「カサンドラ症候群」をご存知ですか?
カサンドラ症候群とは、発達障害特性のあるパートナーと安定的な関係を築くことの困難を感じている人々が抱える重いストレスを原因とする、身体的・精神的症状のこと。正式な医学名ではなく、あくまでも「そういった状態」であることを指しています。ネット検索すると、「約247,000件」がヒットしますが、パートナーとの関係はプライベートなことでもあり、なかなか周囲には理解されず、相談することもできずにひとり苦しんでいる方も多いようです。
ブロガー・インスタグラマーとして活動するアゴ山さんは、結婚、出産を経て徐々に夫と「心が通わない」ことに疑問を抱き始めたと言います。後々Twitterで「カサンドラ症候群」を知り、その状態に陥っていたと気づいたそうなのですが、当初は「最初はひとり悩んでいました」と振り返ります。
アゴ山さんが葛藤し続けたという「夫と心が通わなかった日々」について『カサンドラ症候群になって離婚した話』というタイトルでInstagramで発表したところ、大きな反響があり、書籍化も。
Instagramに寄せられたコメントには「私もまったく同じ状況」「周囲に話すと『そういう人だと結婚前にわからなかった?』と言われてしまい相談もできない」という共感のコメントが多数ついています。
まずはアゴ山さんの実話をコミック化したという『夫と心が通わない カサンドラ症候群になって離婚した話』のあらすじをご紹介しましょう。
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出会ったころから自分の要望は口にせず、顔に表情がほとんどでないユーマさん。アゴ山さん(作品中ではアコさん)の話や不満を嫌がらず聞いてくれるため「天然キャラで穏やかな人柄」と、惹かれていきます。
一緒に暮らす中でちょっとした彼の発言や行動に「?」と思うことがあったものの、「天然・マイペース」なユーマさんに「私が合わせればいい」と思っていたそうです。
そして結婚。結婚した当初は穏やかで平和な日々。「優しい」ユーマさんとの生活に満たされていました。しかし子どもができると状況が変わっていきます。
「赤ちゃんができたみたい!」と喜んで報告しても表情がないままに「あ、そっか」と言われ、アゴ山さんは寂しさを抱きます。生まれた子どもを初めて抱いても無表情。子どもが突然熱を出し「病院を探して欲しい」と慌てて言うと「俺じゃわからないから決めていいよ」と言ったり、子どもの発育のことで悩んで相談をしてもユーマさんからの意見はなく、「そういうものでしょ」と流されていたそうです。
意見を求めると、うつむいたまま黙ってしまうというユーマさん。
アゴ山さんが色々言い方を変えて伝えたいことを話しても手ごたえがなく、気持ちが届いている感じが全くないその様子に思い悩み、周囲に相談すると「男の人ってみんなそういうものだよ」「ギャンブルもやらない真面目に働いて欲もない、そんな人に文句言うなんて贅沢」「アナタがワガママなだけ」と言われてしまい「自分の期待を勝手に押し付けているだけなのかも」と思い、ひとり反省することも。
ワンオペ育児が続く中、子どもが「自閉症スペクトラム」の診断を受けます。今後のことや子どもの様子について話したり、意見を聞こうとするも、ユーマさんは相変わらずのマイペースぶり。何とかコミュニケーションをとろうと奮闘するのですが、アゴ山さんの求める「一緒に何かを共有したい」という思いは届かないまま。
そのうちにアゴ山さんが心を病んでしまい…。
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今回は、アゴ山さんの元へ寄せられたという同じ「カサンドラ症候群」に苦しむ読者からのお悩みをご紹介しながら、ご自身もかつてカサンドラの経験がありカサンドラ症候群専門カウンセラーをされている真行結子さんに、カサンドラ症候群の対処法と、「パートナーと心が通わない」という苦悩についてお話をうかがいました。
アゴ山さん:私の元夫は、物静かで無欲で、周囲からはいわゆる「いい人」だと思われていました。だから、夫への違和感を周りに伝えても、わがままだとか、我慢が足りないとか言われることが多くて…。そうなると、誰かに相談する気も起きなくなって、ますます孤独になっていきました。
