わたしだけでも東京に戻ります…。52歳・資産2,000万円の会社員、早期退職を決断し妻の夢だった「田舎暮らし」を実現したが…わずか2年後、まさかの事態に大後悔「移住なんてするんじゃなかった」【CFPの助言】
老後はせわしない都会暮らしから抜け出し、自然が多くゆったりとした時間の流れる田舎暮らしをしたい……そんな夢を持つ人もいるでしょう。なかには、人生を謳歌するため定年を待たずに移住に踏み出したいという人もいるかもしれません。しかし、理想の暮らしを実現したと思っても、実際に生活してみると思い描いていたものとは違った……と後悔することも多いのです。本記事では、ファイナンシャル・プランナー(CFP)の伊藤寛子氏が、定年を前にして移住に踏み切った吉田夫妻を例に、早期退職や地方移住を考えている人が行動に移す前に注意すべき点について解説します。
定年まで待たず資産2,000万円で早期退職へ
吉田雅也さん(仮名・52歳)は東京在住、大手企業に勤務する多忙な会社員。妻(50歳)はパートで週3日働いており、夫婦に子どもはなく、賃貸マンションで2人で暮らしていました。
妻は夫の体調管理や健康維持のために食事は素材までこだわり、地元産の野菜や地産品を好んで購入。マンションの小さなベランダで、ささやかな家庭菜園でバジルやミニトマトなどを育てていました。
2人の趣味は小旅行。忙しい中でも時間をつくり、山や川があり自然の多い場所を選んで旅行に出かけました。とくに妻は「空気がきれいで緑がたくさんある環境にいると癒される、東京に帰りたくないな……」そんなことをよくつぶやいていました。
そんなある日、吉田さんは妻から相談を受けました。このまま東京の暮らしを続けるのではなく、地方で自然に囲まれながら、田舎暮らしをしたいというのです。
最初は妻がそこまで田舎暮らしをしたいと考えていたことに驚いた吉田さん。しかし、子どもがいないので転校などの心配もなく、夫婦の貯金は2,000万円あります。このまま定年までがむしゃらに働き続ける人生よりも、少し早く自由を手に入れて、ペースを落として働きながら地方での穏やかな暮らしを手に入れるのもいいのではないか……。
しかも、ちょうど会社が早期退職者を募っており、退職金も上乗せされるタイミングでした。もちろん長年勤めた会社を離れることに悩まなかったわけではありません。しかし妻の願いを叶えたい気持ちもあり、吉田さんは思い切った決断をすることにしました。
こうして吉田さんは移住に同意し、数ヵ月後、引き継ぎなどを終えて退職したのでした。
理想の田舎暮らしのはずが、待ち受けていた現実は…
吉田さん夫妻が移住先として選んだのは、甲信越地方のある町です。旅行で訪れた際に夫婦ともに気に入ったことから、移住先として決めました。
吉田さんは、元の会社の繋がりからリモートワークが可能な仕事を見つけることができました。オンラインで企画営業ができる仕事で、月に1回など必要に応じて本社のある東京に行くという仕事のスタイルです。年収は大幅に減りましたが、それでも生活コストは下がるだろうし、貯金を考えれば十分だと納得して働くことを決めました。
移住先に気に入った物件も見つかったため、退職金を使って終の住処として一戸建てを購入。自然が多く、広い土地で思い切り家庭菜園を楽しめる環境です。そして、いよいよ移住先でのスローライフが始まりました。
しかし、住んでみるうちに、想像していた暮らしとは違うところが見えるようになってきたのです。
移住先の町は移住者の受け入れを積極的に行っていると聞いていましたが、ご近所さんは皆、昔から住んでいる人ばかりで、なかなか地域のコミュニティに入っていくことができません。子育て中ではないため、子どもを通した親同士のつながりができることもありませんでした。
特に妻は、東京では友人ともパート仲間とも楽しくやっていましたが、こちらの排他的ともいえる雰囲気にうまくなじむことができません。気軽に話せる相手が夫しかおらず、徐々に孤独を感じるようになっていきました。
また、東京暮らしが長い吉田さん夫妻は、地方へ移住すれば生活費が減ると思い込んでいましたが、想定以上にかかることもわかってきました。移動の手段として欠かせない車の購入や維持費、暖房器具、雪対策グッズなどの費用が積み重なり、支出が減りません。
