2020年9月15日~18日の4日間、マーケティングフォーラム「ネプラス・ユー」が開催されました。筆者も「行動経済学 × マーケティング ー『好き』を科学する」と題したオンラインセッションに、聞き手として登壇しました。
当セッションでは、Preferred Networks執行役員 最高マーケティング責任者の富永朋信さん、青山学院大学 経営学部の小野譲司教授が、スペシャリストとアカデミアそれぞれの観点から「好き」をテーマに40分語り尽くしました。今回は、当日にどのような議論が交わされたのかを、筆者の目線から振り返りたいと思います。
「消費者に好きになってもらう」とは、どういうことか?
「消費者がファンになる。消費者から選ばれる。消費者に使い続けてもらう。消費者と顔馴染みになる」。こうした消費者との関係性の総称として、私たちマーケターの多くは「消費者に”好き”になってもらおう」と端的に表現します。
しかし、その”好き”は、愛妻家の私が「嫁が好き」と口にするときの”好き”とは、意味合いが異なると感じています。マーケター側に熱量があったとしても、消費者の温度感はマチマチ。マーケターから消費者への一方的な片思いの場合もあるでしょう。「"好き”になってもらう」というマーケターの意気込みは大事ですが、戦術に落とし込むには解像度が粗すぎて、具体的に何をすれば良いのかが分かりづらいのです。
そこで、まずは「好きになってもらう」とは、具体的にどういう意味なのかを富永さん、小野教授に問いました。

富永さんは「マーケターはともすると、その性能や仕様を伝えれば『消費者が買う理由ができる』と考えがちなのではないでしょうか?しかし、消費者はその様な明確な理由がなくとも『ちょっと気になるから』『愛着があるから』商品を手に取ります」と述べ、すなわちブランドと消費者の間に何かしらの関係が発生している状態を示唆していると説明されました。関係性という表現の通り、深さや重さは人やブランドによってマチマチで、「Love(愛)」の場合もあれば、単なる「Related(つながり)」の場合もあるだろう、とお話されます。
一方で、小野教授は「好き/嫌い」と「良い/悪い」の2軸4象限の図を提示して「プロダクトは良いか悪いかだが、ブランドは好きか嫌いかで分けられる」と述べ、「良いプロダクトだけれど、好きではない」、あるいは「秀でたプロダクトではないけれど、すごく好き」という状態が考えられる、と説明しました。

小野教授が提示してくれた図
つまり、消費者の選好は「良いプロダクトだから、好き」だけに限らないため、ロイヤリティを見誤ってはならないという指摘です。確かに「機能だけならAが優れているのに、なぜか劣っているBが好き…」という経験は、私にもあります。ただし多くの場合、マーケターは「良いプロダクトだから、自分のブランドが選ばれるはず」だと誤解しがちです。
さらに、小野教授は「Customer loyalty: toward an integrated conceptual」(Dick and Basu(1994))のロイヤルティ分類を引用しつつ「『例えば自宅で契約している何々電力会社を好きですか』と問われれば、誰しも『別に…』と思うだろう。だけど、ずっと使い続けている。これは、消費者は行動しているけど、態度には現れていない”見せかけのロイヤリティ”である」と言い、さらに”真のロイヤリティ”と”見せかけのロイヤリティ”が混ぜこぜになっている場合がある、と説明されました。

出典:Dick and Basu(1994)
つまり、ひと口に”好き”と言っても幅はかなり広く、好意的な態度が見えたとしても「相思相愛だ」「真のロイヤルティだ」と思い込むには、早過ぎるということです。
富永さんや小野教授の言う「好きになってもらう」の定義に従えば、一概に「好き」「ファン」「ロイヤルティが高い」という言葉を真に受けてはならないと分かります。
好きだから買うのか、買うと好きになるのか
筆者は、これまで”好き”こそ、商品が買われるための必要条件だと考えていました。マーケティングサイエンスの一般的な手法のひとつで知られる共分散構造分析をする際も、”好き”だから”購買”するという因果関係でモデルを組んでいました。
しかし、小野教授の示した「ロイヤリティ分類」を見ると、使っているうちに態度的ロイヤルティが高まり”好き”になる場合も十分に考えられます。富永さんが指摘したように、まずは弱い「Related(つながり)」があって、少しずつ距離が縮まっていくのです。
つまり、”購買”すると”好き”になるという、逆の因果関係も起き得るのではないでしょうか。もしかしたら保有効果(行動経済学の心理傾向のひとつで、いま保有しているものの価値を高く感じて手放したがらない傾向)が働いているのかもしれません。
筆者の疑問に対して、富永さんは「消費者行動論のABCモデルで考えると良いかもしれない」と教えてくれました。それぞれAffect(感情)、Behavior(行動)、Cognition(思考)の頭文字を意味しています。例えば、感情を抱きようがない、大量生産されたコモディティ商品の場合、まずBありきでCがあって、Aは起きません。
例えば、清涼飲料水の場合、大量に放映されたテレビCMによって、まずCがあってBがあって、飲んで美味しかったらAに繋がるでしょう。ラグジュアリーブランドの場合、まずCがいっぱいあって、どんどん好きになっていきAが高まり、最終的にBが起きるでしょう。つまり、商材が属しているカテゴリによって”好き”が生じる順番やタイミングは異なるのではないか、というわけです。

