29日にはトム・ミッシュの大阪公演のサポートアクトを務めるなど、音楽・アパレル業界から大注目を集めるアーティストがSIRUPである。彼の音楽が今の時代に求められている理由を探るべく、密着取材を行った。
2月の最終日。東京では、久しぶりの土砂降り。私は、代官山にあるハンバーガーショップ「GRILL BURGER CLUB SASA」でSIRUPと待ち合わせをしていた。この日の夜、SIRUPは渋谷WWW Xにて、CONVERSE「ENERGY WAVE®」のローンチパーティーに出演する。そのリハーサルを無事に終えて、ここで腹ごしらえをするという。
2017年から活動をスタートさせたSIRUPの現在の状況はというと、Honda「VEZEL TOURING」のテレビCMに1月31日から起用されており、今、テレビから彼の「Do Well」が大量に流れている。これは、SIRUPのキャリアにおいても大きな出来事となった。さらに言うと「LOOP」は、以前から人気番組『テラスハウス』でたびたびプレイされており、その視聴者から十分に認知され、口コミでも広まっている。そうやってテレビを通して老若男女からの知名度を上げながら、Spotifyがプッシュする気鋭アーティストの1組に選ばれたり、今日のようにCONVERSEなどアパレルブランドや企業からオファーを受けたりしているSIRUPを、「今、世間から注目されているアーティスト」と記すことは決して大げさではないだろう。(これは個人的な体感だが……最近私自身が仕事をするなかで、様々な企業や代理店から「この案件にSIRUPをブッキングしてほしい」といった声を受けていて、その注目度をまさに実感している。)
ハンバーガーショップに話を戻そう。SIRUPは、とにかくハンバーガーが大好きらしい。最近は週3回くらいで食べている(でも本当は毎日でも食べたい)そうだ。前なぜそこまでハンバーガーを愛するのか? その理由を聞くと、「肉が好き。パンが好き。ポテトも好き。で、野菜を取らないといけないという意識もあって、それらがすべて揃っているのがハンバーガーだから」とのこと。ハンバーガーで野菜が摂れるとはあまり思わないのだけれど……。
SIRUPは、数量限定の「グリルマッシュルームバーガー」を注文。しかもLサイズ。パティが2枚。マネージャーからは「ハンバーガーのプロ」と呼ばれたSIRUPいわく、「Lサイズを食べたら、ライブを終えたあともお腹が空かないってわかってる」とのこと。嬉しそうな顔をしながら、口と手を止めることなく食らいつくSIRUP。幸せそうだ。グリルマッシュルームバーガーには、レタスとトマト以外に、エリンギ、しめじ、マッシュルームも入っている。……たしかに、栄養価は高いのかもしれない。
ハンバーガーショップ「GRILL BURGER CLUB SASA」(東京都渋谷区恵比寿西2-21-15 代官山ポケットパーク 1F)にて、グリルマッシュルームバーガーLサイズを頬張る。(Photo by Yukako Yajima)
帰り際に、20歳前後とおぼしき男性の店員から、「ファンなんです。写真を撮ってくれませんか」と声をかけられた。彼に対して丁寧に接するSIRUP。ファンの方は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。代官山のハンバーガーショップで働くオシャレな若者たちからも、今、SIRUPが注目されていることを実感する。
満腹になったあと、事務所のスペースでひと休み。スマホでなにかをチェックしたり、音楽を聴いたり、マネージャーと仕事の話をしたり、大阪人気質を発揮してスタッフとこれでもかとボケを畳み掛けるような冗談を言い合ったり。そして本番の約1時間半前になった頃、マネージャーとともに渋谷WWW Xへ向かう。
会場に入ると、出番の30分前まで、お客さんにまぎれてフロアで踊っている。そしてステージに呼ばれる直前まで、楽屋でサポートメンバーやYonYonとしゃべっている。YonYonはソウル生まれ東京育ちのDJ / クリエイターで、この日のオープニングDJを務めていた。SIRUPとは、韓国の音楽プロデューサー・2xxxも交えて楽曲”Mirror(選択)”を昨年7月にリリースしている。
2月28日、サポートメンバーと、楽屋にて。左から井上惇志(Key)、SIRUP、熊井吾郎(MPC Player)。(Photo by Yukako Yajima)
