eスポーツ元年と呼ばれた2018年を皮切りに、eスポーツ競技タイトルも増加。もちろん格闘ゲームのタイトルも増え続けている。一方で、プレイヤーに要求されるのは正確なコマンド入力と、抜群の操作性を持つアーケードスティック(以下、アケコン)だ。
プレイヤーにとってアケコン選びは重要なポイントのひとつとなっていて、外観だけでなくボタンやレバーにこだわる人も少なくない。最近ではこだわりのパーツでアケコンを自作するユーザーも増えてきている。
そんな中、今年40周年を迎えたアミューズメント機器のパーツを製造し続けている「セイミツ工業株式会社」(以下、セイミツ)が立ち上がった。鉄拳のトッププロゲーマーであるノビ選手監修による、新型のジョイスティック「LSX-NOBI-01」シリーズを開発。より、こだわりを持ったプレイヤー向けに、今までの常識を覆したスティックを誕生させた。
今まで沈黙を守ってきたセイミツが、ついにベールを脱ぐ。セイミツ40周年の歴史や、ボタンパーツ製作のノウハウ、新製品の特徴などなど、代表取締役社長の迫田和正さん、生産管理部部長の鈴木伸一さんにおうかがいした。
セイミツと三和は同じ会社だった? セイミツの歴史に迫る!
——まずはじめに、セイミツがどんな会社でどんな歴史を歩んできたのか、ぜひお聞かせください。
迫田氏(以下、迫田):実は従業員の中に、創業時代の人間は誰もいないのですが、もともとは清水さんという方が「株式会社セイミツ商事」を立ち上げたのがはじまりだったようです。
——以前、三和電子株式会社(以下、三和)さんにインタビューさせていただいたのですが、もともとはセイミツと三和は同じ会社だったというお話をおうかがいしました。
迫田:はい。そういった話はSNSでも目にする機会があったので、我々も今回のインタビューに備え、ルーツを調べてみました。
——おおっ!
迫田:そもそも「株式会社セイミツ商事」とは別に、三和エレクトロニクスという販売会社がありました。「株式会社セイミツ商事」がアミューズメント機器のパーツなどを委託製造し、三和エレクトロニクスが販売をするという構図だったんですね。
ところが、ある時この構図が崩れはじめ、三和エレクトロニクスは、三和電子株式会社と株式会社セイミツのふたつの会社に分かれることに。最終的に三和エレクトロニクスは、株式会社セイミツと合併していますけどね。
▲新聞「ゲームマシン」より。1983年1月1日付けで、「三和エレクトロニクス」が「株式会社セイミツ」と合併。「株式会社セイミツ」となったという記事が残っている(出展:アミューズメント通信社発行の「ゲームマシン」1983年2月1日205号4面)
——なるほど、同じセイミツでも「株式会社セイミツ商事」と「株式会社セイミツ」のふたつの会社が存在していたんですね。
迫田:そのようですね。なぜ会社をふたつに分けていたのかまではわかりませんが、株式会社セイミツの方は、事業がうまく行かず、ほどなくして倒産……。その後「株式会社セイミツ商事」の方は、子会社である株式会社水光(すいこう)を吸収。再編成して新たな道を進むことになりました。
ただ商事というフレーズが、ちょっと会社の方向性と異なる部分もあったので、1993年には工業という名前に変え、現在の「セイミツ工業株式会社」となりました。
▲迫田さん協力のもと、「セイミツ工業株式会社」の歴史を年表にしてみた。セイミツと三和がもともとひとつの会社だったという説はちょっと意味合いが違っていて、三和エレクトロニクスと合併したのは、倒産した株式会社セイミツの方。40周年の歴史を持つ「株式会社セイミツ商事」とは別のラインで動いていたことが、今回の取材でわかった
——迫田さんのおかげで、ずっと謎だった部分が解明できました! そう考えると、セイミツと三和が袂を分かつという状態ではなかったわけですね。
迫田:そうなりますね。まあでも私は何に対しても敵対心を持たない人間ですので、バチバチやりあってるとかはないですよ(笑)。
鈴木氏(以下、鈴木):三和電子の鵜木さんとはよく電話で話してますしね(笑)。
——そうだったんですねー。いやいやホッとしました(笑)。ちなみに、迫田さんが社長に就任したのはいつ頃だったのですか?
