「オリンピック休戦」という言葉を聞いたことがあるだろうか。この意味は、シンプルに伝えると“スポーツの持つ力で紛争のない世界の実現を目指す”活動のことをいう。では、なぜこの活動が必要なのか。それは、こうしている今も世界のどこかで戦争が続いているという現実があるからだ。世界的なスポーツの祭典であり、スポーツを通した人間育成と世界平和を究極の目的としているオリンピックに向けて、一人ひとりがその価値や理解を深め、本来の意義を見つめる必要もある。そこで今回は、このオリンピック休戦(Olympic Truce)に関して紐解いていく。
2800年程前から始まっていた、オリンピック休戦の意義とは
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オリンピックは歴史が古く、考古学研究によると発祥は紀元前9世紀頃に開催された「オリンピア祭典競技」という古代ギリシアを中心にしたヘレニズム文化圏の宗教行事だったと伝えられている。
古代オリンピックでは、開催地から居住地までの往復において選手や観客の安全を願い、その期間の戦争を休止していたそうだ。その故事を受け継ぎ、1992年より国際オリンピック委員会(IOC)が「オリンピック休戦」を提唱。選手やスポーツの価値を守るため、1994年のリレハンメル大会より導入された。
つまり、原点は「平和」。紛争をスポーツに置き換えることで争いをなくすという理念は時を経て継承される文化となり、古代と今、そして未来へとつなぐ大きな架け橋ともいえるだろう。
東京2020でさらに広げる、オリンピック休戦への想い
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2019年12月に開催された第74回となる国連総会では、国際オリンピック委員会(IOC)や外務省協力のもとで、186カ国が共同提案国となり「オリンピック休戦」決議が採択された。
東京大会では上記にならい、東京2020組織委員会によってオリンピック休戦の概念を広めるさまざまなイベントやプログラムが実施される。その活動を通して、「平和の祭典」としてのオリンピックの価値や意義を世界に伝え、スポーツを通じた融和、平和への理解を促進する。
<東京大会で予定している主な活動内容>
選手みんながサインする!? 休戦ムラール(壁)の設置
オリンピックの参加者へオリンピック休戦の賛同を呼びかけるため、選手村の敷地内にムラールとよばれる壁を設置し、アスリートたちが平和への祈りを込めてサインできるようにする。
オリンピック開会式での演出にも注目
過去大会では、平和の象徴といわれている白い鳩をモチーフとした演出を行った。東京大会も平和のメッセージを示す演出が予定されている。
国際貢献策「スポーツ・フォー・トゥモロー」を実施
世界中の人々にスポーツを通して平和の素晴らしさを実感してもらうべく、日本では東京2020大会に向けて、国際貢献策「スポーツ・フォー・トゥモロー」を実施。今策では、100カ国以上、1,000万人以上を対象に、スポーツを通じた国際交流や人材育成を行っており、多くの日本の若者も参加している。
世界初「ホストタウン・イニシアティブ」の取り組み
参加国・地域との人的・経済的・文化的な相互交流を図る地方公共団体を「ホストタウン」として全国各地に広げていくという、政府による世界初の取り組み。日本全国の自治体の住民と参加国・地域の選手たちによる、心温まる草の根型の交流によって、心が通い合う大会へと繋げていく。
「現実は厳しいけれど、世界の平和と繁栄を諦めたくない」(森会長)
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2019年12月9日、東京2020組織委員会の森喜朗会長がオリンピック休戦決議に関する演説を国連総会で行った。
「平和への現実は実際厳しくとも、諦めないという気持ちを持つ人が自分だけではないことをオリンピック休戦は教えてくれる」と森会長。
実際、ローマ教皇が広島・長崎を訪問した時に述べた「核兵器のない世界は可能であり、必要不可欠であると確信する」という言葉に、我々日本人の心に一筋の光としてあるべき未来を照らした、と深く共感したそうだ。また、スウェーデン在住で16歳(当時)の環境活動家 グレタ・トゥーンベリさんが言葉を放つ地球温暖化問題も、敵は戦争だけではないと深く衝撃を受けたという。
