マンションやアパートなど中古の収益物件を購入する際、屋上に設置された貯水槽に意識を向ける投資家は多くないかもしれない。しかしこの貯水槽、管理状態が悪いと、購入後に入居者からのクレームや思わぬ出費につながることもある。
今回は、この貯水槽の役割を改めて確認しつつ、投資家が知っておきたいメンテナンス時期の目安やコストについて考えてみたい。
そもそも何のためにあるのか?
まずは貯水槽が何のためにあるのか、その役割を確認しておこう。
私たちが普段利用している水道水は、地中に埋設された水道管を通って各住戸に届けられる。水道管の内部には常に一定の水圧がかかっており、その水圧によって蛇口から水が押し出される仕組みだ。この給水方式は「直結給水方式」と呼ばれ、戸建て住宅や低層の集合住宅などで採用されている。
一方、一定規模以上(東京都の場合は4階以上)の集合住宅となると、高所に水を送る必要が生じ、また水の送り先が増えることから水圧が足りず、各住戸に水が届かなくなってしまう。
そのためマンションやビルでは、いったん地上の「受水槽」に水を貯め、ポンプで屋上に設置された貯水槽(高置水槽)に貯水して各戸に給水するという「貯水槽水道方式」が採用される(他にも増圧ポンプで各戸に直接給水する方式もある)。アパートやマンションの屋上にある貯水槽は、このために存在しているのだ。

直結給水方式(左)と貯水槽水道方式(右)の模式図。他にもいくつかの給水方式がある(東京都水道局Webサイトより)
内部の清掃、費用の目安は
水道事業を所管する厚生労働省によると、貯水槽に届くまでの水質管理は各自治体の水道局の管轄。しかし、貯水槽以降の水質については、管理責任はオーナーやオーナーから委託されている管理会社にあるという。
実際、昨年には東京・中野区所有の施設に入居するテナントから水道汚染の訴えがあり、テナントが所有者である区を相手取って裁判を起こしている。不動産オーナーも、入居者が利用する生活用水の質を左右する貯水槽の状態に無関心ではいられないということだ。
また、10トン以上の貯水槽が設置されている施設では、水道法によって1カ月ごとの点検と年1回以上の清掃、水質検査が義務付けられている。10トン超というと、対象となるのは大規模な分譲マンションやオフィスビルなどに限られるが、生活用水の質は入居者の健康問題に関わる。10トンに満たない貯水槽にはこうした義務はないが、賃貸経営をするならば同様の対応を取りたいところだ。
貯水槽の修繕などを手がける専門業者によると、貯水槽内部の清掃にかかる費用は5万~10万円が目安だという(地域や貯水槽の大きさによって異なる)。作業時間は約2時間~4時間ほどで、この間は断水になることにも注意が必要だ。受水槽と屋上の高架水槽がある場合は、料金と時間が倍になるケースもあることを覚えておきたい。
余談だが、海外ではホテルの貯水槽から死体が見つかったこともある。ホテルの利用者は死体があることを知らずに、シャワーや飲用として水を利用していたというから、もはやホラーだ。詳細は割愛するが、気になる方は検索してみてほしい。
貯水槽本体の「劣化」も
内部の清掃はもちろん重要だが、貯水槽本体の劣化にも注意が必要だ。
貯水槽や受水槽の素材として広く普及しているのはFRP(Fiber Reinforced Plastics)だ。ガラス繊維やポリエステル樹脂を使った素材で、防水性能が高く住宅やアパートなどの防水材料としても使われている。軽量かつ頑丈で、型枠を使ってさまざまな形状に加工しやすいため、貯水槽の素材としてはうってつけだ。
以前は一体で成形された継ぎ目のないタイプが主流だったが、現在はFRPのパネルを現地で組み立てるタイプも普及している。組み立てタイプの登場により、貯水槽の運搬や設置が容易となった。

FRP製の組み立て式受水槽(画像提供:きんぱね関西)
ただしFRPも万能ではない。紫外線や酸性雨などの影響を受け、亀裂や破損が生じることもあるためだ。劣化によって貯水槽に亀裂などが発生すると、雨水や害虫が浸入する可能性もある。微生物が繁殖し、衛生的な問題が生じれば入居者の健康被害につながりかねない。
こうした理由から、FRP製貯水槽のメーカーの多くは耐用年数を15年としている。
次へ≫ 修繕の目安は?
前出の業者によると、以下のような症状が見られたら交換や修繕の目安だという。
1.架台の錆び
外部から簡単にチェックできるポイントとして、タンクを支える「架台」の錆びがある。錆びが拡がると架台が腐食し、耐久性が低下する。地震などで架台が壊れてタンクが破壊されることもありうる。架台は雨水などでは錆びることは少なく、錆びがあれば水道水の塩素によって生じた可能性が疑われる。そのため錆びが発生する場合は、タンクの亀裂が強く疑われる。その場合、規模や設置状況にもよるが、修繕は難しく交換した方が良いだろう。
2.FRPの粉ふき(チョーキング)
FRP製貯水槽の表面に触れてみて、指に白い粉が付いたら要注意。これは紫外線によってFRPに含まれている樹脂が分解されている証拠だという。このまま劣化が進むと樹脂分がなくなり、ガラス繊維が露出してしまう。この状態ではタンクの内部まで日光が通るため、内側からも劣化が進む。早めに補修や取り替えを対応する必要がある。

チョーキングが発生したFRP製の貯水槽(写真提供:きんぱね関西)
3.天井板の劣化にも注意
なかなか確認しづらいが、貯水槽の天井部にも注意が必要だ。天井は直射日光に晒されるため、側面に比べても劣化が進みやすい。