迫田:2019年の10月25日になります。私はもともと印刷関係の仕事を担当していて、セイミツの印刷物もすべて私が手がけていたのですが、先代の社長が引退するのが決まったとき、先々代の社長に「引き継いでくれないか」と頼まれましてね。私が就任することになりました。
これからの時代は業務用ではなく、 コンシューマー用だと路線変更をした2019年
——セイミツさんといえば、一部のユーザーだけが密かに知っている「知る人ぞ知るメーカー」的なイメージでした。しかし、昨年からTwitterを始動させたり、オフィシャルサイトがリニューアルされたりして、急に表に出始めたというか(笑)。昔からセイミツを知っている私からしたら、「あれっ、セイミツさんどうしちゃったのかな?」と、ビックリした記憶があります。
▲2020年7月以前のセイミツ公式HP。どことなく手作り感のあるレトロな作りが、逆に玄人っぽいイメージをかもし出していた
▲現在のセイミツ公式HP。スタイリッシュで今風なデザインにリニューアル。販売サイトは独立され、クレジットカードに対応するなど格段に利用しやすくなった
迫田:私が就任した時に思ったのは「目指すのは業務用ではなく、コンシューマー向け」だと確信していました。ゲームセンターはどんどん縮小してなくなっていくし、eスポーツが注目を浴びるようになって——。「今なにが流行っているの?」ってなると、アケコンになるわけです。
そこでまず、鈴木に市販されているありとあらゆるアケコンをそろえなさいと指示をしました。
彼は設計も行っているので、うちの製品との互換性を調べてもらったんです。そうしたら、一部のアケコンにセイミツの主流である「LS-32-01」シリーズが取り付けられないことがわかり、急きょ開発したのがMSベースのスティックになります。
MSベースとは
レバーはもともとゲームセンターの筐体に取り付けるために作られていたパーツで、筐体に応じたベース板が取り付けられている。セイミツ製のスティックは基本的にSSベースが付いていた。
▲セイミツ製の代名詞でもある「LS-32-01」シリーズ。SSベースは段差があり、ネジ穴の位置が特殊なため、装着できないアケコンが多い
今回アニバーサリーモデル発売にあたり、ベース板をMSベースに変更。通常の「LS-32-01」にもMSベースが取り付けられた「LS-32-01-MS」も販売されている。
しかもちょうど40周年という節目でもあったので、どうせだったらアニバーサリーモデルとして出してみようということで、発売されたのがこれです。
▲セイミツの代名詞でもある「LS-32-01」シリーズをベースに、さまざまなアケコンに換装できるようモデルチェンジをした「LS-32-01 40thアニバーサリーモデル」。側面にはシリアルナンバーも記載されている
——以前のものと何が違うのですか?
鈴木:以前のモデルはアーケードで『ストリートファイターII』が稼働していた頃の筐体に取り付けるために設計されたもので、PlayStation®4が発売する前くらいまでに販売されていたアケコンには対応していました。
ただ、それ以降はアケコン内部の形状が変わり、三和さんのレバーを基準に作られるようになってしまいました。結果、セイミツのモデルだと換装できないものも出始めるように。
そこで、アケコンの形状にうちが合わせる形で開発されたのが、このMSベースなんです。
——なるほど!
