20年以上、国内外の選挙の現場を多数取材している、開高健ノンフィクション賞作家による“楽しくてタメになる”選挙エッセイ。
前回の第27回では、10月に行われた茨城県つくば市議会議員選挙で当選「勝手につくば大使」の直撃インタビュー!
今回は、つくば市と同じ、茨城県は古河市の市長選挙を現地取材! 11月末に投開票され雌雄は決したが、そのすさまじい戦いと盛り上がりをぜひ知っていただきたい。
「永岡桂子VS中村喜四郎」の代理戦争? 古河市長選挙、現職VS前市長の一騎打ちが熱すぎた!
古河市のある「茨城7区」といえばこの人、「無敗の男」中村喜四郎衆議院議員。(撮影/畠山理仁)
◇土地の名前を聞いたら小選挙区を思い浮かべる
土地の名前を聞いた時、あなたは最初に何を思い浮かべるだろうか。名産品だろうか。風景だろうか。それともその土地に住む知り合いの顔だろうか。
筆者は違う。真っ先に考えるのは「衆議院小選挙区でいうと何区か」ということだ。
選挙好きならわかってくれると思う。衆議院の小選挙区で勝ち上がる国会議員は「有権者の代表」。つまり、その土地の風土を如実に表す人物なのだ。
11月22日、茨城県古河市で市長選挙が告示された。投開票日は11月29日。このとき、筆者の頭の中に浮かんだのは「茨城7区」の4文字である。茨城7区は全国でも珍しい選挙区だ。国政では自公連立政権が続いて久しいが、茨城7区の選挙区事情は「超特殊」だといっていい。
茨城7区を地盤とする衆議院議員は2人いる。ひとりは2005年から自民党公認で立候補し続けてきた永岡桂子衆議院議員(比例復活当選)。もうひとりは比例復活のない無所属で当選を重ねてきた中村喜四郎衆議院議員(小選挙区当選)だ。
普通に考えれば、自民党と連立を組む公明党が永岡氏に推薦を出してもおかしくない。しかし、公明党は一度も永岡氏に推薦を出していない。公明党は2012年、2014年、2017年の3度にわたり、無所属の中村氏(現在は立憲民主党)に推薦を出してきた。
永岡氏は2005年の初出馬から5回当選を重ね、厚生労働副大臣、文部科学副大臣、自民党副幹事長などを歴任している。しかし、小選挙区での当選は一度もない。すべて比例復活当選で、小選挙区では中村氏に負け続けている。
一方の中村氏は、もともと自民党で建設大臣、科学技術庁長官、自民党総務局長などを歴任し「将来の総理候補」とまで言われた人物だ。1994年に起きたゼネコン汚職事件で逮捕され、裁判の末に実刑判決を受けて服役した。出所後の2005年からは無所属の立場で小選挙区当選を重ねてきた。
これまで立候補した選挙では「14戦無敗」。日本一強固な後援会といわれる「喜友会」の集票力に注目した公明党は、小選挙区で中村氏と協力関係を築いてきた。
ところが、今年9月、中村氏が立憲民主党に入党したことにより、この構図は変化すると見られている。反自民色を鮮明にした中村氏を、公明党が支援することは考えにくくなったのだ。
古河市はそんな「茨城7区」の中にある。
はたして今回の古河市長選は、「永岡VS中村」の代理戦争になるのか? 次期総選挙を占うものになるのか?
