世界を席巻する「Kビューティー」の母国韓国で、いま、変化が起ころうとしている。社会が求めるステレオタイプな女性像に「NO」を突きつける抵抗が、韓国女子たちの間で拡がりつつあるのだ。「脱コルセット」運動と呼ばれるこのムーブメントを通じて、彼女たちは社会の何をどのように変えようとしているのか。
Photo: JUNG YEON-JE/ Getty Imagesビューティー大国韓国で、今、より現実的な美の基準を求める「革命」がひそかに進んでいる。
セフォラなどの化粧品リテーラーがKビューティー専用のコーナーを設けるなど、韓国発のビューティーテクノロジーと革新的アイデアに対する世界の関心はとどまるところを知らない。この熱狂的なトレンドによって、Kビューティーの市場規模は130億ドル(約1兆4000億円)にも達し、アメリカへの輸出額は、2018年だけで5億1100万ドル(約560億円)に上った。グローバル市場調査会社ミンテルによると、韓国は現在、世界の美容市場のトップ10入りを果たしており、韓国のビューティー市場総額の51%をフェイシャルスキンケアが占めるという。また同社は、2020年までにKビューティーにおけるカラーコスメの市場規模は約28億ドル(約3000億円)に達し、フェイシャルスキンケアの市場規模は72億ドル(約8000億円)にもなると予想している。
女性たちを飲み込むプレッシャー。
Photo: JUNG YEON-JE/ Getty ImagesKビューティーは私たちに新しい商品をもたらしただけでなく、一部の人にとっては、理想のルックを確立した。「外見」は韓国社会において、とくに伝統的な考えを持つ人たちにとって非常に重要な位置を占める。つまりそれは、女性らしさやマナーを測る「尺度」なのだ。
例えば、ノーメイクで外出することは「悪いマナー」と見なされ、自己表現としてメイクを捉えるというよりは、依然として均質化された考えに従う傾向が強い。優美な顔立ち、毛穴のない陶器のような肌、くるんとカールしたまつ毛の付いた人形のように大きい目、バラの花びらのような唇、艶めく長い髪は、もはや選択肢というよりはユニフォームだ。ユーチューブには、このアニメキャラクターのような外見をつくる方法を詳細に指南する無数のチュートリアル動画があふれており、ソーシャルメディアのフィルター機能は「メイクの延長」として使われている。
世界の美容整形手術率を見てみても、韓国はダントツのトップだ。中でも人気なのは、二重まぶたをつくる施術や顎の輪郭を小さくする手術。女性たちの最終的な目標は「定型的な美しさ」を獲得することであり、それはとんでもないプレッシャーとなって、韓国女性たちにのしかかっている。
Photo: SeongJoon Cho/Bloomberg via Getty Imagesそんな中、これまで誰も語ろうとはしなかった女性への非現実的な社会的圧力に対する反発が、「脱コルセット運動」として表出しはじめた。男性の視線を気にしながら服を着てメイクし、ヘアをセットしなければならない韓国女性たちが、ついに声を上げはじめたのだ。
こうした状況について、韓国の起業家でありスキンケアブランドのピーチ&リリー(PEACH & LILY)創業者であるアリシア・ユンは、こう説明する。
「このフェミニスト運動は、とても象徴的です。女性がメイクを脱ぎ捨て、髪を短く切ることで、社会が求める女性像に抗おうとしているのです。もうこれ以上、ある特定の外見を従順にフォローしないという意思表示でもある。もちろん、フェミニストだからといって長い髪とメイクを諦める必要はありませんが、この運動は一部の女性にとって、自分をより自由に表現し、男性が決めた『女性らしさ』に反発する唯一の手段なのです」
職場での「#MeToo」運動や男女の賃金格差是正を求める声の高まりなど、現在、韓国ではさまざまなフェミニスト運動が起こっているが、「脱コルセット」運動もその一つだ。ユンは続ける。
