エビスビールは2021年1月にキャッチコピーを刷新した。その前のコピーは「ちょっと贅沢なビール」だった。なぜ使わなくなってしまったのか。エビスビールのブランドマネージャーを務める沖井尊子さんに聞いた――。
ドイツ製の醸造設備、ドイツ人の醸造技師、ドイツ基準の製法
エビスビールは1890年の誕生以来、長年愛飲されてきた。当社はどこに強みがあったのか。サッポロビール マーケティング本部の沖井尊子さんは「ビールの黎明期ではありましたが、当時から『本物のおいしさ』を追求してきたという点に強みがあった」と話す。
「本当においしいビールを愚直に追い求めるため、ビールの本場であるドイツの味にこだわりました。ドイツ製の醸造設備を配置してドイツ人の醸造技師を招き、本場仕込みのビールづくりを行いました。ドイツの法律では『ビールの原料は麦芽・酵母・ホップ・水のみ』と定められています。これをもとに、エビスならではの本物にこだわる唯一無二のおいしさを受け継いできました」
「恵比寿」という街に根ざして歴史を刻んできた
また、発売当初からエビスビールの様々な楽しみ方を提案してきたことや、恵比寿という街と一緒に盛り上げてきたことも、ブランディングに大きく貢献することになった。
「1890年のエビスビールに続き、1894年には当時あまり認知されていなかった黒ビールを発売し、早くから味の多様性を提案してきました。そして1899年には、銀座に日本初のビヤホールをオープンし、エビスビールのおいしさに触れ合う空間をつくるなど、国内のビール産業の礎を築いてきたのです」
「恵比寿という街に根を下ろしてやってきたことも、エビスビールの名を広めるのに貢献しています。現在の恵比寿ガーデンプレイスがある場所には、もともとエビスビールの醸造場がありました。生産されたビールを運ぶために、貨物駅が近くに設けられたのですが、その後工場周辺が栄えるようになり、駅名も『恵比寿』と名付けられるようになった。ひとつのブランドが駅名に採用されるのは相当珍しく、これが恵比寿の街の発展とともにエビスビールも歩んできた所以となっています」
「プレミアム」を再解釈すべき時代になった
1990年代に入り、「ちょっと贅沢なビール」を掲げたエビスビールは、テレビCMや飲食店でのキャンペーンなどを行うことで販売出荷数を増やし、全盛を極めていった。
しかし、他社のビールメーカーも追随の姿勢を緩めない。
2000年代には新ジャンルや発泡酒など、低価格路線の商品が各社から発売された。加えて、2003年に現在も最大の好敵手である「ザ・プレミアム・モルツ」(サントリー)が発売されると、熾烈なシェア争いは激しさを増した。
さらには、エビスビールよりも高価格なクラフトビールもここ数年で台頭するなど、確実にビールの多様化が進んでいる。
こうしたなか、「時代背景や消費者の価値観が変化する状況に対応し、エビスビールの価値を再定義する必要性が出てきた」と沖井さんは語る。
「長年、味にこだわった本物志向のプレミアムビールとして訴求してきたこともあり、消費者にはおいしさや高級感はだいぶ認知されていました。他方、エビスビールには『部長のビール』とお客様から言われることもあるくらい、良くも悪くもその立ち位置から脱却できずにいて、少しずつ時代との『ずれ』が生じてきているのではと思う節がありました。そこで改めてブランドを見直した際に、『プレミアム』のあり方を変えることが重要だと考えるようになったのです。それが、2021年にリブランディングを図ったきっかけになります」
「ステイタス」から「自分らしさ」へ
エビスビールは2021年1月から新コンセプト「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」を掲げている。
時代とのギャップを埋めるために、数年かけてエビスビールのリブランディング計画を進めてきたという沖井さんは、コンセプトを変えた背景についてこう話す。
「消費者が抱く『プレミアム』に対する価値観の変化に着目しました。かつては高級感や格式高さ、優越感に浸れるという『ステイタス志向』が強かった時代もありましたが、時代とともに周囲と比べて良いものを求めるよりも、自分らしく飲みたいと思う『パーソナル志向』が高まった。「自分らしく過ごしたい」というニーズが顕在化したなかで、エビスの豊かなおいしさが、お客様それぞれの「時間」を豊かに彩ることを価値として訴求しようと考えました」
これからは「手に取った後の体験」を重視したい
エビスビールが130年間積み上げてきたブランド力や、おいしさへこだわってきたプライドは守りつつも、既存の付加価値に固執することなく、ビールの多様性や消費者ニーズが変化する時代においても選ばれるビールを目指すためにブランド改革に乗り出したわけだ。
だが、コロナ禍による家飲み需要の高まりからリッチなビールを飲みたいという消費者も増え、他社との差別化が問われる状況になっている。
エビスビールはどのようにして、新たな需要を喚起していくのだろうか。
沖井さんは「いろいろなオケージョンの提案を行い、エビスビールの飲用回数を増やしていきたい」と話す。
「エビスビールの普遍的な価値といえるおいしさへのこだわり、品質の高さは広く浸透しているので、これからは手に取った後の体験を重視していきたいと考えています。1日の仕事終わりではなく、エビスビールから始まる自分の時間を楽しんでいただきたいですし、エビスビールならではの飲用シーンを開拓していきたいですね。役職がついてから、とか、1年に数回のハレの日のみならず、日常の中でエビスビールを飲む時間を楽しんでいただきたいと思っています」
「モノ」から「コト体験」へシフトし、ギフト需要を喚起する
また、ビールという「モノ」だけではなく、特別な「コト体験」を届けるためのギフトセットもAmazon限定で発売し、身近な人へ贈るギフト需要に応えていくという。「エビス体験ギフト」(6765円・税込み)には、350ml缶のビール8本に加え「エビスオリジナル体験カタログ」が付いている。エビスビール記念館での体験やグラスのペアセット、陶芸体験コースなどから、好みの体験を選ぶことができるものだ。
「ギフト需要も、昔はお中元やお歳暮などに代表されるフォーマルな形での贈り物が一般的でした。それが最近では父の日や母の日、誕生日など身近な人へ贈るパーソナルギフトが伸びてきています。もともとエビスビールは、儀礼的な贈り物として購入いただくケースが多かったのですが、“体験ギフト”への注目が高まっていることから、身近な方への新しい贈り物の在り方として、エビスと一緒に特別な時間を楽しめる『エビス体験ギフト』を4月より発売しています。お客様のニーズにあわせたギフトで、今の時代にあった新しい贈り物の需要を掘り起こしていければと思います」
ハレの日だけでなく、自分らしく過ごす「日常」でもエビスビールを飲んでもらえるよう、今後も継続して取り組んでいくそうだ。
「エビスビールにしかできないことはまだまだたくさんあると考えています。今はコロナ禍で思い通りにいかないこともありますが、エビスブランドとして今後も消費者に選ばれ続けるため、ひとりひとりに寄り添ったビール時間を提供できるよう尽力していきます。2023年を目処に、恵比寿ガーデンプレイスでブルワリーをオープンする予定です。そこを新しいブランド発信拠点として、エビスビールの魅力をさらに多くの人に届けていきたいです」
[フリーライター 古田島 大介]