行ってみるまでわからないが、やはり自分の目で見ておきたい。2005年から「茨城7区」の選挙を見てきた筆者はさっそく現地へと向かった。
そして「茨城7区」のもうひとりは、自民党公認の永岡桂子衆議院議員。(撮影/畠山理仁)
◇「永岡VS中村」の代理戦争ではなかった
今回の古河市長選挙に立候補を届け出たのは、現職で自民党と公明党が推薦する針谷はりや力ちから候補。もうひとりは元市長で日本維新の会の県総支部が推薦した菅谷すがや憲一郎けんいちろう候補である。
現職の針谷候補の応援に永岡桂子氏がつくことはわかっていた。それでは、菅谷候補の応援には誰がつくのか。中村喜四郎氏は応援するのだろうか。
筆者は古河市選出の茨城県議会議員でもあり、中村喜四郎氏の長男である中村勇太はやと氏に連絡を取った。今回の古河市長選挙で「中村家」がどんな動きをするのか聞くためだ。
「うちは市長選挙には一切ノータッチです」
勇太氏の答えは、あまりにもあっさりしたものだった。
本当なのか? 永岡氏が「はりや」を応援するなら、中村家が「すがや」を応援してもいいのではないか。
「いや、本当にノータッチです。菅谷さんとうちは関係がないんです。喜友会の皆様も両陣営ぱっくり割れるぐらいで、それぞれのお考えで自由にやってらっしゃいます。うちは本当に一切ノータッチ。代理戦争の構図にはなっていませんよ」
勇太氏の地元での評判は「素直すぎる」「いい人すぎて政治家には向かないんじゃないか」というものだ。実際に会って話を聞くとわかるが、嘘を言っているようには思えない。
しかし、筆者は疑い深い。
そこで中村勇太氏が週末に街頭で行っている「街頭県政報告会」も見に行った。古河市長選挙の間は、喜四郎氏も勇太氏も古河市内で活動しないと決めているという。筆者は境町と五霞町の2カ所で行われた勇太氏の報告会を見たが、たしかに古河市長選挙の話題は一切出なかった。
筆者は別の機会に菅谷憲一郎候補本人にも直接聞いた。
「中村喜四郎さんは菅谷さんを応援していないんですか」
「してもらっていません」
針谷力事務所でも「中村喜四郎は動いていないよ」と聞いた。
これで「代理戦争」ではないことがはっきりわかった。
1380回目の街頭県政報告中の中村はやと茨城県議会議員も直撃!(撮影/畠山理仁)
◇現職の応援に大物が駆けつける豪華な選挙
針谷候補(写真左)の応援には大物がズラリ! 永岡桂子衆議院議員(右)は常にそばにいた。(撮影/畠山理仁)
針谷候補の応援には永岡桂子がぴったりついていた。告示日には茨城県の大井川和彦知事、告示翌日には森雅子前法務大臣も街頭演説に駆けつけている。選挙戦最終日には元防衛大臣の稲田朋美も来るという熱の入れようだ。
針谷候補の街頭演説には、自民党茨城県連の大型街宣車「あさかぜ」も投入されていた。しかも、街頭演説場所だけでなく、市内を大音量で走り回る。人口約13万8千人の自治体(有権者数は約11万8千600人)の市長選挙だが、まるで国政選挙のようなにぎやかさだ。「非常に豪華な選挙」だったといえる。
一方の菅谷候補の街頭演説を見に行くと、こちらにも大型街宣車が! 日本維新の会茨城県総支部の大型街宣車だ。菅谷候補の応援には、日本維新の会の石井あきら参議院議員がやってきた。
針谷、菅谷両候補の演説を聞くと、とにかく激しい。お互いに首長経験があるため、それぞれ話がうまい。そして、お互い相手候補に激しくツッコミを入れている。
今回の市長選挙で大きな話題となったのは、菅谷候補が掲げた「年末・12月緊急支援が必要 1人につき1万円支給します」「1回きりでなく『継続的な支援』が必要です。2人以上の世帯に、1万円ずつ分割支給。合計5万円の生活応援券を支給します!(1人世帯は減額支給)」という政策だ。
「1人5万円支給」と聞いて、愛知県の岡崎市長選挙を思い浮かべた人もいるだろう。その政策を掲げた候補は当選した。しかし、財政調整基金をすべて取り崩すことに議会から大きな反発があり、結局は公約を取り下げる事態となっている。
針谷陣営は岡崎市の例を挙げながら、舌鋒鋭く菅谷候補の政策を批判した。街宣車は「嘘やデマにだまされないで下さい!」「誹謗中傷には負けません!」と大音量で街中を縦横無尽に走っていた。
針谷候補自身も演説でこう述べている。
「今回、(菅谷候補が主張する)1万円、5万円(の支給)、検証してみました。40億円用意できるのか調べてみました。(古河市には)21億円の財政調整基金があります。それらを全部入れてもまだ足りない!」
「いつ東日本大震災と同様な災害が起きるかわからない。みなさんの命を守るために、ある一定のお金のストックは必要であります。それらを全部使い果たすというのは、皆さんの、お子さんの、そしてお年寄りの古河市を壊す政策であります!」