鈴木:今まではセイミツ製のレバーに換装できないと思っていたユーザーさんも、「なんだ付くじゃん!」ってなって、「LS-32-01 40thアニバーサリーモデル」から一気に注目されるようになりました。
迫田:MSベースの板自体は、先に完成はしていたのですが、いつ出すかというタイミングを考えていたところの40周年なので、「ここだ!」と思いましたね。
——「LS-32-01 40thアニバーサリーモデル」のセットはものすごい豪華ですよね! 今まで思っていたレバーの概念が変わったというか。
▲シャフトやスプリングはもちろん、Eリングやパッキン、ガイドといった予備パーツまでてんこもりの「LS-32-01 40thアニバーサリーモデル」のセット。1,500台限定で、現在は千石電商や、ATTASA SHOPといった限られた場所でしか手に入れることはできない
迫田:そもそも、このベース板ってアーケードスティックの天板に隠れてしまうんだから、こんな場所に印刷していても無駄じゃないかって思いませんか?(笑)
——確かに(笑)。
迫田:ただ、商品を開けたときにお客さんに喜んでもらいたい。そういう気持ちもあって、このセットを作ったんです。
そうしたら、なぜか同じ人が2個とか3個とか買うんですよ。「どうしてだろう?」って思ったら、どうやら飾る用にもうひとつ買っているみたいで(笑)。それで彼(鈴木)が、3Dプリンターで台座を作って、そこにレバーを飾ってTwitterに投稿したんです。
そうしたら今度は「ぜひ、台座も作ってください」って。海外のユーザーさんも含めて問い合わせが来たので、慌てて作りましたよ(笑)。
——海外からも! 確かに、セイミツファンって根強いですもんね。
迫田:私もTwitterではじめて知りました。
——ところで、なぜ長さの違うシャフトが入っているんですか?
迫田:市販されているさまざまなアケコンに装着してみてわかったのですが、アケコンの種類によっては、換装時にシャフトの長さが変わってしまうんです。だったら、長さの違う3本セットにしちゃおうと。
あと「見せるジョイスティック」があってもいいんじゃないかと思いましてね。特殊な加工でキズがつきにくい金メッキ加工にして豪華に仕上げました。
——すごい。いやあ、迫田さんと鈴木さんの遊び心、最高です!(笑)
▲台座があれば、いろいろなところに飾れる。ゲーマーならではのインテリアとしても楽しめる
——緑はセイミツさんのカラーなんですか。
迫田:そうですね。我々が着ている作業服や封筒など、社内のものは緑で統一されていますね。
鈴木:でも、昔は青だったらしいですよね。それこそ「セイミツ商事」時代は青だっていう説もあるんです。
迫田:えっ? そうなの? だからここ(サブガイド)が青なの?(笑)
セイミツ製サブガイドについて
セイミツ製レバーには、ガイドのほかにサブガイドとよばれるパネルが装着されている。これは簡単に取り外すことが可能で、取り付け位置を変更することで2方向、4方向、8方向タイプに変更できる。
▲この青いパネルがサブガイド。購入時はこのように取り付けられている。この状態はベースとなる8方向で、上下左右のほか斜め入力もできる
▲右にずらせば4方向タイプに。上下左右のみの入力になるので、「テトリス」や「ぷよぷよ」シリーズのようなパズルゲームで重宝する
▲左にずらせば2方向に。上下ないし左右のみの入力が可能になる。「インベーダーゲーム」のような一部のタイトルで使われる
鈴木:調べていくと、昔の夏服って青色なんですよ。いつの間にか緑に変わっているんです。ただ、どのタイミングで緑に変わったのかまでは、僕たちもわからないんですよ。
——へえ。奥深いですねー!
迫田:こういうルーツって実はほかにもあって、例えばこのアニバーサリーモデルのレバーボール部分に描かれているマーク。これも実は意味があるんです。漢字にしてみると何かに見えません?
▲実はこのマーク、さまざまなセイミツ製のパーツに刻印されている。先ほど紹介したサブガイドにも刻印されているのだ
——漢字? んー、米とか?
鈴木:あー、やっぱり。皆さん最初は「米」っていうんですよ(笑)。
——あっ、光?
迫田:そうです!
セイミツのルーツでもある「水光(すいこう)」という会社の光の部分から作られたマークなんです。この「水光」という会社は、冒頭でお話しした清水さんが最初に作った会社になります。
——なるほど。その光のなごりがメーカーのロゴになっているんですね。いやあ、深い!
迫田:私たちが今やっていることは、すべて「遊び心」から来るものなんです。それは社員にも伝えてあることで、「遊びでいいんだよ」とか「くだらなくてもいいんだよ」とか、とにかく「遊び心」を持って物作りを考えなさいと伝えています。
ユーザーさんにも作る楽しさや改造する楽しさを味わっていただきたいですしね。すべては「ホビー感覚」から来ています。
その延長線で作ったのが、去年ひっそりと発売された「クリスマスエディション」です。
——えっ、そんなのあったんですか?
迫田:知らないでしょ(笑)。アニバーサリーモデルも販売されて、12月になる頃「クリスマスやるか」って冗談でいったら、鈴木が「いいですね」ってノッてきてくれて(笑)。
じゃあ、どうしようかってなったときに「ボタンを組み合わせちゃったらどうですか?」ってできたのがこれです。
セイミツ工業から、クリスマスエディションを100台限定でサイトのみですが販売予定デス🧐
— セイミツ工業株式会社 (@seimitsuJOY) December 3, 2020
アニバーサリーモデルとは色違いのロゴ入ボール付純正LS-32-01にクリスマス仕様のPS-14-Kが8個付いて、更にオマケがついた特別仕様になります。
クリスマスイブにお届け出来るように発送します。 pic.twitter.com/zp1KalHdy7
▲アニバーサリーモデルのレバーボールと同じデザインだが、カラーが赤に変更。またボタンも赤と緑を入れ替えた特別モデルを同梱。限定100個で販売されていた
鈴木:ボタンの土台部分と、キャップの部分を入れ子にすることで、クリスマス感を演出してみました(笑)。
——あはは。これも面白い!
迫田:こうやって、コンシューマー向けに力を入れて、常にユーザーさんの要望に応えていきたいと思っています。
セイミツ独特のカチカチとした入力感のヒミツはヒンジにあった
——ここからは、少し原点に戻ってお話を進めさせてください。セイミツ製のレバーと言えば、あのカチカチとした入力感だと思います。特にシューティングをプレイされるユーザーには絶大な人気がありますよね。この入力感はどこから生まれたのでしょうか?
鈴木:セイミツ製のレバースイッチは、元々Panasonic製でした。そのPanasonic製のスイッチが、現在主流のオムロン製よりも重く、重たい分しっかりとオンオフができるんです。
このしっかりと入力できるという部分が、特にシューティングをプレイするユーザーさんに好評でして、いつからかシューティングのセイミツ、格闘の三和というふうに呼ばれるようになりました。
——なるほど。現在のスイッチもPanasonic製なんですか?
鈴木:いいえ。Panasonic製のスイッチは生産が終了してしまったので、2016年以降はオムロン製になっています。ただ、Panasonic製のスイッチの重さを再現するために、特注のものとなっております。
——おおっ。ここに違いがあったんですね。
鈴木:そうですね。海外のスイッチなど、さまざまなタイプのスイッチを試したのですが、やはりセイミツは国内生産が大きな特徴でもあるので、オムロンさんにご協力いただき、以前の性能に近いスイッチを作っていただきました。
——大きな違いはなかったんですか?
鈴木:実は展示会で、別々のスイッチを搭載したレバーを使ってブラインドテストしたんです。そうしたらほとんどの人が違いに気づかなくて。ただ、それでも2割くらいのユーザーさんは違いに気づいてましたね。
ただ、逆をいえば8割の人が気づかなかった。このブラインドテストは大きな自信になりました。
——そうして、パーツの根本が変わった今でも、かつての入力感がしっかりと再現できているんですね。スイッチ以外で、入力感にこだわっている部分はありますか?
迫田:ヒンジですね。
▲セイミツ製のレバースイッチ部分。スイッチの本体から鉄の板が飛び出している。このヒンジと呼ばれるパーツがレバーを倒した際に押し込まれ、赤いスイッチへと入力が伝わる仕組みになっている
▲一方、三和製のスイッチ部分は、レバーを倒した際、ダイレクトに赤いスイッチに入力が伝わる仕組みになっている
ヒンジがあることで、レバーとの接点が広く、一定の力がスイッチに伝わるため、誤作動が少なくなっています。そこに「しっかりと入力している」という感覚があるんです。
——なるほど。個人的な考え方だと、直接スイッチにふれた方が伝達が早く正確なのでは? と思ってしまいます。このヒンジにこだわる理由があるとすれば、それは何になるのでしょうか?
迫田:ひとことで言えば「ムラ」です。
丸いスイッチを直接押した場合、その入射角によって入力のムラが生じてしまいます。ところがヒンジのように板であれば、スイッチに伝わる力は一定になり、ムラがなくなるということです。
——なるほど! ヒンジにこだわる理由というのは、そういうところだったんですね!