2月28日、YonYonと2ショット。(Photo by Yukako Yajima)
「YonYonは、本当にすごい人やと思っています。一人で突き進んで、時間がかかっても絶対に目標を実行するんですよ。グローバルな意識を持ちながら、DJも、自分で歌うことも、イベント企画も、日本と韓国をつなぐプロジェクトも、ラジオもやる。自分が目標としているものを、一人で戦いながらやるんです。本当は、もっと頼ってもらってもいいねんけど、って僕は思ってるんですけどね(笑)。今やりたいと思っていることとか、音楽カルチャーの理想とか、そういう意識が一緒で。もっと日本やアジアのイケてる音楽を世界水準的に広げたい。僕自身も、一緒にやりたいプロデューサーやアーティストが海外に多くて、そこに行くための努力の方法はまだまだいっぱいあるなと思っています」
そういった真剣な言葉を語りながらも、本番直前の楽屋での過ごし方を見ていると、「この方、もうすぐ本番なんだよな?」と疑ってしまいたくなった。SIRUPはステージに上がるその瞬間まで、なにも変わらない様子だったから。緊張している様子はまったく見せず、集中力を高める精神統一的な作業や声のウォーミングアップなども一切していない。あえて言うなら、ハンバーガーを食べている瞬間も、事務所でスタッフと冗談を言っている瞬間も、楽屋でミュージシャン仲間と話している瞬間も、ステージ上で歌う瞬間も、すべてを同一線上に置いて過ごすことを彼は意識的にやっているようだった。
「自然体な存在のほうが、自分の好きなアーティストの理想像に近いんですよね。リリックがいいなと思うのも、リアルな言葉で表現されているヒップホップのものが多いですし。なので5年前くらいから、ステージの上で『自分を出す』ということを考えるようになりました。演じることで生まれる説得力もあると思うんですけど、演じてしまうとお客さんに伝わらないなと思うことが、僕としては多くて。嘘をつかないほうが自分やなって思う。自然体でやれるようになってから緊張しなくなったというもありますし、単純に自分を信じているし、ステージの上にいる仲間も信じているので、ライブで緊張する必要がなくなったかなと思います」
井上惇志(Key)と熊井吾郎(MPC Player)の二人とともにステージに上がったSIRUPは、楽屋での姿とほとんど変わらなかった。MCのトーンも、楽屋とほぼ変わらない。ひとつだけ違うのは、今は目の前に大勢の人たちがいるということ。ハンバーガーショップでは私と、事務所ではスタッフたちと、楽屋ではYonYonやサポートメンバーと、同じ空間にいる人たちと一緒に楽しく過ごすためにコミュニケーションをしていたSIRUPが、その姿勢のまま、今は「音楽」という手段を用いて多くの人と一緒に楽しもうとしている。
SIRUPのステージ上での振る舞いを表現するには、「楽しませよう」より「楽しもう」のほうが、言葉として合っている気がする。アーティストだからといって、フロアよりも高いところに立っているからといって、自分の立場が上だなんてことは一切思っていなくて、お客さんと同じところに立って、同じ目線で、一緒に音楽を楽しもうよ、という姿勢だけが見てとれる。
「同じ目線になった状態から、みんなでアゲていくのが大事で。アーティストそれぞれに合うベストなやり方があると思うんですけど、僕は絶対に、目線を合わせていくのが大事やなと思っています。僕はミュージシャンとしての自分の才能は信じていますけど、人間としては本当に普通のやつなんで(笑)、『そういう感情、わかるなあ』っていう日常的な感情を、攻めたサウンドに乗せられるシンガーになれたらいいなと常に思っていて。一行でも長々と説明されても伝わらないような感情を、音楽で表現できたらいいなと思う。だからライブでも、目線が(お客さんと)近いのかな」
『SIRUP EP2 Release One man Live』にて(Photo by leo youlagi)
SIRUP自身が肩の力を抜いて「Synapse」「Maybe」「LOOP」「SWIM」「Do Well」の5曲を歌っていたが、フロアにいる人たちも身体に力を入れすぎることなく、とにかく自然とその場の音と雰囲気に身を委ねているようだった。この日は、モデルやインフルエンサー、関係者などが招かれたクローズドのイベントだったが、SIRUPはその場にいた人たちのアテンションを確実に掴んでいき、曲を重ねるごとに身体を揺らす人の数は増え、フロアのウェーブはどんどんと広がっていた。
