ニューヨークの若者の間で、日本のたい焼きがブームになっている。だが、その姿は日本のものとは程遠く、独特の形式に進化している。なぜ今、日本のスイーツが注目されているのか。NY在住ジャーナリストのシェリーめぐみ氏が、16歳~21歳の当事者たちに話を聞いた――。
※本稿は、JFNのラジオ番組「On The Planet」内のコーナー「NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所」の内容を再構成したものです。
「今アツい日本の食べ物」を聞いてみると…
アメリカでは日本のラーメンや寿司が大流行しているというのを聞いたことがあるだろう。しかし、それだけだと思ったら大間違いだ。
筆者はJFNのラジオ番組「On The Planet」で、ニューヨークのミレニアル世代(23歳~38歳)とZ世代(10代~22歳)で流行しているモノ・コトを紹介している。今回のテーマ「今アツい日本の食べもの」について、「NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所」のメンバーであるニューヨークのZ世代たちに聞いてみると、ものすごい勢いで答えが返ってきた。
「ポッキーとハイチュウ」、これは多分予測の範囲内だろう。ところが、
「私がアルバイトしている日本の居酒屋では、ゲソの唐揚げがすごい人気」(キサラ、18歳)
「日本のパフェ!」(メアリー、21歳)
「日本のふわふわチーズケーキ! みんな食べてみたい」(キサラ、18歳)
「ラムネ。屋外イベントなどですごい人気ある」(アレスタ、21歳)
「ノリスナック。同級生がいつも食べている」(ミクア、16歳)
「もちアイス! すごい流行ってる!」(全員)
そしておそらく最も意外なのはこれだ。
「タイヤキ!」
たい焼きといえば日本人にはあまりにもお馴染みのアイテム。ホントに今ニューヨークで流行っているの? と首をひねるかもしれない。実際、アジア系の若者が多く集うコリアン・タウンのフードコートでは、ミニチュアのタイヤキがよく売れている。
「お魚のシェイプが可愛い、そして中はあんこではなく、クリーム焼きが人気があるよ」(アレスタ、21歳)
しかし、「タイヤキ」の名前をニューヨークのあらゆるミレニアル世代、Z世代に衝撃的に焼き付けたのはこの店だ。
タイの口からソフトクリームが飛び出している
「TAIYAKI NYC」は、2016年にニューヨークのダウンタウンにオープンして以来、商品がインスタグラムなどのソーシャルメディアに溢れ、タイヤキというものを一躍有名にしたのだ。そしてここのタイヤキは、日本人が想像するたい焼きを超えてしまっている。
普通ならお魚の形をした皮の中に入っているはずのクリームが、タイヤキの口から出ている。しかもこれが冷たい、ソフトクリームだ。
つまり、タイヤキをアイスクリームコーンに見立てるという画期的なアイデアなのだ。さすがにこれはなかなか日本人には思いつかないだろう、と思ったらやはり考案者は日本人ではなかった。
創業者の一人は中国系アメリカ人のジミー・チェンさんだ。自身も25歳のミレニアル世代であるジミーさんはこう語る。「日本は世界に誇る食の王国だ。その日本に旅行中にタイヤキに出会い、ユニークなお魚シェイプのワッフルがある! と驚いたし、その長い歴史も魅力的だった。当時はニューヨークでアジアン・テイストのアイスクリームがトレンドになり始めていたので、ソフトクリームと組み合わせることを思いついたんだ」
タイヤキ・ソフトクリームは大ヒットし、TAIYAKI NYCは4年間でニューヨークだけで3軒、マイアミ、ボストン、そしてカナダのトロントにも出店するまでになったのである。
なぜ、食事ではなくスナックが人気なのか
アメリカではジミーさんに限らず、若いジャパニーズ・カルチャーのファンが間違いなく激増している。
ラボのメンバーは「今は日本のものなら全部かっこいいからね」とさえ言う。
ここ10年来のアニメブームから、ユニクロなどのブランドまであらゆるものが集積して今の日本のポップなイメージを作っている。ネットを通して日本の面白い食アイテムを掘り出す若者も多い。
「日本の食アイテムは、アメリカにはない珍しいものが多いから、それだけですぐネタにできる」
確かに、タイヤキからもちアイスまでインスタにシェアしたくなるのはよく分かる。またアマゾンで買った珍しいスナックなどを「食べてみる」というテーマでユーチューブやフェイスブックに投稿する番組も人気だ。
日本に旅行する若者も増えているから、彼らが持ち帰る情報も見逃せない。そして今年はついに東京オリンピック・パラリンピック。日本への関心はおそらくピークを迎えるに違いない。
ところが、ここで1つまた疑問が生まれてくる。タイヤキももちアイスもチーズケーキも若者に人気があるのは、「食事」ではなく「スナック」アイテムばかりなのは一体なぜだろう?