ここからは、ついに発売されたプロ監修モデル「LSX-NOBI-01」シリーズをはじめ、未公開の新作レバー+ボタンについてお話をうかがっていきます!
誤作動をなくすことからはじまった ノビ選手監修モデル「LSX-NOBI-01」誕生秘話
——ちなみに、eスポーツが話題になったのは、eスポーツ元年とよばれる2018年くらいからだと思うのですが、セイミツさん自身も肌で感じていましたか?
鈴木:いやあ、完全に後からですね。2018年とか2019年に開催されていた「EVO Japan」のような大きなイベントが開催されていた頃は、まだ社長が先代でしたので、そういうイベントでの出展はしていなかったんです。
——確かに、「EVO Japan 2019」でも三和さんのブースはあっても、セイミツさんのブースはなかったですもんね。
鈴木:はい。もちろん「出展しませんか?」というお声はかかっていたのですが、やはりそこは先代の判断で出展しないという形になっていました。
ですので、eスポーツの波が来たタイミングでは、我々はまだ準備段階というところでしたね。
その流れで社長が変わり、コンシューマーに力を入れようと思ったところ、たまたまプロの選手と接点ができて、たまたまプロモデルのレバーを開発するきっかけができたということです。
——それが「LSX-NOBI-01」シリーズ。いわゆるノビ選手監修モデルなんですね。
鈴木:はい。
——最初にビックリしたのが、この梱包ですよね。まさか、この中にレバーが入っているとは思いませんでした(笑)。
迫田:このパッケージ化することは、我々にとってコンシューマー向けに商品を開発する意識改革のひとつでもあります。例えばこのレバーだけだったら、あくまで部品です。ここまでくれば商品になります。
やっぱり、購入されたお客さんにビックリしてもらいたい、喜んでもらいたいという気持ちもありますからね。
▲2021年3月8日に発売されたノビ選手監修レバー「LSX-NOBI-01-PRO」と「LSX-NOBI-01-STD」。手にした瞬間のワクワク感は、新しいおもちゃを買ったときのようだ
——確かにこれはテンションあがります! またレバー自体も今までにない形状をしていますよね。
▲ベース板部分にイラストが入っているのはもちろん、レバーボールの形状もいままでのとは違う形状になっている。また、ベース板は薄いフィルムで保護されている。こういった小さな気遣いがうれしいポイントだ
迫田:ノビ選手に言われた「誤作動をなくしてほしい」というところからのスタートでした。レバーのシャフトが柔らかいと、一方向に入力したときに反動で逆側にも入力されてしまい、誤作動が起こるということでした。
鈴木:振り子の原理ですね。
迫田:それをなくすのが一番大変でした。ノビ選手が鉄拳のトレーニングモードで、キーディスプレイを見ながら検証して、「これです。これ!」って、画面上の矢印を示すんです。
▲昨今の格闘ゲームではスタンダードになっているトレーニングモード。プレイヤーがどのようなコマンドを入力したのかがわかる「キーディスプレイ」表示機能がある
「えっ? このひとつの矢印をなくすの?」って思いましたよ。たったひとつの入力をなくしていく作業は本当に大変でした。それこそ何回も試作品を作っては、何回もダメ出しをされて(笑)。
——なんというかファーストインプレッションは、ストロークの短さに驚きますね。
鈴木:そうですね。反応速度をよくするためにストロークは短めにして、かつニュートラルに戻るスピードも早くなるように設計してあります。ただ、戻りすぎると今度は逆側に入力されてしまいますので、そこの強度を調整するのがとても難しかったです。
▲代表取締役社長の迫田和正さん(写真左)と生産管理部部長の鈴木伸一(写真右)さん
迫田:ストロークを短くすれば、その分反動で戻ったとき反対のスイッチが入力される距離も短くなるわけです。
——なるほど。単純な考えだと、シャフトを固くすれば良さそうと思ってしまうのですが。
迫田:そうなんです。それで一度シャフトを固くしてみたのですが、「疲れる」って(笑)。
——あはは。確かに固くすればするほどプレイヤーの負担は大きくなりますもんね。なぜレバーボールがこの形なのですか?