一方の菅谷候補も街頭演説で激しく応戦した。
「さきほど、石井先生とともに街頭演説をさせていただきましたが、ずっと相手候補の街宣カーが大音量で声を張り上げていました。まるで演説をさせまいとの行為にみえる妨害がありました」
「アメリカ大統領選をみて下さい。日本人にはなじみません。邪魔をしてしゃべらせない。こんな文化、日本にはありません。選挙は品よく明るくやりたいです!」
「相手の悪口よりも、古河市をどうするかという政策を語る選挙をしようではありませんか!」
菅谷候補は針谷候補が訴える「南古賀駅・駅舎」負担金(106億円)の積立についても批判していた。
「駅舎負担金だけで106億円。100年できないと言われている南古河駅。政治家は夢を語ってもいいけれども、嘘をついてはいけない。100年できなければ、それは嘘なんです! それよりも古河駅の東と西口の活性化をしようではありませんか! 公共施設を駅周辺に集中させれば古河市は必ず復活します!」
こうした候補者自身の活動とは別に、自民党の市議団が街角でのぼり旗を立てて演説をしている様子にも出くわした。
「デマにだまされないでください!」「財源はどうするんですか!」
お互いに相手候補の政策を激しく批判する。使われる単語は「デマ」「嘘」と激烈だ。それでも最後は両陣営とも共通の決め台詞を残して去っていく。
「正々堂々と戦ってまいります!」
この「熱さ」があるから選挙取材はやめられない。
菅谷候補の応援には、日本維新の会茨城県総支部の大型街宣車を投入。(撮影/畠山理仁)
◇選挙事務所を気軽に訪ねよう
針谷陣営の事務所。コロナ禍での選挙であることもよくわかる。(撮影/畠山理仁)
街頭での戦いは極めて激しい。それでは各陣営の事務所はどうか。
さっそく両陣営の事務所を訪ねてみると、どちらもとてもフレンドリーだった。新型コロナウイルス対策のため、どちらの事務所も検温とアルコール消毒が必須だった。
選挙の取材の醍醐味は、事務所を訪ねたときにライバル候補の評価を聞くことだ。ライバルからどう見られているかというのは、有権者にとって貴重な情報になる。投票先を冷静に吟味するためにも、異なる立場の人の声に耳を傾けることは大切だ。
「デマみたいなビラを配られて困っているんだよ! それに対する反論ビラを出さなきゃいけなくなってね。ビラ合戦みたいになっているよ!」
針谷陣営の事務所を訪ねると、応対してくれたスタッフが数々のビラの現物を見せてくれた。古河市は選挙のたびに様々なビラが新聞に折り込まれるという。しかも、なかには怪文書まがいのものまであるというのだ。
「一つ一つ丁寧に反論するのが大変でね。有権者はだまされないでほしい。今回、自民党も公明党も針谷を応援してくれている。でも、『1人5万円給付』を訴えた候補が当選した岡崎市の例もあるから油断はできない。『5万円』につられてしまうことが怖いよ」
もちろん、針谷候補がどのように考えているかも解説してくれる。こうした情報は新聞だけではわからない貴重な現地情報だ。
選挙事務所内の写真撮影も快く応じてくれた。「祈 必勝」などと書かれた「為書ためがき」を誰が贈っているかも一目瞭然だった。針谷陣営にはあまりにもたくさんの為書きが寄せられたため、天井にまで張られていた。
写真撮影を終えて事務所を出ると、スタッフもぞろぞろと事務所の外に出てきた。なんと、筆者が車を出すまで見送ってくれるのだ。車を出した後にサイドミラーで確認すると、みんな姿が見えなくなるまで深々と頭を下げていた。
日本の有権者は素直な人が多い。だから政治家の話す言葉を額面通りに受け取って、「裏切られた」と思うことも少なくない。しかし、多様な意見を聞くことで、政治家に対して批判的な目を育てることもできる。ぜひ、みなさんも気軽に選挙事務所に立ち寄ってみてほしい。
礼節を持って訪ねる限り、選挙事務所はどんな訪問者も歓迎される場所なのだ。
壁だけでなく天井まで貼られた針谷事務所の為書き。現総理のものも。(撮影/畠山理仁)
◇現場だからこそ聞ける「すごい話」
菅谷憲一郎候補の事務所では本人から話を聞くこともできた。(撮影/畠山理仁)
続いて菅谷憲一郎候補の事務所を訪れた。まだ街頭での活動が続いているため、事務所内のスタッフはそれほど多くなかった。選挙につきものの、大規模な「電話かけ作戦」もしていないという。
菅谷候補が帰ってくるのを待つ間、事務所の女性スタッフが菅谷候補の政策について詳しく解説してくれた。
その語り口が、なんとも熱い。
