韓国の男尊女卑に立ち向かう女性たちの歴史──『女たちの韓流──韓国ドラマを読み解く』に学ぶ。【VOGUE BOOK CLUB|治部れんげ】
ダイバーシティ時代を読み解くヒントを一冊の書に探る「VOGUE BOOK CLUB」最新回は、ジャーナリスト、治部れんげによる『女たちの韓流──韓国ドラマを読み解く』評。世界を席巻中の韓国ドラマを入り口に、同国のジェンダーギャップや格差社会といった社会問題の背景を女性視点で紐解いていく。
『女たちの韓流』
山下英愛著
岩波新書
韓国ドラマの人気が止まらない。多くの人を惹きつける理由のひとつが、恋愛、ミステリー、ファンタジーといったワクワクするエンタメの中に社会問題を織り込んでいることだ。3月に「愛の不時着」のレビュー記事で書いたように、ジェンダーの観点から見て斬新な作品も多い。楽しく見ながら「同じ問題は日本にもあるな」とか「韓国の母親の息子への執着はどこから来るんだろう」と考えていた。
山下英愛『女たちの韓流―韓国ドラマを読み解く』(岩波新書)は、韓国ドラマが描く社会問題やその背景に関心を持つ人にぜひ読んでほしい本だ。1990年代後半から2011年までに韓国で放送されたドラマ25本を、女性学と韓国文化論を専門とする研究者が分析し、楽しく分かりやすく解説する。
全7章で、貧困や暴力といった構造問題、日本にも通じる男女の性別役割、少子化、そしてリーダーとして活躍する女性たちというテーマに分けて作品自体の面白さと、そこで描かれる社会問題について、歴史を遡って記している。出版は2013年だが、今、なお読むべき普遍的な内容だ。
例えば、母の再婚を許せない息子の様子を描いたドラマ「波濤」について、著者は次のように記す。
「こうした考えを理解するためには、その歴史的背景として、朝鮮王朝時代に制定された『再婚女子孫禁錮法』(1485年)まで遡る必要があるだろう」(P24)。
この法律は、再婚した女性の子孫が官吏登用試験を受けられない、という差別的な規定だ。夫が死んだら妻は後を追い、性暴力を受けたら女性は自殺することを是とする価値観について解説している。
家父長制と母親たち。
映画『四月の雪』(2005年)で共演した、韓流ドラマブームの火付け役「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンと、「愛の不時着」のソン・イェジン。Photo: Tatsuyuki TAYAMA/Gamma-Rapho via Getty Images2002年に韓国で、翌年日本でも放送されて社会現象になったドラマ「冬のソナタ」も、著者独自の視点で分析している。泣ける純愛に着目した記事は多数あったが、あえてメインストーリーではなく「未婚の母」と「私生児」の物語という角度から読み解いており、深い理解を得られる。かつて未婚女性には親権がないも同然であり、離婚に際して女性は子どもを置いて出ていくのが当然だったそうだ。こうした社会事情を知ると、チュンサン(ぺ・ヨンジュン)の母が、子どもの父親に関する情報を隠す理由を理解できるのである。
女性にとって厳しい韓国の歴史的社会的背景を知ると、2010年代以降の華やかな映像が当たり前となったドラマの中に、依然として強い家父長制が残っているのも頷ける。例えば『愛の不時着』でヒロインのユン・セリは母親から疎まれ、愛情を得られず苦しんできた。それはセリが愛人の子どもであり、生まれたての彼女を父親が勝手に連れてきて正妻に育てさせた経緯が影響している。なぜそんなことが起きたのか、ドラマを見ているだけでは分からなかったことが、私は本書を読んで初めて納得した。
著者のウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)での連載で触れられているドラマ「相続者たち」(2013年)は、現代の格差社会を反映したストーリー。Photo: ilgan Sports/Multi-Bits via Getty Imagesまた、子どもの恋愛に過剰に介入する母親たちという、韓国ドラマお決まりのモチーフを理解する手がかりもある。財閥と貧困層といったような格差恋愛に限らず、中流家庭の母親も子どもの恋愛相手の家柄を厳しく値踏みし、時に人権侵害のような酷いセリフを口にする。背景にあるのは、男性の経済力、学歴、家柄が家族の社会的地位を規定する仕組みだ。本書には、この点において韓国社会が大きく変わる際、ドラマが果たした役割も記している。
特に、家族の姓を受け継ぐ長男を優遇する戸主制度は、家庭内では娘に対する差別的な取り扱いを、そして社会ではシングルマザー家庭に対する差別など、さまざまな社会問題を引き起こしてきた。当然のことながら、女性団体や市民団体は長年、関連法の改正を求めてきた。
本書によれば、日本が「冬ソナ」ブームに沸いた2003年、韓国では「戸主制度の廃止」が大統領選挙で話題になるほど注目を集めていたという。そして、社会の関心を反映するドラマは、戸主制度の問題を正面から扱った。
エンタメ性と社会問題提起の融合。
韓国では、2016年に江南で起こったミソジニーによる無差別殺人事件を機に、一気にフェミニズムが盛り上がった。さらに2018年には、検察庁内のセクハラを女性検事が告発したことで#MeToo運動が広がった。写真は2018年、MeToo運動に参加した女性。Photo: Jean Chung/Getty Images第3章「母親の権利を求めて」では、「冬のソナタ」「あなたはまだ夢見ているのか」「黄色いハンカチ」「がんばれ!クムスン」という4本のドラマを分析することで、男尊女卑撤廃に向けて大きく舵を切る韓国社会をドラマがいかに牽引ないし伴走したか描いている。
コンテンツが社会を反映するだけでなく、公共部門が良きコンテンツを表彰する取り組みもある。1999年、金大中政権下で作られた「男女平等放送賞」は、いくつものドラマを表彰してきた(P68)。
つまり、私たちが今、楽しんでいる韓国ドラマの高度なエンタメ性と社会問題提起の自然な融合は、四半世紀以上かけた蓄積ゆえの成果なのである。本のもとになった原稿は、2010年から2016年まで、フェミニズム推進NPOウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)のウェブサイトに72回にわたり連載された記事がベースになっている。本書未収録の記事も読みごたえがあり、他のメディアには書かれていない新発見に満ちている。
著者は朝鮮半島南部出身の父と日本人の母を持ち、日本で生まれ育ち、日本と韓国で高等教育を受けている。本書の面白さは、日韓両方の社会文化に対する深い理解に根ざしている。両国に共通する男尊女卑文化、それが体制により異なる形で制度として現れ、女性をいかに苦しめているのか。そして女性たちがいかに立ち向かっているのか。経済格差は男女にどう違う影響を与えているのか。
読むうちに日本のドラマに対する期待も生まれてくる。例えば、現在、議論が進んでいる刑法の性暴力規定における「暴行・脅迫要件」の見直しについて、問いかけるドラマが日本には必要ではないか。また、長年の懸案だが実現していない「選択的夫婦別姓」の制度導入を後押しするようなドラマを作ってほしい、といった具合に。ドラマ視聴者だけでなく制作者にも是非、読んでほしい1冊だ。
Text: Renge Jibu Editor: Maya Nago