2017年3月、ある1枚のポスターが完成した。
今ではすっかりおなじみになっているが、今までと一味違ったこのポスターが初めて登場したとき、驚いたファンも少なくないだろう。
2017年4月掲載の浅村栄斗(現楽天)のポスターから2019年9月掲載の金子侑司のポスターまで計20枚。このポスターの制作を担当するのがアートディレクターのSupernova株式会社の藤林久哉さんだ。
この20枚のポスターに込められた想いとは。
ライオンズの選手を知ってもらう
そもそもこのポスターが生まれたのは、球団からの「昔、ライオンズファンだったが、今はライオンズから離れてしまっている人や、ライオンズファンではない人が球場に来てもらうためのポスター」という依頼からだった。
そこで藤林さんが思いついたのは、ライオンズの選手を知ってもらうこと。「読んだ人がこんな素敵な選手いるんだというのを分かってもらえれば球場に行く理由の一つになってもらえるんじゃないかと」。
その思いが確信に変わったのは、球団の担当者との打合せだった。
「球団の担当の方と話していると、『球団の人って、選手のこと大好きじゃん』って感じたんです。もっと、ビジネスライクな付き合い方をしているのかと思ったら、『この選手はこういう人で』とかいっぱい出てくるんですよ。だったら、それを言っちゃいましょう、と。球団が大腕を振って、『僕たちスタッフもファンの方と同じくらい選手が好きなんだよ』という姿勢を見せることがいいブランディングにつながるのではないかと」
さらに続ける。「だって、栗山さんの『たまたまライオンズの帽子をかぶった信号待ちの少年を見つけて、サインボールを渡しに行く』っていう話、めちゃくちゃ胸がときめくじゃないですか」と満面の笑みを浮かべた。
ダゲキングに秋山は…
ポスターは、球団の担当者と打合せをした後、藤林さんがデザインし、選手に見せる。その選手との打合せの中でも様々なエピソードが生まれる。
その一つとして秋山翔吾の「ダゲキング」について語ってくれた。
覚えている人も多いだろう。2017シーズンの7月に掲出された秋山のポスター。そのキャッチコピーは「ダゲキング。」
「それを見せたときに、秋山選手から『“ダゲキング”って僕には似合わない。中村さんみたいなイメージ』って言われたんですよ」
しかし、藤林さんは「“ダゲキング”は秋山選手しかいない」と確信していたという。
「ホームランだけが打撃ではない。ヒットも、出塁もすべて含めて打撃。“ダゲキング”に一番近しいのは秋山選手だと思う」と力強く話す。
その1年後、秋山は再びこのポスターに登場するが、その際に秋山からこんな言葉をかけられたという。
「ダゲキングのタオルを掲げている人とか、もちろん周りからの反響はあった。でもそれ以上に自分の中であった。球団が“ダゲキング”というキャッチコピーで押してくれている。それなのに恥ずかしい成績は残せない」
2017シーズン、秋山は自身初の首位打者のタイトルを獲得。藤林さんは「このポスターでそんなに思ってくれる人がいて、成績まで左右してしまう。すごいことをしている」と目を輝かせた。
シンガリ部隊に込められた想い
2017シーズンから、今まで計20枚のポスターを制作した藤林さん。一番印象に残っているポスターは2017年8月に掲載された「Lの生命線 シンガリ部隊。」というキャッチコピーの増田達至、大石達也、武隈祥太、シュリッターら中継ぎ陣が登場しているポスターだ。
2017年6月、森慎二投手コーチが亡くなった。中継ぎ陣の奮闘は、森コーチの尽力あってこそのもの、チームに多大なる貢献したコーチに球団として敬意を表したい。そのメッセージを入れてほしい、と担当者からの依頼があった。
しかし、藤林さんは当初、その依頼に対し、首を縦に振らなかった。
「このポスターは今まで明るく、キャッチーな表現で作ってきた。その中に、そのようなメッセージを入れるのは難しい。『森さんが亡くなったから頑張る』というそんな簡単な表現でもない」
藤林さんも森コーチへの球団のメッセージを入れたいという気持ちを反対したわけではない。ただ、今までのテイストと違いすぎて、うまく伝える自信がなかったという。
「縦読みとかどうですかね」と提案したのは球団の担当者。藤林さんもそこでピンときたと話す。「縦読みは難しいかもしれないが、隠し文字としてなら入れられるかもしれない。ポスターに2つの意図を込めればいいんだ。わかる人にはわかる、それでいいんだ」
できたポスターには、「しンジさんと闘う」(ポスターで使用している文字のまま)というメッセージが込められた。
「心が動いた1枚だった」藤林さんはそう振り返った。
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