劣化が進んだFRP製貯水槽の天井部。黒く見える部分では、FRPのガラス繊維が露出してしまっている(写真提供:きんぱね関西)
貯水槽に上記のような問題が発生したり、耐用年数である15年を経過したりすれば、貯水槽の取り替えや補修が必要になる。
貯水槽を新品に交換した場合、当面の間は亀裂や劣化などの心配はなくなる。交換費用は、地域や貯水槽の大きさ、設置された場所によって大きく異なる。あくまで目安ではあるが、10トンで200万円以上かかることが多く、規模によっては500万円以上かかったケースもあるという。
ただし交換の場合、費用がかかるのはもちろん、一定期間の断水も発生する。古いタンクを解体し、新しいタンクを組み立ててから配管とつなげるため、長い場合は1週間以上の断水が発生することもある。
また、貯水槽を補修・補強するという方法もある。補修工事を請け負う会社によると、「目安となるコストは取り替えに比べれば、2分の1から3分の1」だという。断水時間も取り替えに比べれば少なくてすむ。
ただしいずれの場合も、当然ながら貯水槽自体は残ることになる。定期的な清掃や、劣化した際の補修は、物件を所有し続ける限り避けられない。
「給水方式の変更」という選択肢
もう1つの選択肢として考えられるのが、給水方法の変更だ。貯水槽水道方式から直接給水方式に変更ができれば貯水タンクの清掃が必要なくなり、維持管理にかかる手間やコストを削減できる。
しかし、これもそう簡単な話ではない。購入した築古物件の給水方式を、貯水槽水道方式から直結給水方式に変更した経験をもつ楽待コラムニストの「さぬきうどん大家」さんは、「給水方式の変更にはさまざまな検討が必要だった」と振り返る。
さぬきうどん大家さんが購入した物件は、築40年の4階建て築古ビル。設置されていた2トンの高置水槽は長年使用されていない状態で、「ここを通った水は飲用に耐えないのでは」と推測できるほど老朽化していたという。
「買い替えか、再利用か、それとも他の方法があるのかを水道局に相談しました。状況を話すと水道局も心配になったのか、まずは水質検査が行われることになりました」

築古ビルの屋上(写真はイメージ)PHOTO: iStock.com/PicturePartners
検査の結果は「飲用不可・要改善」。ここから、給水方式の変更を踏まえた対応策を本格的に検討し始めた。
「まずはその物件が直結給水方式に対応できる高さ・階数なのかを水道局に確認しました。次に、毎年のメンテナンスの手間や費用がどのくらいか、高置水槽に水を送るための揚水ポンプの設置場所があるか、揚水ポンプの作動音や電気代をどうするか、また近隣エリアで水道工事や水道事故が起きた時に水道水の提供が停止した場合にどうするかなどを順番に検討していきます」
これらを検討した上でもなお給水方式を変更したいとなれば、水道設備業者に、給水方式を変更する場合と、貯水槽を新品に交換する場合の2種類の見積もりを出してもらって判断するという。さぬきうどん大家さんも、業者に見積もりを依頼した。
交換か、変更か
この物件の場合、業者による交換時の見積もりは、屋上高架水槽交換時のクレーン車費用、新品貯水槽本体代、既存貯水槽の撤去費、作業工賃費等で約28万円、揚水ポンプの交換なども含めると約55万円ほどだったという。
一方、給水方式を変更する場合の費用は総額で約120万円。費用対効果を考えると給水方式の変更は割に合わないように思えるが、さぬきうどん大家さんは結局、給水方式を変更することに決めた。
「理由はいくつかあります。まず、この物件は自宅を兼ねていたので、なるべく新鮮で清潔な水を使いたかったこと、また屋上の高置水槽をなくして屋上庭園に使えるスペースを確保したかったこと、また揚水ポンプの設置場所や作動音をなくして快適にしたかったからです」
どちらを選ぶかは、単純な初期費用だけでなく、使い勝手や空きスペースなどから総合的に判断する必要があるということのようだ。
「これが賃貸物件なら、工事の費用対効果や毎月の水道料金、近隣の工事などで水道提供が停止した場合のトイレ用水確保の必要性などから、直結工事はしない方が良いと判断していたでしょう」
ただ、ちょっとした誤算もあった。「直結工事リフォームの最終工事段階で知らされたのですが、3階まで水道圧が充分に上がる確率を高めるため、水道管を太くしたせいで毎月の水道基本料金が高くなってしまいました(苦笑)」。直結給水方式に変える場合、毎月の水道基本料金が高くなる可能性も頭に入れておく必要がありそうだ。
設備を制する者、築古不動産を制す?
なかなかやっかいな築古物件の貯水槽問題。しかし、築古物件投資においては、設備の老朽化問題をどう解決するかが投資家の腕の見せ所だとさぬきうどん大家さんは言う。
「築古不動産では大抵躯体が使用不能になる前に設備(水道・電気・ガス)が老朽化していることがほとんど。逆に設備さえ再生できれば、築古不動産を生き返らせられるという妙味もあります」
また、水インフラのメンテナンスは、入居者は手を出すことができないため、不動産オーナーのモラルが問われるとも話す。
「全期間修繕経営計画を策定実施して、計画的予防的修繕メンテナンスを実施していくべきだと思います。いくら罰則がないとは言え、貯水槽を何年も管理せず、清掃もしないというのはヒドいと思いますよ」
事前に十分な調査を行い、オーナーにとって、また入居者にとっても最もよい選択をしたい。
取材協力/写真提供:きんぱね関西株式会社
(西条阿南/楽待新聞編集部)
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