「こうした運動が連なることで、より大きな変化が生まれます。社会を変えるためには、より広範なフェミニスト運動へと発展することが極めて重要なのです」
誰が「女性らしさ」を決めるのか。
脱コルセット運動が表面化したのは、ある象徴的な出来事がきっかけだった。
昨年、ニュースキャスターであるイム・ヒョンジュが、いつものコンタクトレンズではなくメガネを着用してテレビ局MBCの朝の番組に出演したのだ。なんのことはない控えめなデザインのメガネだったが、韓国では女性がメガネ姿でテレビ出演することはほぼない。つまり、イムは韓国のテレビ史上初の、番組にメガネをかけて出演した女性キャスターとなったわけだ。
そして、このイムの静かなる抗議に刺激されて、数人の女性たちが同様の行動にでた。元ユーチューバーのベ・リナは、2018年6月に「I am not pretty(私は可愛くない)」というタイトルの動画を投稿。この動画で、彼女はいつも通りメガネを外してコンタクトレンズをつけ、ファンデーションに複数のアイシャドウ、つけまつ毛、マスカラ、チーク、そして最後に明るい赤のリップを重ねて……という手の込んだメイクを披露したが、スクリーンには同時に、(恐らくネット荒らしによる)彼女の見た目に対する辛辣なコメントが次々に表示されていった。そしてその後、まるで動画を巻き戻すかのように彼女はメイクをすべて落とし、コンタクトレンズを外してメガネをかけ、長い髪の毛を後ろに束ねて微笑んだ。こんなメッセージとともに。
「私は可愛くありません。でも、それでいい。あなたも、自分自身をメディアがつくり上げた理想と比べないで。あなたはそのままで特別な存在なのだから」
この動画の再生回数は、いまにも800万回に届きそうな勢いだ。
プラスサイズモデルであり、ボディ・ポジティブなインフルエンサー兼アクティビストとしても活動するパク・ジウォンの場合はこうだ。
「韓国ではまことしやかに『女性は細くなければならない』と言われます。学生のときは制服を着ることが義務付けられ、女性はスカート、男性はズボンと決まっています。そして、社会が決めた美の基準を満たすために、女性たちは自分らしさを押し込め、抑制の結果、自己嫌悪に陥り、うつ病に苦しむことも珍しくありません」
こうした状況に変化をもたらしたいと考えたジウォンは、インスタグラムを通じてボディ・ポジティブなイメージとアドバイスを発信しはじめた。
「かつて私は、体型を含め、自分のことが嫌いでした。でも、ボディ・ポジティブな人たちのインスタグラムを見るにようになって、自分の人生を変える勇気が湧いてきたんです。その前向きな考えを韓国にもたらしたいと思いました。今では女の子たちから、私のアカウントがきっかけで人生が変わったという嬉しいメッセージが日々届きます」
そして生まれた「スキップケア」。
こうして、脱コルセット運動は人々の意識の中でさらに重要な位置を占めるようになった。いま、韓国の多くの女性たちがいくつものステップから成る従来のスキンケア法に別れを告げ、よりシンプルで無駄のないルーティンを選ぶ「スキップケア」を実践しはじめている。前出のミンテル美容・パーソナルケア担当シニアアナリストのイ・ファジュンは次のように話す。
「韓国の美容ミニマリストのあいだで、スキップケアは確かにトレンドになっています。そこには本質的に、Kビューティーを特徴づける複雑な美容ルーティンへの反発が込められているのです」
一方で、スキップケアを商業的に利用しようとするブランドも多い。それゆえ、この新潮流に脱コルセット運動のようなメッセージ性や思想はないに等しい。
「脱コルセット運動が男性中心社会のプレッシャーに対する女性たちの反発を象徴するのに対し、スキップケアの目的はケアやメイクの簡略化に過ぎません。韓国でスキンケアは、依然として女性の『幸福の実現』と『セルフケア』において大きな役割を果たしているので、肌の手入れをやめる女性が続出する可能性は低いと思いますが、脱コルセット運動が『誰のためにメイクをするのか』について考えるきっかけになったことは確かです」