ある女性は、ずっと「自分を殺したい」と思って生きてきた。
5歳の時、近所に住む友達の父親から、性暴力を受けた。自分が何をされたのかを理解したのは、中学に入ってからだった。以来、自分の体が汚らわしく思えてしかたなかった。
ある男性は、「このままでは子どもの命を奪いかねない」と思い、自首をした。
10人以上の子どもに、性加害を行ってきた。ある時、凶器を持って子どもを襲おうとした自分が恐ろしくなった。今も、「小児性愛の精神疾患」のある当事者として治療を続ける。ともすれば再犯しかねない自分を、何とか律して生きる日々だ。
国内における12歳以下の子どもの被害の認知件数は、年間約1000件に上る。実態は、さらに多いとみられている。
被害者と加害者、それぞれが実名で体験を語った。証言から、小児性犯罪をなくす手立てはないのか、考える。
「お医者さんごっこをしよう」と声をかけられ…
大阪府に住む柳谷和美さん(55)は、誰にも言えなかった過去を話せるようになるまで30年以上かかった。
5歳のとき、隣の家に遊びに行くと友人は外出していて、その家の父親から「お医者さんごっこをしよう」と声をかけられた。
(柳谷和美さん)
「本当に遊びと思っているから、『全部脱いで』って言われて全部脱ぎました。自分で二段ベッドに上がっていって寝て、『じゃあ今から診察しますね』と目隠しをされて、そこから体の感覚だけですよね。5歳なので性的なこととかは全然わからない。ただただおしっこをする汚いところをなんでこのおじさんは舐めるんだろうとしか思いませんでした」
受けた行為の意味を理解したのは中学生のとき。自分の体を汚いと思い、自傷行為がやめられなくなった。普段から子どもに暴力を振るう父親や、世間体を気にする母親には一度も相談できなかった。
自暴自棄になり夜遊びを覚え、友人のバイクの後ろに乗りながら、このまま事故が起きて死んでしまいたいと思うこともあったという。
(柳谷和美さん)
「自分の体が『汚い。気持ち悪い』って感じてしまう。自分に対してしんどかったですね。心から信頼できる人は誰もいなかったし、理解してくれる人は誰もいない。孤独でした」
30代のときに出会った夫には、なぜか初めから被害のことを全て話せたという。
夫は「えぐいな」と呟いた後、黙って話を聞いた。時々不安定になる和美さんに寄り添ってきた。
(和美さんの夫)
「次男が僕に電話をかけてきて、『お母さんが大変やから早く帰ってきて』と。帰ったら家中の皿を壁や台所に投げて割っていました」
心が不安定になったり、フラッシュバックが起きたりするたびに、和美さんは自分を責め続けてきた。
つらかった日々を振り返ると、思わず涙がこぼれる。
声をあげても…「お前はまだマシ」
転機は2009年。性被害にあった女性が数百人の前で話す講演会に参加したことだった。
「子どもの性被害の実態も知ってほしい」
そんな思いが募るようになり、和美さんも過去の経験を語り始める。
重い話を暗い顔で話すのではなく明るく力強い言葉で。
これまで警察や学校など200回以上の講演会に呼ばれてきた。思い出したくない過去を話すことで、今でも高熱が出て体調を崩す時もある。
何よりもショックだったのはSNSに届く批判の声。
それも同じ性被害の当事者から「お前はまだマシだ」と言われたことだった。
まだまだ俺からしたらマシとしかいいようないわ。俺も性犯罪とか普通にされてたし
送信者に和美さんが返したメッセージは・・・
性犯罪の被害者としてお互いの傷の深さを競いあうのではなく、誰一人として同じ経験は無い中、お互い支えあいながら、加害者へこの苦しみを訴えることが大切ではないでしょうか。
わかってもらえなくても、聴いてくれなくても『声をあげる』ということから始めていかなければ、被害者はいつまでも泣き寝入りを強いられるのは悲しすぎると思います。
