伝統あるヘルノを指揮し、また、ピッティ協会社長の顔を持つクラウディオ・マレンツィが来日。イタリアのファッション界の最重要人物のひとりに、好調さの背景を訊いた。
「ラミナー」が成長を牽引
好調な企業を率いる人物というのは何らかの運を持っている。雨などおよそ降りそうもない秋晴れの午前中、突然の驟雨が襲った。そして、急いで駆け込んできたクラウディオ・マレンツィのコートは見事に雨粒を弾いていた。タクシーから取材場所となったショールームまでのほんの数メートルのあいだだったけれど、ヘルノ躍進の立役者となった透湿性のある防水生地を使ったコート、「ラミナー」の性能がいかんなく発揮されたのである。期せずして。その生地はゴアテックス、そして止水ファスナー。ハイパフォーマンスなそのレインコートを脱ぐと、ターコイズのオーバーチェックが美しいグレンチェックのスーツがあらわれた。時計はロレックス・デイトナ・ポールニューマンという、絵に描いたようなお決まりではあるけれど、タイムレスな装いだ。
「ラミナーはヘルノのなかでも僕にとって旅の必需品なんです。スーツは地元(ピエモンテ州レーザ)のサルトリアーレのジャンニ・チェレギンでつくったものです。生地は毎シーズン自分で選んでいますよ。この時計? 10年ほど前に自分へのプレゼントとして買いました。そう、ラミナーを発表したときだったかな」
2017年の売り上げが前年比26%増の9600万ユーロ。イタリアのメンズブランドでひとり勝ちともいわれるヘルノを率いる2代目社長は、しかし、力みがない。当たりがやわらかい。経済の低迷がつづくイタリア国内の市場でも売り上げを伸ばしているし、日本市場にいたっては伸びは71%にも達したという。ロゴやカラーリングで目立つブランドではないだけに、こうしたマーケットへの浸透力はそのデザイン性と商品力があってのことだ。
「イタリアと日本で成功すれば他の国のマーケットはそれほど難しくありません。レディスはブランドの知名度に左右されますが、メンズは品質とデザインです。イタリア人は自然な感覚で商品を見極め、日本人は勉強して知識で見極める。いずれにせよ、品質が勝負です」
メイド・イン・イタリーを指揮するニューリーダー
「2007年に経営を父から引き継いだときに考えたことがあります。それは、ヘルノの”ソウル”とは何かということです。1948年の創業時からのレインコート、そして次に1960年代にはじめたダブルフェイスのカシミアなどのオーバーコート、そこにソウルがある、という考えにいたりました。そこで、それまでトータル・ファッションで展開していた商品アイテムを整理してコートに特化したのです。2000年前後に手がけていたハイファッション・ブランドのOEMをやめて、自社ブランドのイノベーションを図りました。長年、機能性を追求してきた経験を持つ我々にとって、商品の”パフォーマンス”を高めることに集中するのは、難しいことではありませんでした」
その品質の高さから、それまでパリの高級メゾン向けを中心にコートなどの外注で収益を得ていた同社にとって、その決断は大きな方向転換となった。そして、その戦略は見事に成功する。「ラミナー」や「マグマ」の例にみられるように、テクニカルファブリックの研究と進化が成長を牽引した。「防水」「透湿」などの機能とともに、時代のニーズであった「軽量」「薄さ」「快適さ」などの”性能”を他社に先駆けていち早く投入したアイテムが、ピッティ・ウオモで発表されるや、たちまち注目を集めた。自社工場では、伝統的なクラフツマンシップに依存する作業がつづけられるいっぽうで、サーモテープ生産や超音波縫製のための最先端の技術と機械が導入された。そうした絶え間ない投資が、今のヘルノの勢いを支えている。
「学生の頃、哲学を専攻していた私に(創業者の)父はまず現場で、生産を知ることを要求しました。当時はその意味を理解できなかったのですが、頭でっかちで地に足がつかない経営者になることへの、それは戒めだったのですね。今は感謝しています」
収益の70%以上は輸出による。今期売り上げは1億ユーロを超える見込みだという。本社のあるレーザとシチリアの自社工場に千人近い従業員を抱える。その経営手腕はイタリアの繊維業界から高く評価され、2017年からは「ピッティ・イマージネ」協会の社長に就任、ピッティ・ウオモの舵取りも任されている。メイド・イン・イタリーによる経済再生の旗振り役ともいえる存在になった格好だ。
「ピッティ・ウオモは紛れもなく、世界のトップバイヤー、プレス、PRなどが集まる世界最大のメンズファッションのトレードショーです。年2回、フィレンツェに、メンズファッションのあらゆる分野の最高レベルのものが出展するわけです。ピッティがそのような場所であり続けることは、イタリアのファッション界にとってとても重要なことです。そのために、協会の社長として、世界中の若いブランドやデザイナーに対しても積極的に支援していこうと考えています」
リーダーらしい発言で締めくくった。
2018年6月の「ピッティ・ウオモ94」でブランド70周年を記念して行われたインスタレーション。会場のレオポルダ駅跡地にはヘルノ本社のあるレーザのアーカイブを使用したインスタレーションと、ヘルノのDNAのレインコートがアーティスティックに展示された。
「”ピッティ・ウオモ”はメンズ・ファッションの世界にとってとても重要なイベントです」と、ヘルノの2代目当主はいった。
CLAUDIO MARENZI
クラウディオ・マレンツィヘルノS.p.A.社長兼CEO
2007年よりヘルノCEO、2011年より社長。イタリア国内の4万7200社からなる組合、「システマ・モーダ・イタリア」(SMI)の元代表でもある。2016年、54歳でイタリアの功労勲章を受章した。2017年イタリア産業総連盟の一つである「Confindustria Moda」の代表に就任。