エトヴォス 取締役COOの田岡敬氏が第一線で活躍するビジネスパーソンから、その人がキャリアを切り開いてきた背景やイノベーションを生み出してきた思考法を探る連載企画。第22回は吉野家 常務取締役の伊東正明氏が登場します。
伊東氏は新卒でP&Gジャパンに入社し、衣料用洗剤の「アリエール」や食器用洗剤の「ジョイ」、消臭剤の「ファブリーズ」などのブランドを手がけた後、グローバルで活躍。2018年1月に、吉野家へ転職。ライザップとのコラボメニュー「ライザップ牛サラダ」や「超特盛」のヒット施策を手がけるなど、マーケティングの改革を実行し、2019年発表の吉野家の中間決算を赤字から黒字に導くなど業績を向上させています。その裏側には、どのような思考法があるのか、田岡氏との対話を通じて伊東氏が明かします。
社長の話を聞いて「この会社ならいける」と思った
田岡 まずは、伊東さんがP&Gを辞めた後に、数多ある選択肢の中から吉野家を選んだ理由からお聞かせいただけますか。
伊東 外資系企業で22年働き、海外にも7、8年住んでいたので、そのうちに愛国心がとても強くなり、必ずや「日本企業に帰るぞ」という想いが私の中にあったんですよね。
また、P&Gにいる間は洗剤やファブリーズ、家電製品であるオーラルBなど、異なるジャンルのブランドを担当してきたので、せっかく初めて転職するのであれば、まったく違う業種に挑戦したいと考えていたんです。
伊東正明
吉野家 常務取締役 P&Gにてジョイ、アリエールなどのブランド再生や、グローバルファブリーズチームのマーケティング責任者をアメリカ・スイスにて担当。ヴァイスプレジデントとしてアジアパシフィックのホームケア、オーラルケア事業責任者、e-business責任者を歴任。2018年1月より独立、ビジネスコンサルタント。また、吉野家 常務取締役も務めている。
田岡 伊東さんなら、いつでも消費財メーカーに戻れますしね(笑)。
伊東 そうそう(笑)。もともと吉野家の牛丼はうまいし、ブランド自体も強いので、私がお手伝いして結果を出すことができるんじゃないかと思っていたんです。
そんななかで、吉野家の河村社長(吉野家ホールディングス 代表取締役社長 河村泰貴氏)に会って、一緒に食事しているときに「伊東さん、全部なんかできなくていいんですよ。私は社長だけど、私よりも得意なことがある人はたくさんいる。その人たちといかにチームをつくるかが大事なんだよ」と話してくれたんです。
その話の流れで、牛丼の肉をご飯に盛り付ける「肉盛り」の技術や、「肉鍋管理」と言って肉の味を決める技術があって、それを河村社長は「これだって、僕よりうまい人いっぱいいるからね・・・。あ、やっぱ違う。一番うまいのは、俺だ。ちなみに、うちの社員は全員がそう言う(笑)」と、子どもみたいに笑うんです。
田岡 社員全員がそこを通っているということなんですね。
伊東 はい。この話を聞いたときに、「この会社はめちゃくちゃ強い」と思ったんですよ。「うまい」に対して、これだけのプライドと自信を築いている。これは良い文化のある会社なんだろう、と。
それからもうひとつ、いつか異国の地にナショナルフラッグを建てられるブランドを手がけたいという思いもあって、吉野家の海外展開にもチャレンジしたいと思いました。
田岡 吉野家ならグローバルブランドになりえると。
田岡 敬
エトヴォス 取締役 COOリクルート、ポケモン 法務部長(Pokemon USA, Inc. SVP)、マッキンゼー、ナチュラルローソン 執行役員、IMJ 常務執行役員、JIMOS(化粧品通販会社)代表取締役社長を経て、ニトリホールディングス 上席執行役員。2019年1月21日より、エトヴォス 取締役 COO。
伊東 そうです。私は「日本の食事は世界で勝負できるコンテンツだ」と思っているので、そういう意味でも吉野家には最初から興味があったんです。
河村社長が伊東氏に期待した「お客さまベースの経営」
田岡 伊東さんは、河村さんから何を期待されていたのですか。
伊東 吉野家のような日常使いの飲食業は、良い食材をできるだけ安く仕入れて、それをマニュアル化してチェーン展開するというビジネスモデル。チェーンストア理論では、マーチャンダイジング型経営と言われるものです。
そのため会社の業績は、実は牛肉の市場価格とかなり連動しています。牛肉が安く仕入れられれば、余ったお金でいろいろなことが仕掛けられて成長できるし、それが厳しくなれば何もできない。そんなマーチャンダイジング型経営にもっとお客さまベースのマーケティング視点を入れたいと言われました。
田岡 それはTポイントを導入されていたように、顧客との関係を理解して、ライフタイムバリューを伸ばすようなことですか。
伊東 その通りです。まさにTポイントは、顧客を理解しなければという問題意識から導入しているものです。ただ分析するにも、最低1年分のデータが貯まらないと使いようがないので、私が入社する大分前から導入してもらっていて、ちょうど私は使うところから始められました。