迫田:ノビ選手とのコラボということもあり、「丸じゃ面白くないよね」って鈴木と話していたんです。そうしたら、彼が試作品を10種類以上作りましてね。
鈴木:フットボールみたいな形にしたり、キノコのような形状にしてみたり、とにかくさまざまなレバーボールを作ってみました。そして最終的にノビ選手が選んだのがこの形状だったというわけです。
▲いわゆるナスレバーと呼ばれる形状に近い円柱のような形状をしているのが特徴だ。サイズ違いを何種類も作り、最終的にこのサイズに決まったとのこと
鈴木:さらにこだわりの部分としてシャフトが回転しないんです。
——えっ? あっ、ほんとだ!
鈴木:これもノビ選手の要望のひとつでした。
▲通常のシャフトは、全体的に円形をしているため、軸がくるくる回るようになっている。一方「LSX-NOBI-01」シリーズでは装着面が長方形のようになっているため、レバーが回転しないようになっている。なお、白い液体はグリス
——なぜシャフトが回転しない方がいいんですか?
鈴木:「鉄拳」シリーズによくあることなのですが、2P側(キャラクターが右側にいる状態)で真価を発揮するんです。
「鉄拳」シリーズでは、キャラクターが向いている方にレバーを倒すことが多く、人間の手首の構造上、キャラクターが左側にいる状態の方がレバーを動かしやすくなっています。右側にいる状態ですと、手首を引く動作が多くなり、そもそも入力しづらいんです。
ノビ選手を含め多くの鉄拳プレイヤーは、力を逃がすために弾くようにコマンドを入力しています。
シャフトが回転してしまうと、弾いたときにスイッチまで入力が伝わないこともあり、そこで誤作動が生じてしまう。ということで、シャフトを回転しないようにしました。
——なるほど!
迫田:だから一から出直しになっちゃって(笑)。
——構造の根本から見直さないといけないことになってしまったんですね。
鈴木:また、ガイドも特殊な形状になっています。日本では四角形のガイドが主流ですが、韓国では円形のガイドが流行っています。円形のメリットは回転系のコマンドが入力しやすくなるところですが、反面斜めの入力がわかりづらいというデメリットもあります。
▲上が一般的な四角形のガイドで、下が円形のガイド。四角形の場合、斜めに入力したときに角があるため、プレイヤーが斜めに入力したというイメージがつきやすいのだ
ただ四角形の場合は上下左右のストロークに対して、斜めのストロークが長くなってしまう。つまり入力が一定でなくなってしまうということで、「誤差」が生まれてしまう。ということで、特殊な形状のガイドを導入しています。
▲「LSX-NOBI-01-PRO」のガイド。上下左右はもちろん、斜め入力のストロークを一定にするため、微妙な八角形になっている
迫田:最後の最後までこのガイドの形が決まらず、ミリ単位で削っては試してもらって、この形状が完成しました。
鈴木:ただ、この形状はあくまでノビ選手のために作られた特殊な形状であって、一般的なプレイヤーには向いていない可能性があります。そこで開発されたのが「LSX-NOBI-01-STD」のガイドになります。
▲「LSX-NOBI-01-STD」のガイド。丸みを帯びた四角形を保ちつつ、上下左右にラウンド状のくぼみが入っていることで入力のストロークは一定を保つという仕組みだ
鈴木:「LSX-NOBI-01-STD」は、バネの固さも若干柔らかめにすることで、入力のしやすさを実現しています。
——確かに、「LSX-NOBI-01-STD」は、上下左右に入力したときに、この溝にカチッとはまるから、入力したときの感覚が掴みやすいですね! 「LSX-NOBI-01-PRO」と「LSX-NOBI-01-STD」のガイドを入れ替えたらそれはそれで面白そう。
鈴木:もちろんお互いのガイドを交換することもできます。ユーザーさんの中にはふたつ同時に購入されている方も多いので、試す人もいるんじゃないかなあ。
——ちなみに、このレバーパッキンが2重になっているのには、何か意味があるのですか?
