。また、教師は、英語が母語ではない子どもへの英語指導について、専門的な訓練を受けています。中国などでの経験から、アジアの子どもたちの英語力についてはよく分かっているつもりです。
学費はつい最近、決めました。学年によって違いますが、入学金を除き、寮費などすべて含めて平均すると年8万US$(約900万円)です。日本の保護者の方にとっては、学費としては初めて目にする額でしょう。ただ、この額に見合った教育を子どもたちに届けられると思っていますし、ハロウ安比校と同レベルの教育を提供し、環境的にも似た位置にあるスイスの全寮制学校などと比べると、半分以下の金額です。ハロウ安比校のプロジェクトチームが、多くの家庭にこの素晴らしい教育の機会を広げようといかに頑張ったか、ご理解頂けることと思います。
――どんな子どもたちに、ハロウ安比校に来てもらいたいですか?
「何か」をもたらしてくれる生徒を待っています。提供する教育資源をすべて活用し尽くす貪欲(どんよく)さを持っていてほしいですね。意欲ある子どもたちと一緒に何かをやり遂げたいと思っています。
新しい学校ですが、英国での450年の歴史も引き継ぎ、質の高い教育を提供できると自信を持っています。データ教育の中心となる「イノベーションセンター」など、最先端の環境も整えました。ハロウインターナショナルスクール出身者は、英オックスフォード大や英ケンブリッジ大、米スタンフォード大、京都大といった世界の素晴らしい大学へ進学しています。ハロウ安比校の生徒も私たちの完璧なサポートのもと、こうした大学へ送り出します。
教師選びはこれから本格化しますが、世界中から300人近くがすでにエントリーしてくれています。情熱ある大人が集まるはずです。この環境を、私たちをぜひ使い倒してください。
※参考リンク※
◆ハロウ安比校ウェブサイト
◆同校への問い合わせ
(朝日新聞EduA編集長/山下 知子)
(朝日新聞EduA 元編集長/山下 知子)