レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの“あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。前回の音楽の核心となりうるブロウ・ユア・マインド感覚の考察に続き、第16回はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの楽曲のリズムについて考察する。
最近なぜか今から20年前、2000年に聴いていた音楽を聴き返しています。当時は中学1年生。興味の対象がロボットやタイムマシンからギターや英米のロックに移行した年でした。その頃、熱を上げていたのはリンプ・ビズキット、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、オフスプリング、ランシド、NOFXなど。これらのバンドはメディアで大雑把に「ラウド系」と括られることもありました。
先日、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(以下RATM)を聴き返していたら、「Killing In The Name」にはリズム的なおもしろい仕掛けが施されていることに気がついたので、今回こちらを取り上げたいと思います。
「Killing In The Name」はRATMが1992年にリリースしたアルバムに収録されています。日本においては2015年以降、「ナゲット割って父ちゃん」の曲として有名です。ご存知のない方もいるかもしれませんが、この曲は空耳アワーのジャンパー受賞作品なのです。
元の歌詞はといえば、警官による暴力を糾弾するものです。1991年3月に黒人男性がLA市警の警官4人から暴行を受けたロドニー・キング事件、および警官たちが裁判で無罪とさたことが引き金になって起きた1992年のLA暴動が背景にあります。歌詞に警察という単語は出てきませんが、「武力を行使する者の一部は十字架を燃やす奴らと一緒」という一節を見ればその内容は明らかであります。
RATMは今年、再結成ライブを行う予定だったそうですが、このコロナ禍で話は流れてしまった模様です。この再結成は大統領選に合わせたものだと言われています。RATMの再結成は二度目となる予定でした。一度目の再結成では来日もしており、私も幕張メッセにかけつけました。2008年のことです。
前置きはこのへんにして「Killing In The Name」のリズムを見ていきます。まずイントロ。ギターとベース、シンバル類がジャーン、ジャーン、ジャーン、ジャーンと音を4回伸ばします。音符でいうと全音符。1小節と同じ長さの音符です。読んで字のごとくですね。俗に白玉と呼ばれています。白玉で音を伸ばす間、ドラムがシンバル類を4度叩くので4拍子の曲だとわかります。この箇所をイントロ1としましょう。
続いてイントロ2。ギターとドラムが引っ込んでベースが一人で新たなリズムパターンを提示します。このパターンは2拍3連と呼ばれるものです。なんだか面倒くさそうな字面の単語が登場しましたね。
なんてことはありません。なぜなら私たちは小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」という曲を知っているから。この曲のサビでは、まさにその2拍3連が使われています。「あーのー日」から「会ーえーなかったら」と歌われる箇所です。4拍子で手を叩きながらサビを歌えることができたのなら、2拍3連をマスターしていると言って過言ではありません。聴く限りでは2拍3連はシンプルなリズムパターンです。しかし、実はやっかいな存在でもあります。そのやっかいさとはなにか?
まず最初にピザの切り分け方について考えたい。今目の前に一枚の巨大なピザがあります。これを16人で分けるとき、どのように切り分けますか。まず縦に切って2等分し、次に横に切って4等分、斜めに2回切って8等分、最後に斜めに4回切って16等分していくと思われます。2等分したものをさらに2等分して16等分するというプロセスを取るはずです。
4/4拍子の曲もこのピザの切り分け方と同様に、1小節=全音符を等分して単位を設定しています。全音符>2分音符>4分音符>8分音符>16分音符といった具合です。「ラブ・ストーリーは突然に」で言えば、Aメロの歌は8分音符で構成されており、ギターのカッティングは16分音楽で構成されています。問題の2拍3連というパターンは、2等分のプロセスから外れるものです。どういうことか。
あなたが飲み会の席で、運ばれてきたピザを首尾良く8等分したとしましょう。そこに文句を垂れる輩が現れました。「8等分のピザなんか食えるか。おれの地元じゃピザは絶対6等分と決まっているんだ。ふざけるな」、2拍3連とはそういう奴です。つまり2拍3連は1小節を6等分する6/8拍子の世界から4/4拍子の世界にやってきたトリッキーな奴と見立てることができます。
「ラブ・ストーリーは突然に」で言えば、Aメロでは8等分のピザをバクバク食べていた小田和正がサビで急に「6等分のピザが食べたい」と言い出した状態といったところです。一方、バンドメンバーは依然として8等分ないし16等分のリズムをキープしています。この話のミソは他の演奏との関係によりそのトリッキーさが立ち現れるというところにあります。
話を「Killing In The Name」に戻しましょう。ベースが2拍3連を演奏していました。「ドドドデデデ」という6つの音で1小節となります。ベースしか演奏していないのでこれを6/8拍子と解釈できないこともない。ここでは一旦保留しておきます。
続くイントロ3でバンド全体の演奏となります。「ドッドッドッ」という小節の前半2拍分の3つの音からなるフレーズはベースによる前フリもあって2拍3連のように思えますが、さにあらず。これはスペイン語でトレシージョと呼ばれるリズムパターンです。「3-3-2」と呼ぶ場合もあります。つまり8個の16分音符を頭から3、3、2とグルーピングしたものです。簡単なリズム譜で表記するとこうなります。
X・・X・・X・
トレシージョは2拍3連に似てると言えば似てるのですが、1小節を16等分したグリッド上で展開されるパターンなので異なるものです。トレシージョはシンコペートしてつんのめる感じが付与されます。アフリカのリズムを西洋的に解釈したのがトレシージョなんていう話もあります。
イントロ3では先に図示したリズム譜のようなパルスを伴った演奏が展開されます。ベースはイントロ2と同様の音形で演奏していますが、先に書いたとおり、そのリズムは2拍3連ではなくトレシージョです。
続いてイントロ4。再び2拍3連が現れます。今度はバンド全体によるキメっぽい演奏となっています。ここに至るまでテンポ自体は変わっていません。当時がプロデューサーがクリックを使わずに一発録りしたと証言している通り、演奏が走ったりセクションの変わり目でテンポが変わったりということはあります。しかし、この曲を演奏する際に4分のクリックを聴きながら演奏することは可能です。ここまでは。問題はこの後のセクション。
2拍3連のキメの後、ブレイクがあり、ここでようやくザック・デラロッチャの登場です。「Killing in the name of」と発した後に展開される演奏はこれまでと異なったテンポです。曲のど頭から手拍子しながら聴き進めると、ここで手拍子が合わなくなるはずので試しに実践してみてください。
BPMを計測するとここで115ぐらいから172に上がっています。「え、速くなってないでしょ?」と思った方は正しい。BPM172に上がっていますがハーフタイム的な感覚を伴った演奏なので実質115から86に下がったとも言えます。
ここで何を根拠に彼らは新たなテンポを召喚しているのか? という問いが発生します。気合?阿吽の呼吸?