冬の寒さや雪も覚悟していたつもりでしたが、いざ直面してみると思っていた以上に身体にこたえ、雪下ろしの作業も重労働。家庭菜園も降り積もる雪に断念し、広い土地だけが残りました。
突然の解雇と妻の「東京に帰らせてもらいます」宣言
そんな中、さらに厳しい現実が吉田さんを襲いました。移住してから2年ほどたったある日、吉田さんが勤務先から業績不振を理由に突然解雇を言い渡されたのです。
収入が途絶えれば、資産を切り崩して生活していくことになります。吉田さんはリモートワークで働ける仕事がないか探しましたが、52歳という年齢もネックなのか、やっと条件に合う仕事を見つけても選考を通過できません。移住先で働き口を探そうにも、田舎なので収入や仕事内容など、吉田さんのスキルを活かせる仕事はそう簡単には見つかりませんでした。
そのうえ、今度は妻が思いもよらないことを言い始めました。あんなに田舎暮らしを切望していた妻でしたが、移住先での暮らしになじめないことから、ついに東京に帰りたがるようになってしまったのです。
しかし吉田さん夫妻には、移住に伴い購入した家があります。不動産屋に聞いてみたものの、田舎なので買い手もつかず、手放すことが困難でした。そんな簡単には戻れないという吉田さんに、もう我慢できないというところまできた妻は、なんとこう言い放ったのです。
「わたしだけでも東京に帰らせてもらいます」
2人の話し合いはもめにもめました。しかし結局、吉田さんは購入した家が売れるまで、たった1人この土地に残ることを決意。妻は東京へ戻ることをどうしても譲らず、東京との二拠点生活をすることになりました。
吉田さんは移住先で何とか営業の仕事を見つけることができましたが、収入は移住した際からさらに激減しました。それにも関わらず、二拠点生活になったことで住宅費も生活費もさらに増え、貯金を取り崩しながら切り詰めた暮らしを送ることに。妻も東京で暮らしていくため、働いて収入を得る必要があり、住まいも家賃を抑えて手狭なアパートを選ばざるを得ませんでした。
結局、スローライフを思い描いていたにも関わらず、暮らしも、住まいも、逆の事態になってしまいました。
「移住なんてしなければ……」思わずつぶやいた吉田さん。あのまま東京で暮らし続けていたらと後悔しても、取り返しはつきません。
地方移住を成功させるコツ
2人が夢見た田舎への移住でしたが、途中で断念せざるを得なかったのは、「想定不足」だったからです。早期退職と移住というライフイベントとして大きな決断をするためには、入念に資金計画と、新生活の想定をしておく必要があります。
旅行で訪れた印象と実際の暮らしとは異なります。公的機関の移住相談会等に参加するのはもちろんのこと、地域行事や移住支援をしている民間団体が開催しているイベントなどに参加して、地元の人たちと実際に関わりを持つことが大事です。そのような機会を通して移住前から関係性を作ることができると、移住後の人間関係も広がりやすくなるでしょう。
また、始めから完全に移住するのではなく、一定期間住んでみる、週末移住など、お試し移住から始めることもできます。本当に移住先の暮らしが合っているのかどうか、経済的な面からも慎重に判断しましょう。
早期退職の決断も、退職金とまとまった貯蓄があるから何とかなるだろうと楽観せずに、ライフプランで退職後の資金計画をしっかりシミュレーションしましょう。希望の暮らしのパターンだけでなく、こんなことが起きるかもしれないと、想定されるリスクも踏まえたパターンもシミュレーションしておくことが大事です。
退職後の仕事をどうするか、退職後の生活費の見直し、退職金の使い方、資産運用による対策など、考えておくべきことは多岐に渡ります。
自分では気づきにくい視点も多々あることから、早期退職を計画する際にはファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談し、個別の状況に応じたアドバイスを受けることをお勧めします。
定年前にライフスタイルを変えることが悪いわけではありません。やりたいことがあるのに、とにかく定年まではと我慢をするのはもったいない場合もあります。
やりたいことを実現するためにこそ、ライフプランで希望のプランとともに、リスクや対策まで想定しておくことで、やりたいことの実現により安心して進むことができるでしょう。
伊藤 寛子
ファイナンシャル・プランナー