鈴木:これはノビ選手の要望のひとつで、動きやすさを重視するためにグリスを多く塗っています。そのグリスが漏れないための蓋として2重になっているんです。
換装時にひとつは天板の下に、もうひとつは天板の上で挟むように使ってください。
——なるほど。本当に細部にまでこだわりが詰まってますね! モデル名の横に書かれている1.04とか1.08という数字は何を表しているんですか?
鈴木:実はこれ意味はないんです(笑)。
——えええっ!
鈴木:ノビ選手がその数値を指定しただけで、我々の中では特に意味はないんですよ。スプリングの強さとか、そういうのをイメージしちゃいますよね(笑)。
迫田:ノビ選手ご本人がなにか意味を持ってつけられたのかもしれませんね(笑)。
——逆に気になる!(笑)
筆者のミスから生まれた新製品発表!
——ノビ選手監修モデルの次に考えている新商品はありますか?
鈴木:逆にひとつおうかがいしたいことがあるんですけど、いただいた企画書の中に「静音レバー」と「静音ボタン」についての記載があったのですが、どこからその情報を入手したんですか?
——あっ、スミマセン。これ完全に私のミスでして。企画書を作成するにあたり、以前インタビューをした三和さんに提出した企画書をベースに作ったんです。それで最後の一行の部分「静音レバーと静音ボタンについて」という項目を消し忘れちゃって……。
鈴木:なるほど、そういうことだったんですね!
実は今開発しているのが静音レバーとボタンなんですよ。いや、ビックリしましたよ。社内でも限られた社員しか知らない情報をなんで知ってるんだって(笑)。
——いやあ、お恥ずかしいミスをしてしまい……。って本当に出るんですか!
鈴木:はい。まだプロトタイプで改良中なのですが、こちらになります。
——おおっ。音がしないけど、入力感がある! これはどうなってるんですか?
鈴木:これはスイッチとガイドが特殊になっています。
単純にスイッチを静音化すれば音はでなくなります。ただ、それだけだと入力感が失われる。セイミツの代名詞でもある「入力感」は絶対に残したかったので、ヒンジは残してあります。
——ほんとだ。だから、静音だけど確かな入力感があるんですね。
鈴木:そうですね。あとはガイドの大きさが異なります。通常のものに比べ広くなっているのがわかると思います。
▲こちらは静音レバー試作品のバージョン1。黒い部分がガイドで8角ガイドのような形状をしている。また、通常のものに比べると、ヒンジ部分が見えるほど大きくくりぬかれているのがわかる。またよく見ると正円ではなく、「LSX-NOBI-01-STD」のようなラウンド型のくぼみが見られる
▲こちらは静音レバーのバージョン2。より初心者向けということで、ガイドが4角になっているのがわかる。ガイドの素材はジュラコン樹脂なので、抵抗が少なく滑らかな動きが実現
ガイドが大きい分、ストロークも長くなります。これが入力感を損なわずに静音化するための秘訣ですね。ただ、ストロークが長くなる分、ニュートラルに戻す距離も長くなりますから、スプリングを強化してニュートラルの戻りも良くしています。
——おおっ。これは新感覚ですね!
鈴木:あとは、接続方法がファストン端子という部分ですね。
昔の筐体や、現在のアケコンなど、さまざまな機種に対応するために、ひとまずファストン端子に変換ケーブルをつけたモデルを作っています。
——なるほど。ファストン端子なら上下左右は自分で決められるし、レバーの取り付け方に柔軟性が生まれますね。
鈴木:そうですね。そして、こちらが静音ボタンになります。こちらもプロトタイプで、今でも十分静音化していますが、ここからさらに静音化を目指しています。
——ほんとだ。音がしない! これは通常のボタンと何が違うんですか?
迫田:構造上静音化するのには、エラストマーという柔らかい素材を使っています。
——あのゴムのような素材ですね。
迫田:はい。ただエラストマーの材質だと、押した感触が悪いんです。そこで考えたのが二色成形です。
——二色成形?
迫田:スイッチにふれる部分だけをエラストマー素材にして、ほかは通常通りのPC(ポリカーボネート)樹脂にすることで、押し感は今まで通りで静音化することに成功しました。
▲よく見るとボタンの上部と下部に切り込みが見える。スイッチに接触する部分のみがエラストマー素材となっていて、それ以外はPC樹脂のようだ。こちらは試作品で完成品は、形状がさらに進化するとのこと
——おおっ。これだと、エラストマー特有のむにゅむにゅっとした押し感ではなくなりますね!