イントロ2の2拍3連について言及した箇所でこれを6/8拍子と解釈できると言いました。彼らはイントロ4においては2拍3連を6/8拍子と解釈しています。そして、6/8拍子における8分音符の長さを基準として新たな4/4拍子のテンポ設定を行っていると考えられます。2拍3連のキメから新たなセクションに突入する箇所をリズム譜で表すとわかりやすいかもしれません。
|X・・X・・|X・・X・・|X・・X・・|X・・X・・・|
|X・・・・・・・|X・・・・・・・|X・・・・・・・|X・・・・・・・|
このリズム譜の最小単位は8分音符となっています。ザックの「Killing / in the / name / of」という4つに分けられた音をそれぞれ8分音符だと捉えると、これが次の演奏のカウントとして機能していることがわかるかと思います。補足すると、6/8拍子のお尻に8分音符を付け足さなくてもスムーズに次のセクションに移行することは可能ではあります。
ピザを例に出したりしながら、さんざん1小節を基本の単位としてそれを切り分けていくことで細かい単位を設定していくという話をしたわけですが、ここで見ている手法はそれとは逆の考えで細かい音符を基準に新たな拍子を設定するというものです。こうしたテクニックはメトリック・モジュレーションと呼ばれています。
「Killing In The Name」のリズムのおもしろさはここで終わりというわけではありません。例の「ナゲット割って父ちゃん」の箇所について言及しておきたい。
ところで、あの空耳の映像は何度見ても本当に秀逸だと思います。「ダダッダダン」というキメの演奏を受け、ザックが「Now you do what they told ya」と言うわけですが、映像においては息子が「ナゲット割って父ちゃん」と言って父親にナゲットを手渡します。父親はキメの最後の音、「ダダッダダン」の「ダン」でナゲットを割ります。別に息子は父親に指示を出すだけでも良かったにも関わらず、ひとつずつ手渡していきます。これが重要。この手渡しという行為は、曲のキメとボーカルのコール&レスポンス構造に対応したものとなっています。音楽におけるコール&レスポンスの役割がただの指示ではなく応酬であることがうまく映像化できている。
これは自説ですが、ファンク的なアンサンブルのコール&レスポンス構造が機械仕掛けのように構築されたものだと考えています。これを機能させるには、それぞれが然るべきタイミングで音を出すことだけでは十分ではなく、ナゲットを手渡すというようなプレーヤー同士のやり取りが重要となります。あくまで共同作業であり、自分の行為がアンサンブルの中でどのように機能しているのか意識する必要があります。つまり交歓によって機械を機能させるということです。父と息子のやり取りはそんなことを改めて考える契機を与えてくれたのでした。
キメの後の余白にギターのブラッシングやドラムのビートが加わっていきます。それに伴い息子と父のノリも加速していきます。息子のほうが裏拍で肩を上げているところなど見ると、なかなかにリズムセンスに恵まれているようです。このセクションで父と息子がどんどんはっちゃけていくという演出は、演奏の本質を突いているように思います。というのも、ここではそれまで提示されていたグルーブの質が変化する箇所だからです。ここがまさに最後に「Killing In The Name」のリズムのおもしろさとなっています。
どういうことか。簡単に言ってしまえば、それまでイーブンだったリスムがここに来てハネ始めるということです。再びピザに喩えるなら、それまで16等分だったものが、24等分になったといえます。「24等分のハネ」について詳しく説明するのは別の機会に譲りたいと思います。ひとまずGuyの「Groove Me」など聴いていただけたら、24等分されたリズムがどういうフィールをもたらすのかわかるかと思われます。
空耳の映像では「どうすんだい」という母による中断がオチとなるわけですが、その後のパートでもハネたハーフタイムのリズムが続きます。1番、2番ともにもっとも解放感があるセクションです。サブディビジョンの変化で緩急をつけるというアレンジ上のテクニックは寡聞にして他に例を知りません。
以上見てきたように「Killing In The Name」は一曲の中に複数のリズムの仕掛けが施されて曲であります。空耳の秀逸な映像を引き出すようなポップネスがRATMにはあることを再確認にした次第です。ポップネスという言葉はRATMには似つかわしくないのかもしれません。しかし、そうした要素があったからこそ中学1年生の私は魅了されたのだと思います。20年後の今、そのことをポジティブに捉え返してみたい。RATMからナゲットは手渡された。そこでどう行動するのかは私次第。そんなぼんやりとしたことを考えながら、再びの来日を願いたいと思います。
鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。