「今回の選挙に限らず、有権者が関心を持たないといけないと思うんですよね。ぜひ、みなさんに関心を持ってもらえるような報道を頑張って下さい! この際、菅谷のことは置いておいてもいいんです! あ、でも、やっぱり菅谷のことはよく書いてほしいです」
針谷陣営から「無理」と攻撃されている「1万円支給」「5万円支給」の財源については、遊説から事務所に戻ってきた菅谷憲一郎候補自身が詳しく解説してくれた。
「5万円は単年度予算ではなく複数年予算で対応するんです」
財源については次のように解説した。
「国からの地方創生臨時交付金約14億円が来ています。市は10月から4カ月間、『テイクアウト補助』(上限)500円を実施していますが、それは約1億円の支出です。残りの13億円はこれまでの事業の『穴埋め』に使うようで、市役所の金庫に入っていると市の職員から聞いています。また、大規模な事業の見直しで財源は確保できます」
解説の途中で有権者からの電話が入ると、菅谷候補本人が詳しく解説する。チラシだけでは伝わりにくい部分を一人ひとり丁寧に説明していく作戦だった。古河市の人口は約13万8千人。気の遠くなるような戦術だ。
筆者が取材を終えて事務所を後にする時、最初に対応してくれた女性スタッフが事務所の外まで見送りに出てくれた。そして、車に乗り込もうとする筆者に「若い人に選挙に関心を持ってほしい!」と何度も訴えた。車に乗ろうとすると、また「有権者が本当に選挙の大切さを理解して投票に行ってほしい」と語ってくれる。
熱い。そして正論だ。古河市の夜は冷え込んでいたが、とても途中で話を切り上げて帰れる雰囲気ではない。選挙の取材をする者として「聞かなければ」と思わせる。
外での立ち話があまりにも長引いたためか、事務所の中から菅谷候補が心配そうに出てきた。そして、筆者ではなく、スタッフの女性に声をかけた。
「おいおい、もういい加減にしなさいよ。記者さんは東京にこれから帰らなきゃいけないんだから、そんなに長く引き止めないで、早くお見送りしなさい」
続いて菅谷候補はすまなそうな顔をして筆者にも声をかけた。
「長く引き止めてごめんなさいね。うちの妹なんだ。思いが強すぎちゃってね……」
筆者が車を出す時、菅谷候補の妹さんも深々とお辞儀をして見送ってくれた。
◇選挙ほど面白く、激しく、そして大切な「まつり」は他にない
選挙の楽しみ方として、候補者本人の話を聞く、というのは第1段階だ。第2段階としておすすめしたいのが、候補者の周りにいる人に話を聞くこと。そして第3段階は、街頭演説場所に来ている人に声をかけてみることである。ときには予想もしなかった話が聞けるから、これはぜひおすすめしたい。
今回も筆者が街頭演説場所で声をかけた男性が面白い話を教えてくれた。
「このあたりは選挙に勝つためにはなんでもやるんです。そういう土地なんです」
え? なんでも? 筆者は「票の買収か?」と疑い、その男性に話を振ってみた。
「朝起きたら玄関前にいきなりキャベツが生えていて、一枚むいたら現金が入っている、っていうやつですか?」
筆者が実際に九州であった事例を挙げて聞くと、その男性は即座に否定した。
「いや、違う」
そりゃそうだ。票の買収は犯罪ですからね……、と思っていると、男性はすぐに言葉を続けた。
「このへんは、おにぎりだ」
なんと! 買収を否定したのではなく、キャベツを否定した。おにぎりの「具」として、折りたたまれた現金が入っていたという逸話がこの地域にはあるという。
他にも「期日前投票所に一人連れてきたら5千円という話も聞いた」という。ここに書くのがはばかられるような話も聞いた。聞けば聞くほど穏やかではないが、その土地の人たちの選挙への強い意気込みが伝わってくる。
もちろん、実際にやったら違法だ。しかし、知識として知っておけば、気軽におにぎりを受け取って無用な犯罪に巻き込まれなくて済む。なにごとも勉強だ。
私は決して票の買収をすすめているわけではない。選挙はルールを守って行われなければならない。私が有権者の皆さんに抱いてほしいのは、次のような危機感だ。
「世の中には、法を犯すこともいとわず、なりふりかまわず本気で選挙をやっている人たちもいる。そこに自分が正しく参加しないと、世の中は大変なことになる」
ぜひ、有権者の皆さんは選挙に積極的に参加してほしい。もちろん、清く、正しくだ。
選挙ほど面白く、激しく、そして大切な「まつり」は他にない。
【2020年11月29日執行・古河市長選挙結果・投票率45.99%】
当選 はりや力 無所属 33,697票
すがや憲一郎 無所属 19,798票
◇両候補の動画はこちらから!
古河市長選挙・はりや力候補(2020年11月23日撮影)
古河市長選挙・すがや憲一郎候補(2020年11月23日撮影)