迫田:これのメリットはもうひとつあって、クリアカラーができるという点です。
鈴木:エラストマーは、あくまでゴム素材なので、色はつけられてもクリアにはできない。どうしても鮮やかな色味は出せません。
ですがボタンの上部をPC樹脂にすることで、見た目を好きなカラーにすることができると考えています。
——静音だけど、クリアパープルも作れちゃう?
鈴木:そういうことです。
——すごいっ!
迫田:うちでもボタンで売れているカラーは、やっぱりクリアなんです。鮮やかで見た目も綺麗ですしね。静音化することで、ボタンのカラーに制限がかかるのはどうしても避けたかった。そこで考えた二色成形という技術でもあるんです。
——なるほど。やっぱりカラーバリエーションって大事ですもんね。
迫田:みなさんのアケコンを見ると、とても綺麗にしているんですよね。ご自身のカラーがあったり、チームカラーがあったり。そう考えると、やっぱりカラーバリエーションは外せませんね。
——アケコン作りが楽しくなりそうですね! 最後にセイミツファンの方にひとことお願いします!
迫田:我々の意見というよりも、逆に皆様からの意見がほしいですね。
鈴木:とにかく好き勝手言ってほしいですね(笑)。
迫田:いいところはもちろん、悪いところの意見もいただきたいです。我々も完璧な人間ではないので、フィードバックを参考にして進化していきたい。どんな要望にも「やる姿勢」で取り組んでいければと思っています。
——ありがとうございました!
———
アーケードパーツの老舗セイミツ。どことなく一見さんお断り的な、マニアックな部分が秘められていたが、迫田さんのリブランディングにより、基本的な玄人好み感は残しつつも、遊び心をアクセントに、親しみやすいメーカーへと進化していったのではないかと感じた。
どんなに素晴らしい商品がそこにあったとしても、それを知る機会がなければ周知されない。そういった面を払拭すべく、大きく生まれ変わったセイミツは、今も日々新作の開発に余念がない。
「実は私が一番Twitter見てますから(笑)」と迫田さん。常にユーザーの要望に応えるべく、アンテナを張り巡らし、遊び心のあるひらめきで新商品を開発していく様子は、職人魂と娯楽魂の融合といえる。
今後もまた、ユーザーをビックリさせる商品が誕生することを願うとともに、セイミツのさらなる発展を追いかけていきたい。
【ちょっと番外編】型番について
——ちなみに、型番についてなにか法則はあるんですか?
迫田:基本的にはそのまま名称を略しているだけですね。レバーだったらレバースティックでLS、ボタンだったらプッシュスイッチでPSからはじまります。
——なるほど。例えばこのボタンだと「PS-14-K」となってますが、Kはいったい?
迫田:あっ、そこ聞いちゃいますか? そこ恥ずかしくて実はあまり言いたくないんだよね(笑)。
鈴木:実はクリアのKなんです……。
——えっ、Cではなくて?
鈴木:普通はCですよね。まあでも先代がつけた型番なので……。一応Cにしなかった理由として、「PS-14-GN-C」というタイプのボタンがあるんですよ。これはネジ式のボタンで、ボディはベタ塗りだけどネジだけクリアというちょっと変わったタイプなんですね。
そこでクリアのCを使っちゃっているからKにしたっていう理由があるんですけど、「そこはCだろー」って思っちゃいますよね。なので、説明するのはちょっと恥ずかしいんです(笑)。
——あはは。そうだったんですね。「GN」はどういう意味なんですか?
鈴木:Nはネジ式のNなんですけど、Gは謎なんですよ。
——ええっ。そうなんですか! なんでもざっくばらんに話してくれた迫田さん、鈴木さんのおふたりには本当に感謝です!
セイミツ工業株式会社オフィシャルサイト:
http://www.seimitsu.co.jp/
セイミツ工業株式会社オンラインショップ:
https://seimitsuin.thebase.in/
セイミツ工業株式会社 Twitter:
https://twitter.com/seimitsuJOY