私は、私にしかできない範囲ですが、声をあげる選択をしました。
誘拐事件の被害者A子(8歳)
和美さんが踏み出した「声を上げる勇気」に、救われた人がいる。
工藤千恵さん(51)の人生を一変させた事件は、44年前に起きた。
1980年。大分県の小学3年生だった千恵さんは、56歳の男に連れ去られ、性被害に遭った。
事件は翌日の朝刊にのり、学校で大騒ぎになった。
事件のことを聞かれるのが怖く、次第に心を閉ざすようになる。友達も、相談相手もできなかった。
思春期になり、女性らしくなっていく自分の体を見て、また被害に遭うのではと感じるようになり、胸にさらしを巻いて過ごした。鏡で自分の姿を見ると気持ち悪くなり、「死にたい」とも思うように。男性と2人きりになると震えが止まらなかった。
心の傷と共に生きる
21歳で初めて付き合った男性は高校の同級生だった。一緒にいても震えは起きず、被害を話すこともできた。結婚するならこの人だと思った。
それでも娘が、自らが被害に遭った年齢と同じ8歳になった時、少しでも帰宅が遅いと過呼吸になった。事件のトラウマはずっと消えなかった。
転機は11年前、和美さんとの出会いだった。
大阪で開かれた性被害当事者の集まりに初めて参加したときだった。
(工藤千恵さん)
「和美さんが帰り際にハグをしてくれました。『今日まで元気に生きていてくれて会いに来てくれてありがとう』と言われ、涙が止まりませんでした。当事者同士だからわかるんです。今日まで生きていたのはすごいよねと」
和美さんとの出会いが「前を向く力になった」。家族の支えもあり、消えない不安を抱えながらも、昨年夏、長年の夢をかなえた。
夫と共に、念願だった「フルーツ店」をオープンさせたのだ。
(工藤千恵さん)
「性被害に遭ったことで学校に行けないとか部活を辞めることになったとか仕事に行けなくなったとか、いろいろ断念してしまった人がたくさんいると思います。被害に遭っても何歳からでも、夢は叶えられることを私自身の生きている様子で証明がしたいです」
加害を繰り返した男性「反抗しない子どもに…」
和美さんと千恵さん。2人に共通するのは、つらい青春時代と、成人後も消えないトラウマだ。性犯罪が、「魂の殺人」と言われるゆえんでもある。
では、子どもへの性暴力を繰り返すのはどのような人物なのか。過去に性加害を行った男性が取材に応じた。
東京都に住む加藤孝さん(60)。10人以上の子どもに性加害をした過去がある。子どもを性の対象とする精神疾患「ペドフィリア」(小児性愛障害)と診断されている。特に思春期前の少年に性的興奮を覚えるという。
加藤さんは、強い立場の大人が子どもに性加害を行うのは容易いと話す。旧ジャニーズ事務所の創業者による性加害の構図も同じだと指摘する。
(加藤孝さん)
「地位を利用した非常に卑劣なものだと思います。僕自身も同じような立場で子どもに性加害をしてしまったことがあります。僕が加害を考える相手は加害をしても反抗しないだろうと思える相手でした」
加藤さんは38歳のときに男子小学生に対する強制わいせつ未遂の罪で起訴された。
「このままでは子どもの命を奪いかねない」と感じ、交番に自首したのがきっかけだった。その後、懲役2年保護観察付きの執行猶予4年の有罪判決を受けた。
(加藤孝さん)
「被害者の方々の人生をひどい形で破壊してしまったと思います。性被害を受けた子どもは死を生きるようになると聞いたことがあります。取り返しのつかない傷、そして長く長く続いてしまう傷を与えてしまって心から申し訳ないことをしたと思っています」
消えない欲求 “加害しない自分”を保つ
子どもに性的な関心を持つ人は男性で人口の5%、女性では1~3%とするデータがある。「『小児性愛』という病―それは、愛ではない」(ブックマン社)を著した、精神保健福祉士で社会福祉士の斉藤章佳さんは、「ペドフィリア」と診断された200人以上を治療した経験から、子どもへの性加害の背景には自らの犯罪行為を身勝手に正当化する「認知の歪み」があると指摘する。
