「おかあさん、どこ?」と泣きそうな声で誰もいない荒れ地をさまよう小さな女の子。ギイイッという音の先には、建物の上に乗り上げた漁船が…。
「舞台あいさつって、普段はあまり緊張せず楽しいものなんです。でも、今回は怖いと感じました」
「3・11」からずっと続く「ある気持ち」
「こんなことをやっていていいんだろうか、もっと役に立つことをしなければいけないのではないか」
「仕事を休んでボランティアに行く人や、実際に仕事を変えた方もいらっしゃるでしょうけど、僕はそこまで踏み切ることはできませんでした」
東北での舞台あいさつで聞かれた「声」とは
「名取でそのことを話してくださって、ありがとうございます」
『君の名は。』に続く『天気の子』では気候変動により異常気象が続く世界をテーマに、誰でも被災当事者に成り得ることを描きました。しかし、『すずめの戸締まり』では今まで直接描かなかった現実の震災による爪痕を、物語のなかに登場させたのです。
「お客さんに嫌な思いをさせてしまうのではないか。無用なハレーションを起こしてしまうかもしれない。かといって東北だけ舞台あいさつに行かないのも不自然ですから、スタッフとも相談し、行くことにしました」
「どの地域でも、舞台あいさつの合間にローカルテレビ局や新聞社の取材を受けますが、東北では、インタビュー中に涙ぐむ方や、『自分も被災者で…』と、ご自身の体験を語ってくださる方もいらっしゃいました。もちろん、観客の温度感も違いました。どの地域の舞台あいさつでも鑑賞後に泣いてくださっている方はいるのですが、東北の劇場の場合、その涙がどういう意味なんだろう、本当に大丈夫だったのだろうか、必ずしも映画に感動したということだけではないのかも、と思いました」
「奇妙な話かもしれませんが、みなさんこちらを励ましてくださるんです。『大丈夫ですよ』とか、『ナイーブに見えますけど、元気出してください』といったお言葉をたくさんいただきました。それは東北三県で共通していたことです」
何かを表現することは常に「暴力性」を帯びる
「映画を観に来てくださる方々が励ましてくれた一方、『こんな映画は許せない』と思っていらっしゃる方々もいるだろう、ということも同時に思いました」
『すずめの戸締まり』には、震災の被害を想起させる描写も少なくありません。そうした表現は誰かを傷つける可能性があることを、新海監督は十分に自覚した上で、それでもあえて描写することを選んでいます。
▲公開中の『すずめの戸締まり』PVでは、作品タイトルが表示される0分51秒から、地震災害を想起させる表現が随所に挿入されている。PVで災害を止めたい、大切な人を守りたいという主人公の思いに感情移入させられる場面も
「何かを表現することには常に何らかの暴力性が帯びると自覚しています。しかし、その暴力性を過剰に避けたら誰の心も動かせないものになってしまう。それではそもそもエンタメを作る意味も意義も見出せない。人間関係はなんであれ、深く知ろうと思えば、傷つけあう過程がどうしてもあります。勝手な言い分かもしれないですが、触れてほしくないことというのは、触れてほしいことでもあると思うんです」と、新海監督は話します。
『すずめの戸締まり』では、主人公のすずめが震災による悲しい記憶と向き合い、自分自身を励ましながら前へと歩き出す姿が描かれています。
震災に興味がなくても「面白そうだから見てみよう」と思える作品を
「映画で描いた国道6号線沿いのシーンは、道路だけが真新しく、道路沿いの家々は廃屋のようになっていますが、あれは現実の風景で、全て誰かの帰るべき家です。実際に東北へ向かう道路を走っていると工事車両の多さに気がつきます。地元住民よりも、工事関係者の方が多いようなところもあります。そういう風景が今も続いているんです」
「もし、震災に興味がなくても、面白そうだから見てみよう、話題だから観に行ってみよう、という広がり方ができるのがエンタメの力だと思うんです。そして、物語は観客と登場人物に感情移入、共感させることができる。そのためには、作品自体が面白くなければなりません」
「物語の力」というバトンが受け継がれていく
新海監督自身も「物語」から多くのことを学び、そして助けられてきたと言います。
「物語は、学校や家とも違う、第三の居場所のようなものだと思います。自分も10代や20代のころ、そういう場所に逃げたことはあるし、物語を通じて世界を少しずつ知ってきました」
「『君の名は。』の公開前、なにかバトンのようなものが手元に来たような気がしたんです。アニメーションによる自分の得意な表現と、観客が共有できるテーマに接点が見つかり、何らかの役割を果たすターンにいるんだという感覚です」
「自分がバトンを持っている感覚は、錯覚のようなものかもしれません。それでも、物語の作り手には、バトンが来たと感じるタイミングがきっとあるはずです。その錯覚がふいに訪れるという意味で、それは受け継がれていくものなんだろうと思います」
『君の名は。』、『天気の子」、そして『すずめの戸締まり』と。震災を機に自然災害と向き合い続けてきた新海監督。大きな衝撃を与えた2011年の大震災が若い世代にとって遠い出来事となってしまう前に、今しかないという強い覚悟で作った『すずめの戸締まり』は、震災の記憶を次の世代へと渡すバトンとなるのかもしれません。
[取材・文=杉本穂高/編集=佐藤勝、沖本茂義/撮影=小原聡太]
※本記事は、「マグミクス」によるLINE NEWS向け東日本大震災特集です。
INFO
東日本大震災から12年。あの時を忘れないために、教訓や学びを次代につなげていくために、一人一人ができることを。