【構成:不破由妃子=コラム『調教師・四位洋文』】
◆四位厩舎の担当馬「乗り役の頃にビックリして…」
──前編に続き、四位調教師ならではのこだわりに迫っていきたいのですが、各スタッフに対して、担当馬はきっちり決めるスタイルですか?
四位 とりあえずの担当は決めます。ただ、スタッフには「“俺の馬”と思わないように!」とは言っています。「その馬はあなたの馬ではありません。馬主さんの馬です!」と(笑)。レースでいただける進上金も担当者に全部というわけではなく、歩合制にしてみんなで分けるシステムを採っています。
──プール制というシステムですね。そのシステムを採用している厩舎はほかにもありますが、四位厩舎の場合、どういった狙いから?
四位 これからの時代は、少子化で働き手が少なくなっていく可能性があるので、担当制にこだわると、厩舎としての作業効率が悪くなると思ったんです。だから、手が空いた人は手伝うとか、みんなで協力するスタイルにしたかった。いろんな人が触ったほうが、馬のためにもいいでしょ? みんなでよく働き、よく笑い、よく稼ぐ! みたいな感じです。
──1頭の馬を観察する目は、多ければ多いほどいいですもんね。自分の厩舎の馬であっても、担当馬以外は全然知らないというケースも多いと聞きますから。
四位 それについては、乗り役の頃にビックリしたことがあるんです。初めて乗る馬だったので、厩務員さんに「この馬、どういう癖がありますか?」と聞いたら、「俺の担当馬じゃないからわからない」って言われてね。本当にビックリした。だいぶ若い頃の話ですけど、そのときに「自分が厩舎を持ったら、こういうことはないようにしよう」と思いました。
◆四位厩舎の飼い葉「アスリートであることを考えたカロリーや栄養価」
──飼い葉についてはどうですか? ここも調教師のこだわりが反映されるポイントですよね。
四位 試験に受かったあと、藤沢和雄厩舎や関西のいろいろな厩舎の飼料を見せていただいて、すぐに知り合いの飼料会社の方に相談して勉強しましたよ。
<市原商店 今泉浩治氏・今泉聡氏>
──飼料のパッケージもこだわってますよね。ちゃんと四位調教師のマークが入ってる。
四位 いや、パッケージは何もリクエストしてないんですよ。もともと各厩舎それぞれのパッケージがあって、四位厩舎の場合、出来上がってみたら僕のマークが入ってた(笑)。
◆四位厩舎の馬具「ちょっと高いけど…使わない理由がない!」
──なんて粋な計らい! そのほか、こだわった部分はありますか?
四位 ハミですね。一般的にはステンレスだけど、僕の厩舎のハミは銅が配合されている金属を使っていて、これが馬にとってすごくいいんですよ。
──競走馬はハミをグッと噛むから、よく口角が切れると聞きますが、唾液がたくさん出ることで、口を守る効果があったり?
四位 それもありますし、積極的にハミを取るようになる効果もあります。あとは、味がすると味わおうとしてモグモグするので、唾液や白い泡がたくさん出るほか、リラックスする効果もあるんです。
──そんなに詳しく話したら、真似っこされますよ。
四位 馬のためにいいんだから、真似っこしてほしいくらい(笑)。でも、僕の厩舎以外にも使っている厩舎はありますよ。馬術に精通している先生方は、いろんなハミを使ってますからね。
──四位調教師は、そのハミの存在を昔からご存じだったのですか?
四位 僕はね、ウオッカで初めて使ったんです。阪神ジュベナイルフィリーズ(2006年)の前後だったかな。当時は銅バミの存在を知っているトレセン関係者はごく一部で、まだトレセンの馬具屋さんにも置いていなかったと思うんですけど、乗馬関係の知り合いから「銅バミがあるよ」と聞いてね。
──なるほど。当時から、調教師になったら取り入れようと思っていたわけですね。
四位 そうですね。馬にとっていいものだから、使わない理由がないです。ちょっと高いんだけどね(苦笑)。
<三川屋馬具舗 村瀬勇二氏>
◆四位厩舎の正装と四位調教師の聴診器
──四位厩舎といえば、競馬場で見かけるスタッフさんたちが、みなさんオリジナルっぽいスーツを着ていますよね。あのあたりもボスのこだわりですか?
四位 スーツに見えるでしょ? でもあれね、作業着なんです。「スーツに見える作業着」って知りません?
──あっ、 聞いたことあります!
四位 ある日、テレビを観ていたらたまたま紹介されていて、農業をやっている方がそれを着て農作業をしたあとに、そのまま会議に出る、みたいなね。それを見て、これはいいなと。
「ワークウェアスーツ」っていうんですけど、ストレッチが効いていて動きやすいし、何より普通に洗濯機で洗えるんです。馬を曳いていれば汚れることもあるし、当然、動きやすいほうがいい。
──それですぐに四位厩舎のユニフォームとして取り入れたと。
四位 はい。競馬場は、競走馬をお披露目する場でもあるわけだから、オーナーさんへの礼儀として、できれば正装が好ましいと僕は思うんです。一応、それがウチの厩舎のコンセプトでもあるので、これはいいものを見つけたなと思って。テレビっ子でよかったなぁと思いました(笑)。あと、ついこの間、聴診器を買いました。メルカリで(笑)。
──聴診器!? っていうかメルカリ(笑)。
四位 獣医さんが馬の心音を聴きながら、「ああ、ちょっと疲れてるなぁ」とか「今週はいいんじゃないか」とか言っているのを聞いていて、自分も興味が湧いたんですよね。これがなかなかおもしろくて、オープンクラスの馬は、やはり伝わってくる音が全然違うんですよ。
──いわゆる心肺機能というやつですね。
四位 そうです。心臓の動きが強いから、音もそれだけ力強い。それだけではなくて、1頭の馬の心音をずーっと聴いていれば、その変化がわかるんです。このあいだも、思ったような結果が出なかった馬がいて、「疲れてるのかな」と思って獣医さんに心音を聴いてもらったら、「ああ、全然走ってないね」と。
──まさに、あくなき探求心。「聴診器を操る調教師」というのも斬新です。
四位 僕だけじゃないですよ。少なくとも、あとふたりは「聴診器を操る調教師」を知ってます(笑)。
(文中敬称略、取材:不破由妃子/四位師、大恵陽子/今泉氏、村瀬氏)