本格的なコクピットにはレース専用の装備を備える
TCR(ツーリングカーレース)ジャパンの開幕戦2ラウンド(富士スピードウェイ)にゲストドライバーとして参加させていただいた。TCRジャパンとはFIA(国際自動車連盟)がWTCCに準ずる規格として策定した2015年のTCR規格にもとづき、欧州や中国、北米など各国が開催するリージョナル戦の日本国内シリーズで、2019年から開催されている。
TCRの定めるマシンは1.8〜2リッターの直噴ガソリン及びディーゼルのシングルターボエンジンを搭載する4〜5ドアボディで、FF前輪駆動モデルの市販車をベースにしてレーシングカーとしてつくり上げることとされる。エンジンはほぼノーマルであるのに対し、エアロパーツの装着、サスペンションの改造などの自由度は高い。
今回搭乗したのはイタリアのJ.A.S(ヤス)社が英国製ホンダ・シビック・タイプR(FK7)型をベースにTCRマシンとして仕上げたものにFK8型の新ボディを被せたもの。国内ではレース界の名門チームである滋賀の「童夢」が輸入販売及びメンテナンスを担当している。
童夢チームには1993〜1994年にかけて全日本F3000選手権にドライバーとして契約し参戦していたことがあった。
FFのレーシングカーといえば、古くは「FFスーパーシビックレース(1981年)」の開幕鈴鹿戦に参加したのが初めてで、その後ホンダ・シティターボ(ブルドック)レース、フォルクスワーゲン・ゴルフI、IIポカールカップ、三菱・ミラージュカップ、全日本グループA選手権にシビックで、JTCC(全日本ツーリングカーレース)にトヨタ・コロナ・エクシブで、1998〜1999年全日本GT選手権GT300クラスには三菱FTOで参戦しドライブしてきた。
FFのレーシングカーを操るのは20年振り以上となるわけだが、どれほどの進化をしているのか、ドライビングテクニックを中心にレーシングドライバー目線でレポートしたい。
TCR仕様シビックは外観的にはオリジナルのシビック・タイプRのデザインを継承しているが、フロントの大きなリップスポイラー(スプリッタ)や前後オーバーフェンダー、リヤウィングなどが特徴的で、スーパーGTマシンのような迫力がある。
コクピットも本格的で、ロールゲージがところ狭しと張り巡らされ、バケットシートに身を沈めてドライブする。ステアリングには変速用パドルスイッチとカラフルに色分けされたボタンスイッチが幾つも配置され、メーターパネルはMOTEC(モーテック)社製のレース用カラー液晶モニターが備えられていた。これらの使用手順を覚えることがまずはコクピットドリルとして必要だ。
足元をみると、ペダルは3つ備わっているが、クラッチペダルはスタート時専用で小さく、ブレーキとスロットルペダルは横並びで大きな面積を占めている。そう、このマシンでは左足ブレーキが通常の操作方法となるのだ。
これまで操ってきたFFマシンは最新のものでもシーケンシャルシフトでクラッチ操作はスタート時以外必要なかったが、片手でシフトレバーを操作する必要があった。ブレーキは右足でも左足でも使い分けることができるものだったが、操作の正確性を求めて右足ブレーキを使うことが常識的だったから左足ブレーキにすぐに馴染めるかも課題となる。
走り始めると、電動パワーステアリングでステアリングの操作性はよく、大舵角でもフロントデフのロッキングがスムーズでギクシャク感もブレーキ現象も起こさない。旧来のFFレーシングマシンではLSD(リミテッドスリップデフ)の影響から大舵角でロッキングが起こり、またトルクステアも酷かったものだ。シフトインジケーターに従い右手パドルでシフトアップ、左手パドルでシフトダウンがおこなえ、操作性は各段に向上している。
少ない舵角で曲がることが速さに繋がる
コーナーアプローチで左足ブレーキにより減速すると、全体重が左足にかかり、微妙なコントロールをしづらく感じた。フォーミュラカーのように完璧なサポート性のシートがあれば身体を保持できるが、TCRマシンのシートでは減速Gで身体が前後に動いてしまい、サポート性の強化が必要だ。
TCRマシンはABS(アンチロックブレーキシステム)を装備しているが、今回のようなスプリントレース(20分+1周ルール)ではABSの動作をカットすることが義務付けられていた。
ブレーキフィーリングはしかし、ガッチリとしたペダルフィールと少ないストロークで安心感がある。
富士スピードウェイでの最高速は230〜240km/h。TCRは車種バラエティに富んでおり、BOP(バランスオブパフォーマンス)を設定していて性能調整がおこなわれている。昨年までの実績から今回のシビック・タイプRにはきついBOPが設定されていて、とくにストレートスピードはライバル勢と比べて10〜20km/h遅くなっていた。これはレースで影響が大きく出そうだ。
車重は最低重量がドライバー込みで1265kg以上と定められているが、BOPによりシビックは1305kgと重くされていた。
だがストッピングパワーは強力で、直線後の第1コーナーへは150m程度の減速区間で十分な減速が可能だ。
TCRジャパンはヨコハマタイヤのレース用スリックタイヤによるワンメイクであり、グリップは十分に高い。思い切りブレーキを踏み込んでもロックアップせず、高い減速Gを発する。FFの特性で減速時にリヤがリフトし荷重が抜け、リヤタイヤがロックアップしやすくなるのでブレーキペダルを緩めて姿勢安定を保つ必要がある。
ブレーキング時の特性は、ほとんど20年前と変化していない。ただハイグリップゆえアンダーステアは弱く、ハイスピードコーナーも低速コーナーも、むしろオーバーステア傾向に悩まされることが多かったのは意外だった。パワーオンでは当然プッシュアンダーステアが起こるが、ステアリングを切り込んだ状態から切り増せばCF(コーナリングフォース)が高まり曲がってしまう。ただ、こうした走りを連続しておこなうとフロントタイヤを早く消耗させてしまい、ラップタイムが大きく落ち込んでいってしまう。
なるべく少ない操舵角でコーナーをクリアすることが安定した速さの維持に必要なのだ。こうしたタイヤの使い方、走らせ方の基本は20年前となんら変わりないのだ。
Hパターンのマニュアルトランスミッションで3ペダルを駆使して扱う時代と比べたら、はるかにイージードライブが可能で、誤解を恐れずに言えば誰でも簡単に乗りこなせてしまうのだった。そういう意味ではTCRレースはタイム差が付きにくく、今回も同一車種ではプロもアマも問わずコンマ数秒差という僅差で競われていた。
僕は初日の初走行最下位(汗)から徐々にラップタイムを縮め、レース1の予選では8位、レース2予選は6位。決勝はレース1で3位(前走2車がペナルティを受けたため)、レース2は6位というリザルトだった。
僅差のレースでタイムを縮めるのは至難の技で、こまかなセットアップを繰り返し、どうにか競えるレベルに仕上げて得たリザルトだった。
近々「レーシングドライバーの備忘録」として、今回のTCRレースでおこなったセットアップの詳細について記すことにする。