クローゼットや机の引き出しと同様、なんだか覗いてみたくなる他人の本棚。各界の大の本好きに、普段は見せない「奥の院」を見せていただきます。(取材・文/大平一枝 撮影/本城直季)
「人生を変えるほどの衝撃は本からしか得られない」
「実家は酒屋で、両親は本を読まない人でした。読書に目覚めたのは高校生のとき。多種多様な傾向の人と初めて出会い、刺激を受けたのがきっかけです」
フランス文学者であり、古書コレクターでもある鹿島茂さんは述懐する。本のために、3、4度転居を繰り返した。
「最初に、越さないと〝やばい〟と思ったのは20年前。以来自宅と書斎を分けたり、あれこれ工夫してきましたが、今は自宅兼仕事場にし、本を収納する部屋を別に借りてスタジオとして貸しています。本棚を背景にした撮影など、意外に需要があるんですよ」
19世紀の豪華な美術雑誌『フィガロ・イリュストレ』をまとめたもの。1冊約7キロ。パリの蚤の市から何度かに分け、歩いて持ち帰った
棚の内側にビスをつけ、外側の凹凸をなくすことで、書棚を並べた際の無駄な隙間を追放。本の高さに合わせ棚板も細かく設置できる
1830年代のフランスの仮綴じの全集。当時は購入後、個人で職人に製本をしてもらうのが通例。紙の原料は、女性の下着などリネンを使用
ほかにも、本との付き合い方には工夫がいっぱいだ。例えば年に3、4度行くフランスでは、毎回古書店や蚤の市、お気に入りの書店で大量に買い込む。「スーツケースの上限は23キロ。行きはカラで、帰りは満杯に。でもね、手荷物でも結構詰めて持ち帰れるんです。これも大きい」
限られた空間に1冊でも多く収納して、できるだけ隙間や凹凸をなくし、整然とさせたい。地震対策もきっちりと。そんな思いが高じて、オリジナルの書棚「カシマカスタム」までつくってしまった。
18世紀の建築家、ジャン=ジャック・ルクーの図録。プティ・パレ美術館で購入。大量に設計図を遺しながら建築物は1点もない
「ヒトラー伝はずいぶん読んだが、本書が決定版。あらゆる史実が網羅され、ファシズムの成立の過程がよく分かる」
必要に迫られてやっているのであろうが、鹿島さんと本との交わりは、ひどく楽しそうだ。すると彼は意外なことを言った。「僕は本来怠け者で、夏休みの宿題も最終日に慌ててやるタイプ。書評の仕事がなければ、きっと本など読まずダラダラしているはず」
「吉本さんのことを再び書くことになり、再読中。昔理解できなかったことが、今は分かったり、読書の妙味を感じる」
漫然と読んでいると何も入ってこない
挿絵文化が開花した19世紀の風刺画家グランヴィルの書。繊細な挿には、木口(こぐち)木版という印刷技法が用いられている
プラハはパリの次に好きな街。中東欧のモダニティを牽引した装丁家カレル・タイゲを軸にシュルリアリスムの成り立ちを理解できる
書評は初心者に伝えなければならない。それがいいと語る。
「僕は本を自分のために漫然と読むのがいやなんです。初心者にも分かりやすく伝えるために本を読むと、あ、今、俺のものになったと感じる瞬間がある。おかげでだいぶ頭がよくなった(笑)」
ところが読書時間は「暇を見つけて適当に」と曖昧だ。あとで、夫人がそっと教えてくれた。「読んでいないときがない。仕事場を分けていたときはご飯を食べるのも忘れて読んでいるので、様子を見られる今はほっとしています」。
自覚のない読書狂は、最後に、彼の来し方が投影された鮮やかな一言をわれわれに託した。それが表題である。
20世紀、フランスで活躍したポール・ギヨームなど美術史の脇役、画商に焦点をあてた。画家と画商のせめぎあいも興味深い
猫はシャルトリュー
リサ・ラーソン作の陶器のオブジェ。イラストレーターの夫人がイーベイで落札したもの
棚板のダボの間隔は通常の本棚よりかなり狭い
つっぱり機能つきで地震にも強い
鹿島さんへのQ&A
Q 本はどこで買いますか?
A 年に3、4回フランスでまとめ買いをします。古書店のほか、新刊はサンジェルマン・デ・プレの「ラ・ユンヌ」かサン・ミッシェルの「ジベル・ジュンヌ」で。パリの書店は英語の本が少ないので、イギリス人向けの書店ものぞきます。
Q 本はいつ読みますか?
A 起きてから寝るまで、いつでも。最近は「オールレビューズ」という書評サイトを運営しているので、スマホに時間を取られてしまうことも多いですね。
Q この書棚は?
A 奥行きにむだのない17㎝の薄型で、棚の高さを細かく調整できるオリジナル。「カシマカスタム」という商品です。要望を詰め込み、理想の形になりました。
鹿島 茂さん
フランス文学者、明治大学教授。1949 年、横浜市生まれ。東京大学仏文科卒業後、同大学大学院満期退学。明治大学国際日本学部教授。専門は19 世紀フランス文学。『職業別パリ風俗』で読売文学賞受賞。新刊に『東京時間旅行』(作品社)など。膨大な古書を有し、書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評のアーカイブサイト「オールレビューズ」も主宰する。
※情報は「リライフプラスvol.32」取材時のものです