主演映画『人』インタビュー
亡くなったはずの夫と息子と過ごす3日間。その時、人は何を思うのか――。
39分と短いながらも夏の海辺を舞台に鮮やかな色彩で「生と死」を描いた山口龍大朗監督作品『人』が、今月26日から池袋HUMAXシネマズ他で公開されます。
故人に伝えられなかった思いや突然近しい人を亡くしてしまった時のやり場のない思いを描きつつも、最後は前向きな気持ちになれる本作。
今回は、『ミッドナイトスワン』(‘20)をはじめ多くの映画やドラマなどに出演し、活躍の幅を広げる主演の吉村界人さんに、ご自身の死生観や本作に込めた思いなどについて聞きました。
[あらすじ]
千葉・九十九里浜。実家のサーフショップで働く青年・健一(吉村界人)は、不慮の事故で命を落とし、幽霊になってしまう。幽霊になった健一が実家に帰ると、そこには数年前に他界し、健一と同じく幽霊になった父・拓郎(津田寛治)の姿が。
さらに、母・彩子(田中美里)には幽霊が見えるということも発覚し……!?
幽霊になった父と息子、そして幽霊が見える母。家族三人と彼らを取り巻く人々が過ごす三日間のファンタジー。
吉村界人さん
亡くなっても生きる世界が違うだけ
―― どのような経緯で出演することになったのでしょうか。
吉村界人さん(以下、「吉村」):山口(龍大朗)監督とは、別の作品でご一緒したことがあって、いつか一緒に映画をやりたい、という話はしていました。そしてある日、山口監督からプロットを頂きました。当て書きとまではいかないかもしれませんが、主人公の健一は僕に近いイメージで脚本を作って下さったようです。
―― 脚本を読んで最初に感じたことについてお聞かせください。
吉村:山口さんらしいなと思いました。遠回りせずに潔く、言いたいことを真っ直ぐに伝えていると思いました。
―― 近しい人を亡くしたエピソードが物語の核になっています。ご自分の経験とオーバーラップしたことはありましたか。
吉村:僕も16歳の時に病気で父が亡くなっています。若かったせいもあるのかもしれませんが「残された者の気持ち」を味わうということもなく、「一緒に時間を過ごせて楽しかったな」という感じでした。
―― 健一の母親の彩子は「亡くなっても生きる世界が違うだけ」という言い方をしていますね。
吉村:自分の母を見ていると、亡くなってもずっと父のことを尊敬しているということが伝わってきます。母の中では父は生き続けているのかもしれないし、まだ気持ちがあるということがわかります。父が亡くなってから10年以上経ちますが、お酒を飲んで、生きていた頃の父の話を嬉しそうに話しています。
母と兄と3人でよく家族会議をするのですが、その時に「父だったらどのように考えるか」という話はします。父は未だに家族の羅針盤のような存在です。
僕にとってはワンマンで怖い存在でしたが、シャイなところもあって。やはりいつでも思い出すことのできる存在ですね。
映画自体が葬式のようなもの
―― 役作りについては山口監督と話しましたか?
吉村:山口監督には父を亡くした経験を話しましたが、山口監督も大切な友人を亡くされた経験があり、そのことがこの作品のモチーフになっていると聞きました。
人が亡くなれば、当然残された人たちは悲しい思いをします。ただ、惜しまれて亡くなる人と、どちらかというと傍若無人なタイプで、そうではない人がいたとしたら、後者のタイプの人には必要以上に思いを馳せたりしないと思うんです。
そうしたことも含めて山口監督からは「嘘なく演じて欲しい」と言われていました。亡くなったからと言ってすべてが美化される話にはしたくないと。
―― 彩子は、悲しみを感じつつも、前向きに生きています。
吉村:彩子の気持ちをわかちあえる、健一に好意を持っていた同級生が登場します。彼女とのやり取りも手伝って、彩子は過去に向き合っていく。この映画自体が彼女の気持ちに区切りを付けるためのお葬式のような気もしました。
毎日をやり切って生きる
―― 吉村さんご自身は、死後の世界について考えていますか。
吉村:昨日も今日も考えていました。もし、「死ぬ」というボタンと「生きる」というボタンがあったら、自分は満面の笑みを浮かべて前者のボタンを押すことができる自信があります。「もうきついな…」というわけではなく、「楽しかったぜ!」と押せる。それぐらい毎日出し切って、やれることはやって生きているのではないかと。
大学がつまらなくて、ずっと自宅で本を読んだり、映画を観ていました。その延長で俳優になりたいと思い、事務所に連絡をし、オーディションを受けに行きました。
オーディションで「泣いてください」と言われましたが、すぐに泣けるわけがないですよね…。それで、外でボーッといろいろ考えていたら、「戻って来なさい」と言われて。今度は「笑ってください」と言われてまたできなくて…。
その繰り返しでしたが、なぜがオーディションには受かりました。
そこから何年か俳優をやって、これが一生の自分の仕事なのかと思う瞬間もありました。でも、遠い先のことは考えられません。
日々の決断に迷いと後悔があり過ぎるので、そこは振り返らない。過去は取り返しがつきません。社会は自分が思った通りに動いてくれないですし。自分ができることをやるしかありません。
―― 主人公の健一を演じてみて死生観は変わりましたか?
吉村:こうしてインタビューを受けながら、思考を巡らせて思うのは「とはいえ、死んではいけない」ということです。やはり生きていたいとは思いますね。
いつか映画を作りたい
―― なぜ『人』というタイトルなのでしょうか。
山口龍大朗監督:(隣にいた山口監督が登場)幽霊の健一が主人公ではなく、周りの生きている人を主人公にしようとしていたからです。「人」という字が、象形文字的で、海外の人に伝わりやすいと感じたこともあります。
映画のタイトルの「人」は、傍線同士がつながっていません。「幽霊」を表しているので、人と人とが支え合っていないからです。この映画のために考えた独自の文字です。
―― 見どころについて教えてください。
吉村:高尚な映画ではないです。笑える夏の映画なので、リラックスして見て欲しいですね。
―― 今後、挑戦してみたいことについてお聞かせください。
吉村:海外の作品に参加してみたいという気持ちがあります。今までとは全く違う方式で芝居をしてみたい。既存のスタイルのドラマでもなく映画でもなく舞台でもなく、予算の大小は問わず、アウェーな立場で挑戦してみたいです。
また、自分でも映画を作ってみたいです。あらかじめ決められた枠があって、求められたから作ると、個人の思いが伝わらない気がします。やりたいからやる、その姿勢をぶつけて表現してみたい。
そして、そんなストレートな気持ちで取り組むにはやはり映画というメディアが一番合っていると思います。いつかは哲学的なテーマで映画を作りたいですね。
(文:熊野雅恵)
ヘア&メイク:山口貴巳
スタイリスト:小笠原吉恵(CEKAI)
Tシャツ ¥19,000、パンツ ¥35,000/Azuma. その他スタイリスト私物
問い合わせ先 Azuma. / ANTICRAFT design info@azuma-anticraft.com
映画『人』作品情報
【出演】吉村界人 田中美里 冨手麻妙 木ノ本嶺浩 五歩一豊 津田寛治
【スタッフ】監督:山口龍大朗 脚本:敦賀零
配給:SAIGATE
2022/カラー/シネスコ/DCP/39分
©映画「人」制作チーム
公式HP:https://eigahito.com/
8月26日(金) ROADSHOW