ロータリーエンジンは線形運動を回転運動に変換するレシプロエンジンと異なり、おしなべて幾何学が関与している。ここではロータリーエンジンの基本となる幾何学要件をご紹介しよう。
TEXT:近田 茂(CHIKATA Shigeru) ILLUSTRATION:熊谷敏直(KUMAGAI Toshinao)/MAZDA
ローター頂点が描く軌跡=ハウジング形状
現在のロータリーを成立させているのは偏心量3対2の位相から生まれるおむすび形ローターの遊星運動にある。外歯の小さな固定ギヤに掛かる大きな内歯を持つローターは偏心運動をし、ローター1回転でエキセントリックシャフトは3回転する。逆論すればエンジンが6000回転で回っていてもローターの回転は2000回転に過ぎない。
4ストロークサイクルエンジンよりも行程に費やす時間が長いというメリ ットも見逃せないだろう。じっくりと時間をかけて確実な吸排気を追求できる特徴も持っているわけだ。しかもローターの3辺それぞれで順次同じ行程をこなしていくので、次々と燃焼エネルギーが得られる。一拍休みを挟んで燃焼を得る4ストロークのレシプロエンジンと比較すると、ロータリーの方が駆動軸にかかるトルク変動も少ないのだ。2ローターがレシプロの6気筒並のスムーズさと言われる所以がそこにある。
ローターの頂点が描く軌跡が繭形のハウジング形状である。トロコイド曲線といわれるが、その軌跡(描き方)は図1を参照されたい。アームの先端にペンを取り付けて、中の外歯を固定し、内歯をからませながら偏心回転させたときに描かれる軌跡がローターハウジングの基本形状になる。またローターがこの中で回転できるのは、偏心しているからこそであり、ちょうど偏心量の部分がレシプロのコンロッドとクランクの役割を担う。もし偏心が存在していなければ、仮に燃焼エネルギーを受けてもローターの1辺は軸中心方向に圧力を受けるだけで回転エネルギーには変換されない。
ローター=ルーローの三角形
ロータリーエンジンの排気量はローターの厚み(=ローターハウジング幅)で比例変化するが、トロコイド定数(K値とも呼ぶ)によっても変わる。これはローター頂点が描く創成半径(R)を偏心量(e)で割った値だ(K=R/e)。
図2は異なる3種の定数でのトロコイド(正式にはペリトロコイド)形状。定数によって形状が変化することが理解できるだろう。定数が小さいとコンパクトなハウジング形状となるが、アペックスシール部分の揺動角は大きくなる。逆に定数が大きければ揺動角は小さくなるが、ハウジングが大きくなる。
部品点数が少なく小型軽量な特質を生かしたいロータリーでは定数(K)=6に設定されてきた(マツダも13Aエンジンを除きK=6)が、レシプロエンジンで言うところのいわゆるロングストローク的な出力特性を目指すなら、少し大きな定数を採用するケース(マツダの13Aエンジンがまさにそれ)もあり得るわけだ。図3はローターの基本形状を導き出す方法を示している。
図4は、位相ギヤのレシオを変えた場合に成立するローター形状とその動き(ローターハウジング形状)の例。ローターがどのような偏心運動をするのかが理解できるが、中央の2対3の比率がバンケル型ロータリーで使用される。いずれも幾何学的に成立する動きをし、作動室の容積を変化できるので、オイルポンプやコンプレッサーなどに利用例がある。
2対3では2つの円形を合わせたような繭形の中を三角のローターがまわる。3対4では3つの円形を組み合わせた中を四角いローターが回る。ちなみに4対5なら四葉のクローバー形ハウジングの中を五角形のローターが回ることになる。
マツダによって実用化されたロータリーはバンケル型だが、自動車用以外に目を向ければ実に様々な形状の機関が存在する。レシプロと比較すると必要とされるシール部分が多く、ハウジングとローターのクリアランスも多く確保する必要があり、熱効率はレシプロに及ばないと言われるのも事実だが、ロータリーにはまだまだ開発の余地は残されている。
幾何学的におむすびローターが、ローターハウジングの中で偏心回転運動をすることは理解できたと思う。複雑なバルブ開閉メカニズムを必要とする4ストロークのレシプロエンジンと比較すると、ロータリーエンジンは部品点数も少なく、シンプルで軽量な特徴をもち小排気量でハイパワーを稼ぎ出せる。しかも振動面でもスムーズな回転フィーリングを発揮するのが特徴だ。これはクルマに搭載する際、エンジンの省スペース化を始め、重量物の搭載位置における自由度の高さなど、パッケージングデザインを追求する上でも大きなメリットを生む。だからこそロータリーは、スポーツカー用エンジンに相応しいと言われるのだ。
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