「これを言うと身も蓋もないですけど、全部これまでの経験のおかげやと思います(笑)。ロクでもないステージも踏みまくってきましたから」。そう話すSIRUP、実は「彗星の如く現れた新星」とかではなく、下積み時代が長い。SIRUPとしての活動は今年で2年目となるが、それ以前、彼は「KYOtaro」名義で活動していて、音楽活動自体は約10年間の経験を経ている。彼の振る舞いや言葉の端々からは、葛藤も苛立ちも若気の至りも乗り越えた人間にしか持ち得ない、自分に正直に生きながらも他者を受け入れることもできる器の大きさを感じる。
「SIRUPになってから一番意識して変えたのは、前傾姿勢だったライブを、ちょっと重心を後ろにしたことというか。それは、精神的な姿勢として、です。前までは多分、自分を受け入れてもらいたい気持ちのほうがデカかったんですよね。今は、みんなを受け入れることのほうが強くなったのかもしれないです」
そういった意識変化は、私生活と、歌詞にも表れている。きっと、年齢と経験を重ねたゆえの変化でもあるのだろう。KYOtaro時代の曲には、もがいていたり必死に前に進もうとしていたりする姿も描かれていたが、SIRUPでは、肩肘張らずに余裕を持って、自分に嘘をつかず、自分の心にとっての豊かさを大事にしながら生きていくことの心地よさが音と言葉と佇まいで表現されている。それこそが、今の時代を生きる人たちの理想と重なり、多くのリスナーから憧れも含めた眼差しがSIRUPに向けられている理由のひとつだと思う。
「もちろん僕もありのままで生きることへの葛藤はあるんですけど、特にこの国ではみんながそれを抱えていると思うんですよね。お互いが尊重しながら、各々がありのままでいれればいいのになって、本当に思いますね。音楽で問題提起とかはしたくないですけど、日本の生きづらさって、そういうところやなって思うんです。今の僕は、自分を受け入れてほしいから、みんなを受け入れようとしているんだと思う。みんながそうなればすごく楽なのに。戦うべきところは戦うけれど、戦わなくていいところは戦わなくていいですしね。でも、自分がそういう人間になれたのは、SIRUPになってからかもしれないです。だから歌詞で自然に吐き出せているのかも」
イベント出演を終えた数日後、SIRUPはグレーのパーカーとゆるいパンツ、そして黒色のニットキャップというスケーターのような格好で、レコーディングスタジオに現れた。今日はここで、5月29日に発売する1stフルアルバム『FEEL GOOD』に収録予定の楽曲を制作・録音する。隣にいるのは、SIRUPの盟友・TENDREだ。彼とは昨年6月にライブで共演したことをきっかけに、仲良くなったそう。
「SIRUPとTENDREが出てきたのって同じくらいの時期で、最初はお互いちょっとライバル意識があったというか。でも、お互いの曲を聴いて『めっちゃええやん』ってなって、実際に会ったらバチっと感覚が合って、すぐ親友みたいになったんです(笑)」
その感覚を曲に封じ込めるべく、今回は「SIRUP feat. TENDRE」名義で楽曲を作ることになったという。13時を過ぎると、TENDREが持ってきたトラックを二人で確認する。全体の構成やどうやって二人が曲のなかで掛け合っていくかなどを話し合って調整したり、一つひとつの音色を選んだ理由をTENDREからSIRUPへ共有したり。細かく丁寧にこだわりながらも、二人の「YES / NO」の判断にはほとんど迷いがなく、1時間後にはトラックの概ねの構成が決まっていた。そこから、ギターやベースを録音。そして、二人で相談しながら歌詞を書き上げていき、歌を録っていく。丸2日間で、新曲「PLAY」は完成。こういった作り方をするのは、今回が初めてだそうだ。
TENDREと楽曲制作・レコーディングをしている様子。二人がともに制作した楽曲「PLAY」は、5月29日発売のニューアルバム『FEEL GOOD』に「PLAY feat. TENDRE」として収録される。(Photo by Yukako Yajima)