なお、国際オリンピック委員会 (IOC) のトーマス・バッハ会長も、オリンピック休戦の理念をどれだけ大切に思っているかを何度も森会長や安倍総理に語ってくれた経緯がある。
森会長の想いが形となるべき時が近づき「我々の願いは一つ。今日はそれを、この国連総会の場で、より大きな輪として世界に届けたい」と語った。
このようにさまざまな国の意見や想いを束ねて挑むオリンピック休戦国連総会決議は、オリンピックの間だけでも争いのない世界を実現したいという世界中の人々の願いの結晶でもある。
東京2020大会の主なテーマは「共生」
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今回の東京大会は、史上初のオリンピック・パラリンピックを一体化した大会組織委員会を持つことを通じて共生を実践。ここでいう共生とは、オリンピック・パラリンピック教育を通じた人材育成や、多様性を尊重する共生社会づくりを意味している。
また、2015年9月の国連サミットで採択された“2030年までに達成すべき17の目標”を掲げた「SDGs(エスディージーズ)」という持続可能な世界への取り組みも強化。家電の金属を再利用したメダルや、アルミ廃材を再利用した聖火リレーのトーチ、表彰台も使用済みプラスチックを再利用するなど、環境へ配慮した取り組みが行われている。
スポーツが全世界に、そして人生にもたらすもの
(写真はリオ2016オリンピック) ©︎Shutterstock
「スポーツの素晴らしさは、不可能が可能になる喜び、そして困難に挑戦することの尊さ、だと思います。政治家としての私の人生は、このスポーツから得た学びに支えられていました」(森会長)
森会長が持ち続けているのは、いつかオリンピックの期間だけではなく「世界全体から永遠に戦争が消えて欲しいという願いが可能になるかもしれない」という希望だ。
「たとえ困難でも、指導者同志が腹を割って話し合うことで戦わずとも解決策が見つかる可能性もある。大国同士の対立によって犠牲となる小国を看過することはできないが、だからこそ、ここで改めて世界の平和と繁栄を祈り、東京大会のビジョンである『スポーツには世界と未来を変える力がある』、このことを信じたい」という話が印象的だ。
アナタの折り鶴で、オリンピック休戦に参加しよう
平和の象徴といわれる「折り鶴」。それは平安時代から続く伝説として、幸運や幸せを祈るための手段として古くから親しまれてきた。その折り鶴がオリンピック休戦に参加できる術となることをご存知だろうか。
実はオリンピック・パラリンピックに向けて折り鶴を通した活動を行う「PEACE ORIZURU」というプロジェクトがある。これは、争いのない世界を実現することを目的としており、参加方法も至ってシンプル。身近にある紙で作成した折り鶴に名前とメッセージを記載し、Instagramや Twitterにハッシュタグ[#PEACEORIZURU]を付けて投稿するだけ。紙以外にも、粘土やブロック、イラストや動画、人文字などでも投稿が可能だ。
この取り組みはオリンピック会場などで使用することも検討され、東京に集まった折り鶴がひとつとなってオリンピック休戦の力になる。
たとえ遠く離れていても参加できるプロジェクトなので、ぜひ進んで参加してみてはいかがだろうか。
オリンピック休戦(Olympic Truce)は、国や選手だけではなく、それを応援するすべての人が考えるべき大きな課題だ。ひとりでも多くの人が意識することで、「人と人との相互理解と信頼が支える平和」への大きな力につながることはいうまでもない。オリンピック・パラリンピック開催の今を生きる我々ができることを見出し、今後はさらに一丸となることを願いたい。
<参考サイト>
オリンピック休戦(東京2020組織委員会)
https://tokyo2020.org/ja/games/olympictruce/
PEACE ORIZURU/ピース折り鶴(東京2020組織委員会)
https://tokyo2020.org/ja/games/peaceorizuru/
オリンピックの歴史(日本オリンピック委員会)
https://www.joc.or.jp/sp/column/olympic/history/001.html
text by Parasapo Lab
photo by Shutterstock