(斉藤章佳さん)
「自分に寄って来てくれるんだから、子どもも自分と性的接触を望んでいるに違いないと思い込んでしまう。子どもと道で出会って、周囲に誰もいないときに『おいしそう』と頭をよぎってしまう。彼らは我々と子どもの見方が全然違います」
斉藤さんによると、小児性犯罪者が子どもに性加害を始めたときから治療につながるまでの期間は平均14年。逮捕されない限り、本人が病気だと認識しないケースが大半だという。
(斉藤章佳さん)
「私が今まで接してきた200人以上は治療を長く受けている人も含めて、子どもに対する欲求は消えたことがないと話します。治るというよりは、欲求や衝動を持ちながらも加害をしないようリスクマネージメントをしっかりして今日1日再犯しないということを積み重ねていく。これが治療の原理原則になります」
性加害を行っていた加藤さんは逮捕されたあと、弁護士を通じてペドフィリアの治療のことを知った。今は週1回、精神科に通院。ほかにも性依存症の自助グループのミーティングに参加したり、心理カウンセリングを受けたりして治療に取り組んでいる。
これまで24年間、加害行為はしていない。
(加藤孝さん)
「治療によって加害への衝動は抑えられます。子どもに性加害をしている人や、してしまいそうな人に対して、加害をしないよう変われることを自分の姿を通して伝えたいです。病気だから仕方がないということは絶対にない。それが病気であっても、加害を繰り返さず変わっていく責任が私にはあります」
当たり前の光景がリスクに
罪を二度と犯さないために外出するときのルールも決めている。そのひとつが子どもを視界に入れないことだ。
性別にかかわらず、子どもを連想させるものも刺激になる。
制服姿の女子生徒が電車に乗ってくれば、自ら席を移動する。
また、駅のホームで小学生の子どもと出会った際は、目を閉じる。
私たちには当たり前の光景が罪を犯しかねないリスクになるのだ。
子どもを守るために大人ができること
子どもに性的な興味を抱く成人は、100人に数人の割合で存在する。そして彼らは、たとえ治療につながったとしても、その欲求が絶えることはないという。特に子を持つ親は、「周囲にそういう人がいるかもしれない」という意識を持ち続けることが必要となる。
自らが被害に遭った和美さんは、講演会で子どもを持つ親に必ず伝えていることがある。
〇体は全部大事。特にプライベートパーツと呼ばれる胸や性器などは特に大切なところであると子どもにまず教える。
〇その上で、プライベートパーツを人に見せる、見せられる、触る、触らせることはダメ。嫌だと言って逃げてもいいことを伝える。
〇そして、たとえ逃げられなかったとしても信頼できる大人に相談していいことを伝える。
〇子どもから被害の相談を受けたら、絶対に怒らず「話してくれてありがとう」と伝えて早急に支援につながるようにする。
〇日ごろから安心して何でも話せる家庭環境づくりを心掛ける。
和美さんは今、心理カウンセラーの資格を取り、自分と同じように心身に深い傷を負った人たちに寄り添う活動を続けている。
(柳谷和美さん)
「私が受けた被害のように子どもの性被害は可愛がりや遊びの延長にあり、子どもは被害という認識がありません。小児性犯罪は子どもを騙して加害をする卑怯な犯行です。助けてと言えなくて、被害にあっている子どもはたくさんいると思います。自分みたいな思いをする子どもを無くしたい。そして、子どもの性被害がその後の人生にどれほど影響を与えるかを知ってほしいです」
(MBS報道情報局 吉川 元基)
※この記事は、MBSニュースによるLINE NEWS向け特別企画です(年齢は取材当時)。