「やってみて、こういう作り方が一番いいなって思いました。普段は、95%くらい完成させた状態でレコーディングに持ってきて、プロデューサーがついてる曲ならその方と現場で相談したりして録音していくんですけど。そもそも、今回は二人が持っている緩さみたいな感覚の一番いいところを、自然にパッケージできたらいいなと思って。僕もめっちゃ無名の頃からいろいろ経験して今があって、TENDREもいろいろあっての今で、だから、ある種の『緩さ』を共有できるんですよね。でも、その緩さを体現できるのって、これまでの積み重ねによる経験があるからなんですよ。今回、こういうやり方でめちゃくちゃベストな感覚をパッケージできたのは、僕としても人生で大事なことだったなと思います」
二人が作り上げた「PLAY」は、大枠だけ言えば、着飾って気を張って出かけるのではなく、ラフな服で、なにも気を遣わず、不安事も忘れて、時間も気にせず緩く遊んでいる様が描かれている。それを二人は、理想として求めているから歌っているのではなく、実際にそういった生き方を体現できているからこそ歌えている。だからこそ楽曲には独特の説得力が帯びているし、「自分もこう生きたい」という憧れの心をリスナーに与えることもできる。
二人が作り上げた「PLAY」は、大枠だけ言えば、着飾って気を張って出かけるのではなく、ラフな格好で、なにも気を遣わず、不安事も忘れて、時間も気にせず緩く遊んでいる様が描かれている。それを二人は、理想として求めているから歌っているのではなく、実際にそういった生き方を体現できているからこそ歌えている。だからこそ楽曲には独特の説得力が帯びているし、「自分もこう生きたい」という憧れの心をリスナーに与えることもできる。
レコーディング中に印象的だったのは、お互いに「ちょっと走ってる感じがするから、もうちょっと歩く感じがいいと思う。肩の力抜く感じでいこう」とディレクションし合っていたこと。実際にその言われたあとのテイクには「緩さ」が増していた。力の抜き方を覚えることは人生を生き抜くために必要なスキルのひとつであるし、そういった「緩さ」を丁寧に表現するには音楽的なスキルを身につけなければできないことだろう。
そもそも、約2年前に「KYOtaro」から「SIRUP」へと名義を変えた理由のひとつは、やりたい音楽性が変わったからだった。「SIRUP」の由来は、「Sing & Rap」からなる造語である。
「5年くらい前からヒップホップをちゃんと聴くようになって。CHANCE THE RAPPERとかを聴きだして、自分の作る曲にもラップっぽいものが出てくるようになりました。もともとメロディを詰めがちで、それを削って曲を作るという癖があったんですけど、その性質とラップが合わさって今のSIRUPが体現されている状態なんだと思います。これも、スキルとか、自分の人生や生活を歌うこととかが身体にどんどん沁み込んでいって、自然と出せている状態が今だと言えるのかもしれないですね」
6月から開催される初の全国ツアーは、チケット発売日に完全ソールドアウト。急遽、東京にて追加公演を実施することが決定された。こんな絶好調な状況でも、SIRUPは浮き足立つ様子がない。彼はこれからも、ありのまま、それなりに、自分に正直に生きるほうを選んでいくのだろう。
「本当にありがたいですね。行けるところまで行こうとは思っていますけど、着実にやっていきたいです。ありのままで、スキルを上げていって、できることを増やすのが目標。SIRUPの延長線上にあるものを、どんどん大きくしていけたらいいなと思います」
SIRUP
ルーツであるR&B/ソウル、ヒップホップなどのブラックミュージックをベースにジャンルを超えて様々なクリエイターとコラボし、新しいものを生み出していくアーティスト。その変幻自在なヴォーカル・スタイル、五感を刺激するグルーヴィーなサウンド、そして個性的な歌詞の世界観でリスナーを魅了する。SIRUPは、Sing & Rapからなる造語。
<INFORMATION>
『FEEL GOOD』
SIRUP
A.S.A.B / Suppage Records
5月29日発売
01. Pool ※4/24 (水) 先行配信スタート
02. Do Well
03. Why
04. Rain
05. Evergreen
06. Slow Dance feat.BIM
07. Synapse
08. CRAZY
09. PRAYER
10. SWIM
11. PLAY feat. TENDRE
12. LOOP