もちろんスナックの方がアマゾンなどで手に入りやすいというのも理由だろう。でももう一歩踏み込むと、アメリカのこの世代の食に対するはっきりとした傾向が浮かび上がってくる。
“インスタ映え”世代にとって、食はエンタメ
ミレニアル・Z世代は「フーディ」と呼ばれる世代でもある。
「フーディ」とこれまでの「グルメ」との違いは、食べ物をただの美食の対象として捉えていないことだ。Z世代にとって、食はエンタメであり大切なコミュニケーション・ツールである。さらに何を食べるかという選択は、健康や地球環境など彼らの価値観やライフスタイルの重要な部分を占めているのだ。
一時フード・ポルノという言葉が話題になったが、とにかくインスタ映えする食べ物が次々にトレンドになっている。
かつてハイブリッド・デザートと呼ばれたクロナッツ(クロワッサンとドーナツを合わせたスイーツ)や、色鮮やかなレインボー・フードなどもその代表だ。食はこの世代にとって、食べる楽しみはもちろん、ソーシャルメディアで共有してみんなで楽しめる、一石二鳥でコスパのいいエンタメなのである。
だから彼らの食べ物へのこだわりは強い。Z世代に至ってはお小遣いの8割近くを食べ物に費やしているという数字があるほどだ。
そしてインスタ映えを考えた時、食事より手軽で値段も安く、コンパクトではっきりした特色が打ち出せるスナックやデザートが注目されるのは当然の流れと言っていい。
1週間に1度はスナックで食事を済ませてしまう
アメリカのドラッグストアやデリに行くと、グラノーラとナッツ、フルーツで作られたおびただしい種類のスナックバーが並んでいる。シェアオフィス大手「ウィーワーク」のキッチンは無料でいつでも食べてOKのスナックの宝庫だ。
これらのスナックバーは、プロテインなどで栄養をプラスしているものが多い。若い彼らはこれを食事と食事の間や、ジムでのワークアウトの前後にエネルギー補給として食べたり、食事がわりにすることもある。
このように空腹を満たすだけでなく、仕事中に気分を上げるため、頑張った自分へのご褒美のため、という意味ではスナックの人気は高まるばかりだ。
実際、ミレニアル世代の6割が3度の食事よりスナックが好きと答えている。また別の調査では9割以上が少なくとも週に1度は食事代わりにスナックで済ませ、それが週4回になるという人も5割いる。Z世代になるとそれがさらにエスカレートしているという。
いったいなぜなのだろう?
学生も社会人も忙しくてゆっくり食事する時間がない
まずこの世代は本当に忙しい。ゆっくりと食事をとっている時間がないという彼らの現状が浮かび上がってくる。
ランチタイムの前にアプリでオーダーしたサラダを、ピックアップしてすぐにデスクに戻り、パソコンを見ながら掻き込むというのが、IT系を中心とした都市の若者のライフスタイルになっている。
一方で2つも3つも違う仕事を掛け持ちする人、昼は学校、夜と週末は仕事という大学生、高校生でさえお稽古事やアルバイトをしながら試験勉強している。
高度にインフレが進んでも賃金がなかなか上がらない経済の中で、生き残っていくためにはゆっくり食事する時間とお金を犠牲にしなければならない。
だからといって、スナックなら何でもいいというわけではない。まずヘルシーであること。かつてのようなチョコレートバーや砂糖たっぷりのシリアルはアメリカでも敬遠される傾向にある。
そして見かけがいいこと。すでに述べたようにインスタにポストできて一石二鳥だからだ。
そしてもう一つ重要なキーワードは、食のダイバーシティである。
この世代はアメリカ史上最もダイバース、つまり人種的に多様な世代だ。だからかつてのアメリカ人に比べ、常に異文化に対してオープンであるのみならず、むしろこれまで食べたことのない、世界中の新たな食アイテムを常にネットで探している。
そして、手軽に食べられるスナックやデザートなら、より新しいものを取り入れやすいというのが大きい。
タイヤキ・アイスクリームはこうした世代のテイストを象徴するものと言っていい。10年、15年前には絶対に起こり得なかったトレンドなのである。
こうした時代の流れの中で、実は日本の食には大きなチャンスが来ていると言っていいかもしれない。
“ふわふわ”な日本発スイーツが今年ブレイクの予感
ニューヨークタイムスでは、今年の食トレンドは「何が何でもジャパニーズ」と予測している。もちろん、最大の理由は東京オリンピックだ。
その中で大ブレイクが予測されているのは、ジャパニーズスタイルのスフレ・パンケーキ「フリッパーズ」だ。フリッパーズはすでに海外に出店しており、昨年秋に満を持してのニューヨーク上陸を果たした。
同じようにふわふわスイーツとしてすでに人気が定着しているのは、日本式のチーズケーキ。昨年秋、日本のブランドでやはりアジアなどに出店している「てつおじさんの店」が初上陸して話題を呼んだが、実は数年前にもチャイニーズ・アメリカンによる「Keki Modern Cakes」がふわふわチーズケーキを持ち込んでいた。
こうしたアメリカでのふわふわ人気は日本にいる日本人にはなかなか感知しにくかったに違いない。今では本家ジャパンの参入で再び注目を浴び、どちらの店も行列ができる人気である。
日本式パンケーキもチーズケーキも、これまでにアメリカになかった新しさ、そして世界一の長寿国日本の強みでもある、ヘルシーな食のイメージが強く働いているのも見逃せない。そういう意味では日本のブランドにもチャンスがあると言っていいだろう。
よく変化するマーケットでスナックは激戦に
スナック文化が注目されると同時に、食品大手もスタートアップも新たな世代をターゲットに新たなスナック・アイテムの開発を進めている。
一方、集中力が持続する時間が短いミレニアル・Z世代のテイストは、いつどこでどう変化するか分からない。そんな中でビジネスは常に新しいアイテムを注入し続ける必要もある。
TAIYAKI NYCでもクマのキャラクター「ケアベア」とのコラボや、メニューにトレンドのスフレ・パンケーキをいち早く取り入れるなど、常に新しい製品と話題を注入することで、顧客の新鮮な関心を得る努力を惜しまない。
日本からの進出ブランドも、今後は常に新たなトレンドが生まれ続けるマーケットの現状を見極めていくことが大きな課題になりそうだ。
[NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所、ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ]