2018年5月、福井県を走るJR小浜線の無人駅、加斗駅を訪問しました。
■髪もきっぷも切る理髪店
加斗駅は福井県小浜市にある小さな駅。駅舎の中に理髪店があり、店主が理髪店を営むかたわら、きっぷの発売などの駅業務も行っている珍しい駅です。20数年前、駅前にあったこの理髪店が借地の関係で店を畳まざるを得なくなりますが、加斗駅を利用する地元住民にも親しまれていたお店であったことから、JRや住民が残ってほしいと依頼。駅業務の委託を条件に、駅舎内にお店を移すこととなった、という経緯があります。
仕事で関西に住んでいた私は、京都から山陰線・舞鶴線経由で東舞鶴へ。東舞鶴から1時間ほど小浜線に揺られ、ようやく到着しました。舞鶴線や小浜線は線路状態があまり良くなく、縦揺れがきつかったです…。
ホームに降りると、早速こじんまりとした駅舎が目に入りました。
構内通路を渡り駅舎へ。改札の横の軒下が、写真の通り理髪店の物置のようになっているのですが、それがまた良い具合に風情を出しています。植え込みの草花も、よく手入れされている様子できれいでした。
待合室。本当に駅舎の中に理髪店がある…。現在は予約制となっていたそうで、この日はお客さんはいませんでした。
本物の歴史を感じさせる内装。建物は古いですが、掲示物や備品はきれいに保たれていて、ご夫婦が手塩にかけてこの駅を営んでいることがうかがえました。
駅舎を外から見た様子。駅名標の横にはサインポール。外観にも、駅と理髪店が一つになったような不思議なたたずまい。
山に囲まれて見えますが、東舞鶴方面へ10分ほど歩くと若狭湾に出ます。
駅舎の反対側から見た様子。これぞローカル線という雰囲気。最高です。
■忘れられないご主人の笑顔
駅舎に戻ってくると、さっきはいなかったご主人がきっぷ売り場に座っておられました。訪問したからには絶対にここできっぷを買いたいと思っていたので、帰りの敦賀~京都の自由席特急券を頼みました。
ご主人は、車発機タイプの機械で一文字一文字ゆっくりと駅名を入力しながら、どこから来たのかなど気さくに話しかけてくださいました。一人旅で来たことを伝えると、これまでたくさんの旅人が加斗駅にやってきて、中には外国人の人もおり、後日手紙が届いたこともあったなど、嬉しそうに語ってくださいました。
ご主人は声がほとんど出ず、ところどころ言葉が聞き取れませんでした。少し前に肺がんを患い、思うように動けずまいっているが、何とか頑張っていると話していたのを覚えています。翌年の2019年、ご主人は亡くなり、今は奥様が一人で切り盛りしているとのことです。
■駅舎取り壊しの計画も、コロナ禍で先延ばしに
加斗駅は大正10年建築の木造駅舎。メンテナンスに大変なコストがかかり、安全面も懸念されることから、JR西日本は2020年度に駅舎を取り壊す計画でした。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で運輸収入が落ち込み、工事に必要な資金が捻出できなかったことから、いったんは先延ばしとなっています。
今後、加斗駅がどのような形態で存続するのかはわかりませんが、ご夫婦や地域の方々が育ててきたあたたかみのある空間が失われてしまうのは、本当に残念でなりません。とはいえ、ご主人が亡くなられたことで、理髪店の今後も案じてしまうところがありますし、折からの人口減少やコロナ禍により、そもそも小浜線の利用も先細る一方。寂しいですが、現状の加斗駅が持続可能な姿であるとは到底いえません。
おそらくこういった問題は全国の地方で起こっていること。今ある美しさを味わい、それも何年後かにはなくなっているかもしれないという切なさに耽ることが、地方を旅する醍醐味だと思うほかないのかもしれません。
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