「好きだから購買も起こるし、購買したら好きになるだろう。だから、自社ブランド(自社カテゴリ)では、消費者はどのような行動を起こすかを知るべきだ」という富永さんの指摘はもっともです。
小野教授は「反復購入するものは、最初に買い始めたときと、ある程度の時間が経過したときでは”好き”のポイントが異なるはず。何が選好に影響するかは変わる」と教えてくれました。
初回購入のライトなユーザーと、何度も繰り返し買っているヘビーユーザーでは、見るべきポイントも当然変わるでしょう。慣れてくると今度は”飽き”との戦いが始まりますから、飲食であればフレーバーを増やすなどして、既存顧客の購入頻度を維持させようとするブランドは多いはず、と小野教授は話します。
“好き”も続けば”飽きる”とは、インパクトのある表現だと筆者は感じました。”好きで居続けてもらう”ためには、手を替え品を替え、気持ちを維持することが必要なのでしょう。
飽きるほど反復購入するということは、ザイアンス効果(同じ人や物に接する回数が増えるほど、その対象に対して好印象を持つようになる効果)か、現状維持バイアス(現状を変えて「何かを失うかもしれない」という不安が「何かを得られるかもしれない」という期待を上回る心理状態)も影響しているでしょう。
リピート回数と満足度の因果関係
”飽きる”とは「商品に対する満足度が低くなった状況」ですが、では満足度が高ければ、飽きることも無いのでしょうか。満足しているけど「今はいいかな」と”理由にならない理由”で忌避される可能性も十分考えられます。果たして、顧客満足度とリピート回数に、因果(相関)はあるのでしょうか。
松本の疑問に、小野教授は「追加でもう1品買う、グレードの上がった商品を買うなどリピート形態は様々で、単価に跳ね返るか、頻度に影響を与えるか、業種業態や商品特性によって異なるはず」と答えます。その上で、サービスを体験した直後に満足度を問うても、その日の天候や気分に左右されて、リピート回数との相関は、あまり見られないと、教えてくれます。先に紹介したロイヤルティ分類でも、心と行動が必ずしも一致しない事例は、あると学んだ通りです。
ただし、累積顧客満足度という「過去6カ月の経験を振り返っての満足度」であれば、撹乱要因が排除されて、”好き”が売上に影響を与えるか見えてくるようです。実際、ある飲食店チェーンの既存店売上高対前年比と、そのチェーン店に対する累積顧客満足度は高い相関があると、複数の事例をもって説明してくれました。特に飲食店は顕著だそうです。
その時点の累積顧客満足度が、次回の購買に影響を与えると考えれば、(時間のラグは業種によって異なるでしょうが)売上の落ち込みを知るのに「累積顧客満足度」が先行指標として大いに役立つのではないかと筆者は考えました。
「言葉の解像度」を上げていく
セッションを通じて「好き」という意味合いを深堀りしていくと、私自身が様々な気付きを得られました。一番の気付きは「”好き”という言葉の解像度の粗さ」です。
なるほど、確かに大事な言葉ではあります。しかし、”好き”はファクトではなく、消費者の心の状態を表していなければ、企業側の施策にも落ちていません。誰も反対しようが無い言葉ですが、言い換えれば「so what?(だから、何?)」なのです。

最後に、「好きになってもらう」という言葉の解像度を高めて、どう言い換えるべきなのか富永さん、小野教授に問いました。
富永さんは「まずは関係をつくることです。ブランドの性質からどういうつながりが生まれ、LOVEに行き着くかを考えるべきでしょう」と言います。行動経済学も、消費者との関係性を結ぶためのツールのひとつとして考えても良いかもしれません。
小野教授は「ある商品を買っている人が300万人いたとして、本当に好きな人は50万人、残りは”好き”では無いけど、なんとなく買った人だとしましょう。全ての人に等しく好きになってもらうのは難しく、”見せかけのロイヤルティ”を示した人が100万人いても良いと考えます」と話します。
”見せかけのロイヤルティ”と表現するとマーケター的には「芯を食っていない人たち」と捉えがちですが、”好き”に限定するほど市場は小さくなるので、それでも良いというのは、重要な指摘です。
セッションを通じて、様々な観点から”好き”を深堀りできました。リアルタイムにご覧になられた方からも多数のコメントをいただきましたし、今回のレポートで初めて知ったという方もおられるかと思います。ぜひ、Twitterで私(@matsuken0716)まで感想をお寄せいただければと思います。