謎に包まれた「ガーデン」
現在TVアニメが絶賛放送中の『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』のメインキャラクターのひとりであるヨルは、弟のユーリを養うために幼少の頃から「ガーデン」と呼ばれる暗殺組織に所属し、凄腕の殺し屋「いばら姫」として東国に巣食う売国奴たちを始末してきました。子供を暗殺者として育て上げる「ガーデン」とはどのような組織なのでしょうか。
「あのでもこちらに 売国糞野郎殿がいらっしゃると聞きまして……」
このセリフはヨル・フォージャーがまだヨル・ブライアだった頃、初めて披露した暗殺の際に使ったものです。「売国」という言葉が使われていることから考えると「ガーデン」は主人公たち3人が住んでいる東国(オスタニア)にとって、害のある人間を始末するために暗殺を行なう組織であることが示唆されています。ヨル自身は幼少時から殺人術を叩きこまれ、圧倒的な身体能力と戦闘能力を生かし、命じられるままに汚れ仕事を請け負い続けてきました。
組織構成やメンバーの数など詳細は謎に包まれていますが、のちにヨルと同様、ガーデンの一員である人物も登場します。ヨルに対する暗殺命令は家や職場にある電話で「“お客さま”が入りましたよ いばら姫」と直接通達される形になっています。監視社会である東国は電話や封書もすべて監視下にあると言っても過言ではない状況でしょう。いかに東国のために働いているとはいってもやっていることが殺人である以上、罪は免れません。隠語を用いて連絡を取るのは当然と言えます。
なお、「ガーデン」の存在は裏社会では知られた話ではありますが、凄腕の諜報員であるロイド・フォージャーは存在を信じてはいません。この事から考えても、組織自体の隠ぺいはかなり高度な水準で行われていると思われます。
「ガーデン」の元ネタとは?
さて、そんな「ガーデン」の元ネタですが、おそらくは中世ヨーロッパの時代に猛威を振るった暗殺教団(アサシン教団)であると思われます。イスラム教・シーア派の一派であるニザール派の活動が元になって作り上げられ、勇猛果敢ではありますが必要ならば暗殺も行う、自己犠牲をも厭わない戦士たちが所属していたとの伝説があります。勇猛果敢な暗殺者という内容は、現場にいるときのヨルのイメージにぴったりです。
さらに13世紀頃ヨーロッパに伝えられたのが「秘密の園」伝説です。「山中に楽園のような秘密の庭園を築いた老人が若者を連れてきて、秘密の薬を調合して楽しませる。その上で老人は若者に使命を与え、達成したら再び園へ戻ることを許す」という内容で、後に暗殺教団の伝説と混ざり合っていきました。
まだアニメ化はされていませんが、原作の44話にはヨルに命令を下す「店長」が登場しており、「庭」の草木の手入れをしています。この点から「ガーデン」の元ネタのひとつは「秘密の園」伝説であると思われます。
しかしながら暗殺教団は時代背景の問題もあり体系的な組織とは言い難いものがあります。この問題点を埋めるため、1930年代から40年代にかけてアメリカで活動していた暗殺組織であるマーダー・インクの要素も加えられていると考えられます。
マーダー・インクはプロの殺し屋を集めた集団で、通称「殺人株式会社」との異名を持っています。殺しの依頼を受けたリーダーは適任の殺し屋を選び、選ばれた殺し屋は仕事を終えると、あるキャンディストア(駄菓子屋)で休憩し、店の前に並んだ電話ボックスのいずれかが鳴ったら受話器を取って結果を報告するという形式になっていました。
殺し屋たちのエピソードも数多く残されていますが、そのなかには「アイスピックで心臓を一突き」「銃で撃たれて負傷したが撃った男を砂浜に埋めた」「子供を殺し屋家業に誘った」など、ヨルの描写に影響を与えた可能性があるものも散見されます。
「ガーデン」の元ネタは暗殺教団と「秘密の園」伝説、そしてマーダー・インクが複合されたものだと思われます。現代は街中にカメラがあり、また道行く個人個人もスマホでの撮影が可能な時代となっており、武器を使っての暗殺はフィクションでもやりづらくなっています。その点、東西冷戦を元にした『SPY×FAMILY』は暗殺者が最前線で戦うシチュエーションを展開しやすくなっているのは、世界設定の妙だと言えるのではないでしょうか。
(早川清一朗)
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