マウンド上の投手は、四方のカメラが撮っているにもかかわらず、指に舌を当てて唾を付けることがある。
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野球を始めて観た者からすれば、「味を確かめるわけでもないのに何故?」と疑問を感じるだろう。
例えばページをめくるとき、指に唾を付ければうまくめくることができる。ならば、野球でもボールを投げる際に唾を付けたら、ページをめくるときと同じような感触が出るのだろうか。
調べてみると、異なる効果があることがわかった。
死亡事故によって禁止となった“スピットボール”
20世紀序盤、メジャーリーグでは“スピットボール”専門の投手がいた。スピット(Spit)とは「口に入っている食べ物や唾を吐く」という意味で、スピットボールは投手が球に唾を付けて投げる変化球を言う。
ボールに唾やワセリン、マツヤニなどを塗って投げると無回転状態となり、ホームプレートの前で大きく落ちるなどの不規則な変化が生まれる。一種のフォークボールやナックルボールのような効果が現れるのだ。
メジャーリーグ(MLB)ではスピットボールによる死亡事故が発生したことにより、1921年からスピットボールが禁止になった。ただし、その時点でスピットボールを持ち球としていた投手については例外とした。
そして1934年、スピットボーラーの一人であるバーリー・グライムスの引退を最後に、スピットボールを投げる投手は野球界から完全にいなくなった。
スピットボールの禁止によってカーブやスライダーの進化など、ポジティブな変化も生まれたが、指に唾を付ける投手は現在も存在しているという。
野球のルールを見ると、“投手はピッチャープレートを囲む18フィート(5.486m)の円の中で、ボールを握る手に口や唇を当てる行為、またボールや手、グローブに唾を付けることを禁止する”規定がある。
その規定を破ると、審判はボールを宣告し、投手に警告する。同様の行為が繰り返された場合にはその投手を退場させる。
唾を付けることでグリップ感の増加も
そのようなルールがあるにもかかわらず、投手が指に舌を当てて唾を付けるのには理由がある。
投手たちの行動を見ると、マウンドの手前で指に唾を付け、ユニホームで拭いてからマウンドに上がる姿が見られる。マウンド上では禁止されているが、マウンドのそばで唾を付けることは可能だ(実際にはピッチャープレートを踏んだまま唾をつける選手も多い)。
投手が唾を付けているのはスピットボールを投げるためではない。皮膚の保護が本当の目的だ。
ボールに回転を加えると、指先は瞬間的な摩擦によって乾燥しやくなる。投手は指の湿度を失わせないため、舌を当てているのだ。
MLB時代のパク・チャンホ
投手だけでなく、打者の中にはバッティンググローブに唾を付けてバットを握る選手もいる。
そうすることで、グリップ感が増すという。バッティンググローブをはめないバッターでも、ローションのように唾を手のひらにつけ、数回たたいてなじませた後、バットを握って打席に立つ。
不潔なイメージの唾液だが…
鉄棒にぶら下がるときやバットを握るとき、人間が手のひらに唾を付けるのには科学的根拠がある。
人間の唾液には糖たんぱく質の一種であるムチンが含まれている。
粘膜から分泌されるムチンには粘性があり、唾液を粘らせる性質がある。すなわち、多少の臭いはするものの、粘性のある唾を付けることで、ある程度のすべり止めの役割を果たすことができるのだ。
とはいえ、大半の人間は唾液を汚くて不潔なものと感じ、唾吐きを好ましく思わない。嫌悪や軽蔑を感じる対象に向かって“唾を吐きたい”と表現することもある。
しかし、科学的に見れば人間の唾液の99.5%は水分であり、残りはアミラーゼやリパーゼといった各種の消化液で、これらの成分は健康を守る必須要素だ。手のひらに唾を少し塗ったからといって、汚いと思う必要はない。
唾液には毒性除去能力もある。唾液に臭いが感じられる際は、口の中に残っていた食べ物の残りかすや細胞の角質、痰が混ざっている場合がある。
野球選手は指やバントに唾を付ける一方、グラウンドに唾を吐く行為も見られる。屋内のコートでプレーするバスケット選手やバレー選手には見られず、野球選手は特に唾を吐くことが多い。
そこには、野球というスポーツの特徴が関係している。
野球は瞬間的に反応するスポーツだ。緊張の瞬間が続く中、一瞬にして身体に力を与えなければならない。興奮や緊張によって人間の交感神経は活性化し、この際、汗や唾液の分泌も相対的に多くなる。野球選手の唾吐きにもこうした背景があるのだ。
また、試合中にグラウンドの土やほこりが口に入ってしまった際、外に吐き出すこともある。
だが、現在は特殊な状況だ。吐き出した飛沫によって、新型コロナウイルス感染症の拡散が広がる危険性があるからだ。
必要に応じて、また習慣的に唾を吐いていた選手は、今シーズンそれを飲み込む必要があるだろう。