メーカーと外食の違いにひと苦労
田岡 P&Gと吉野家では、メーカーと外食チェーン、外資と日本企業など、カルチャーが異なるポイントがたくさんあると思うのですが、実際に転職されてどうですか。
伊東 一番感じるのは、メーカーと外食チェーンという業態の違いですね。まず、店舗という存在は、営業の場であり、人事の採用の場であり、工場なんですよね。
田岡 そうですよね。
伊東 メーカーにいた人間からすると、商品の品質を一定にできないことはありえません。だけど外食では、調理や接客が100%マニュアル通りに行われるとは限りません。お客さまの最終的な満足が上振れも下振れもするのに、「何を約束できるのか」という私自身の肌感覚をつくることに最初は苦労しました。
さらに工場であれば、何をすればどう生産性が変化するかがすべて数字で分かりますが、店舗は人がしているので作業を増やすなど深く介入し過ぎると崩壊します。人という振れ幅のある変数が商品に入ってくるとき、施策をつくると同時に店が一生懸命になって再現性を高められるためのモチベーションやインセンティブも考えなければうまくいきません。その大事さに気が付くまで、少し時間がかかりましたね。
田岡 その肌感覚は、どうやって掴んでいったのですか。
伊東 P&Gのときも小売店の店頭をコントロールすることが非常に難しかったんですが、90%以上が直営店である吉野家であれば、「できるに違いない」と思って、まずは店舗を訪問しました。そこで、でできていないことを発見して、その理由を私自身が考えていくんです。
例えば、店舗をまわる中で実際にできていない点を目視で確認し、施策が現場の人に理解されていないことが分かれば、次回以降は伝え方を変えてみたりしていきましたね。
コラボメニュー開発の背景にある、課題と目的
田岡 伊東さんが吉野家に入られてから、「ライザップ牛サラダ」や「ポケ盛(ポケットモンスター)」をはじめ、さまざまな企業とコラボレーションを増やしている印象ですが、どのような狙いがありますか。
伊東 私が吉野家に来て、今のところ良い結果が出ていると言われていることにつながるひとつの要因が、まさにメニュー開発です。
私が入社する4~5年ほど前、松屋さんやすき家さんがメニューを拡張していった一方で、吉野家は牛丼のストロングスタイルを貫いていました。
しかし、そうするとお客さまは新しいメニューを試したいという気持ちで、どんどん他のチェーン店に行きます。加えて、駅前にはいわゆる定食屋のチェーン店も増えて、吉野家は残念ながら「牛丼を食べる以外に目的がない店」になっていきました。メニューを増やすと店舗の負荷が増加し、強みである牛丼の品質に影響を及ぼすからです。
当然、吉野家も課題を認識していて、店舗の負荷を抑えながらメニューのバラエティを充実させることを3年くらいかけて取り組んでおり、ようやく定食なども食べるお客さまが少しずつ増えてきたというタイミングが、私が入る少し前の状況でした。
私もメニューの充実は必要なことだったと思います。ただ、それをやった結果、今度は「吉野家が何屋なのか分からない」という問題が起きました。加えて、牛丼の「売れれば売れるほど、おいしくなる」という強みが生かしにくくなってしまったのです。
田岡 自衛隊のカレーがおいしいのと同じで、大量につくるからですね。
伊東 そうです。しかも回転が良くなれば、調理歩留まりもどんどん良くなります。ところが、バラエティを増やすということは、基本的に牛丼の売上がほかのメニューの売上に移ってしまうわけで、牛丼の販売数が減ることで牛丼のクオリティのコントロールが難しくなるということなんです。
こうした問題が重なっているときに、私が入りまして、「さて飲食はどういうビジネスか」と考えたとき、私の伊東塾でもよく言っている「認知」と「想起」で言えば、圧倒的に「想起」が大事だと思いました。というのも、吉野家を知らない人はたぶん日本にいないですよね。
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田岡 そうですね。
伊東 でも、過去1週間に吉野家で食べた人となると、ほとんどいません。なぜかと言えば、「お腹が空いた」という頭の引き出しを開けたとき、吉野家は手前にいないんです。この「引き出し理論」が、現在の吉野家でのマーケティング活動を説明するのには最も明確です。
そこでまず、初めにするべきは、“肉”“や牛肉”と吉野家のリンクを高めて、その引き出しの一番手前に来ることだと考えました。とにかく牛肉関連商品の販売構成比をひたすら上げて、それ以外の優先順位をどんどん下げることを決めたんです。これが、外部にも言っている「コア&モア戦略」の「コア」です。
田岡 つまり、メニューのバラエティは牛に関連するものを増やして、牛の注文頻度を保つということですか。
伊東 はい。それによって、引き出しを開けたときに必ず3番手以内に入ることができれば、確実にブランドは強くなる。それに実は、店のオペレーションは牛丼に特化しているため、一番生産が高く提供時間も早い。そして調理の歩留まりも良くなり、おいしくなるという利点もあるわけです。
田岡 では、牛を食べる気になったときに、他店ではなく吉野家のメニューの中から迷ってもらえばいいと。
伊東 そうですね。新商品は牛のメニューバリエーションの見せ方を変えるためです。たとえばライザップとのコラボは、世の中にどの引き出しが空いているのかを考えたときに、いわゆる「高たんぱく・低糖質」の食事を食べたいという引き出しを開けると、多くの人がサラダチキンみたいなものを想起して、外食には食べられるものがないと考えていたりします。じゃあ、サラダに肉を乗っけて売ろうと考えたわけです。
その高たんぱく・低糖質という引き出しの中で、最も手前に来させるためのアイデアがライザップとのコラボでした。それ以降も同じように、人が1日3回365日、つまり1095回の食事の中で、うちがどこで勝てるか、そこそこのサイズがある引き出しを見つけて、キャンペーンや商品の企画を続けています。
ライフタイムバリューの向上には、朝ごはん
田岡 吉野家へのライフタイムバリューを上げるという観点でも、牛を食べてもらった方がいいと考えられたんですか。
伊東 ライフタイムバリュー(LTV)の向上は、基本的にはすべての施策の根底にある大事な方針です。単発で終わる商品・施策がものすごく多かったので、店舗への教育に時間がかかる割にライフタイムバリューがない。でも、バラエティがあることを伝えるためにはしなきゃいけない、と消耗戦に挑んでいた。だから、ライフタイムバリューを意識して現場の努力が継続利用につながる確率がある策に変えていくことにしました。
それで私が最初に仕掛けた施策は、朝ごはんの改革なんですよ。というのも、我われの業態は朝ごはんが一番ライフタイムバリューが高いんです。
田岡 習慣化するからですね。
伊東 その通りです。人は2日連続で同じものを食べたがらないけれど、朝ごはんだけは例外で、「同じものでいい」という人がいっぱいいるんです。だからこそ、そこにはテレビCMも使いました。
そして、ライザップ牛サラダは、リピート率が高いことがやる前から分かっていたので、ライフタイムバリューも取れるだろうと見込んでいましたが。
さらに試験的ではありますが、いまはテイクアウトでもライフタイムバリューが取れる計画に力をいれています。平日の夜に思いがけない残業で会社を出るのが1時間遅くなったお母さんが、家から帰る途中に「今日の夕飯どうしよう」と考えたときの引き出しに、入りたいという狙いです。
その引き出しに現在のところ吉野家はあまり入っていないし、想像すらしていない。だから単純な「テイクアウト10%割引キャンペーン」でもものすごく伸びて、その後の継続利用が確認できました。
さらにテイクアウトに注目した理由はもうひとつあって、吉野家は売上の約3割がテイクアウトで、男女比で見るとイートインが8対2なのに対して、テイクアウトになると5対5なんです。つまり性別にかかわらず、牛丼を食べたいと思っている人は同じぐらいいる。
ただし、女性は男性イメージの強い「お店」に入りにくいんです(笑)。そこで、テイクアウトならありだと思ってもらうきっかけづくりをすることで、結果として吉野家を使う女性が増えれば、その分のビジネスが伸びると考えたんです。テイクアウトの利用シーンは先ほど、お話しした以外にも見つけていて、いまはネタを撒いているところです。
田岡 なるほど。ほかにはどんなことに取り組んでいらっしゃいますか。
伊東 実は単価アップも地味にやり続けているんです。私が来てから、牛丼以外の商品はバリューアップを図りながら価格を改定しています。
田岡 それは驚きですね。単価を上げても大丈夫だという自信があってですか。
伊東 これは河村社長のセンスがすごく良いというか、さすがだなと思っているのは、軽減税率に対応するために全て税抜き表示に変えたんです。
牛丼の並盛380円は記号化されているのですが、税抜きにすると352円で覚えにくい数字になります。同じように、サイド品も62円や75円だったりするので、それを78円にしても大きな影響はないんです。
田岡 それをやると長期的には、顧客数に悪影響を与えることもありませんか。
伊東 なので、そこも折り込んで、私たちの勝ちパターンとしては、顧客単価を上げる施策と、客数を上げるキャンペーンの両方を同時にやるようにしているんです。
分かりやすいところで言うと、「牛すき鍋膳」という商品が吉野家の中だと高価格メニューに位置するのですが、それを一生懸命に売ると、それ目当ての来店による客数増はもちろんのこと、普段は牛丼を食べているお客さまも「毎年楽しみにしていたよ」と、鍋を食べてくれ単価が上がったりするんです。
公表データを見ていても、基本的に客数と客単価の両方を継続的に伸ばしているのは、外食産業全体で見てもスシローと吉野家など数社なんです。
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