真行結子さん:私もアゴ山さんと似たような経験をしています。病院へ行ったときのエピソードも全く同じで、お医者さんに「僕も家ではそうだよ」と言われてしまいました。だからそのときのアゴ山さんの気持ちが痛いほどわかります。
アゴ山さん:お医者さんに言われちゃうと、「やっぱり私が間違っているんだ」と受け入れるしかないんですよね…。今回は同じく「カサンドラ症候群」に陥っているという、私のマンガの読者さんから寄せられたお悩みについてうかがえますでしょうか。
■夫と心が通わないことを周囲に相談しても理解されない…
▶マンガ読者さんから寄せられたお悩み1
『夫と気持ちが通じ合わないことを周囲に話しても「夫婦なんてみんなそう」「良い夫なのに贅沢な悩み」などと、夫を受け入れない私が悪いかのように思われてしまい、誰にも言えずに自分の殻に閉じこもってしまいます。周りへの伝え方はありますか?』
真行結子さん:実際、一つ一つの事象だけを見れば、どこの家庭にもあるようなエピソードだったりするわけですよね。ただその量と質が違うので、実際に体験してみないとわからないんですね。
私が悩んでいた時代は「カサンドラ症候群」という言葉がまだ日本に浸透していませんでしたが、本当にここ2〜3年で「カサンドラ症候群」という言葉が広まった感覚があります。今の時代はカサンドラ症候群に関する書籍もたくさん出ているので、周囲に理解してもらいたい場合は、そういった書籍を見せながら話をするというのもひとつの方法だと思います。
私の元にカウンセリングに来る方は、ネットで検索して「カサンドラ症候群」を知ったという方が多いんですね。カサンドラ症候群は一人で抱え込むとどんどん深刻化して孤独に拍車がかかっていくので、まずは周りに相談したり、周囲に相談しづらければ、ネットやSNSで検索してみると、同じような体験をした方と繋がることができるのではないかと思います。
また、孤独で辛いということであれば、自助グループへの参加もおすすめしています。
今まで誰にもわかってもらなかったけど、同じ経験をした人たちに共感して話を聞いてもらえたことが心の拠り所になったという方もいます。とにかく一人で苦しまないでと言いたいですね。日常的なコミュニケーションに難があったとしても、夫婦の間にある課題に対して、『お互いに向き合っていこうとする姿勢』さえあれば、関係を改善することも不可能ではないと思います。実際、そうやってうまくいくご夫婦も多いです。
アゴ山さん:私の元夫の場合は、向き合おうと思って話し合いの場を設けても、すぐに黙り込んで逃げちゃうタイプだったんです…。
真行結子さん:そもそも「話し合いができない」というパターンはとても多いんですよね。
話し合いの工夫としては、相手の行動や人格そのものを否定するのではなく、生活の中で起きている「具体的な困りごと」について、「私はこう感じているんだけれど、それについて一緒に考えてほしい」と持ちかけてみてください。
人によっては集中力が持続しない場合もあるので、一度に全部話そうとせず、時間枠を設定して具体的なエピソードを一つずつ話していくといいでしょう。なかなか骨の折れる作業だとは思いますが、話し合いをしやすくなる環境を整えることは大切だと思います。
それでも難しい場合は、第三者に立ち会ってもらうのも有効です。2人だけで話をしていても、堂々巡りになったり、論点がずれていってしまうことが多々ありますから…。
■結婚したいと思っている彼と心が通じない…
▶マンガ読者さんから寄せられたお悩み2
『結婚したいと思っている発達障害特性のある彼と、心が通じないことがあるのが辛いです。どのように考えることが大事でしょうか?』
アゴ山さん:このようなご相談をコメントやDMでいただくことが多いのですが、どう伝えるべきか悩んでしまいます。
真行結子さん:2005年施行された「発達障害者支援法」が2016年に一部改正されましたが、その頃から「大人の発達障害」というものが徐々に認知がされてきたように思います。私の元にも、お付き合いしている段階でカウンセリングに来るケースも増えています。
今、大人の発達障害や周囲の関わり方に関する本がたくさん出ているので、カップルで一緒に本を読むなどして、情報を共有するところから始めてみてはいかがでしょうか。
アゴ山さん:体験談をマンガ化して発信をしているとネット上では「カサンドラ症候群という言葉に甘えてるだけ」とか「夫の悪口を言う免罪符になっているんじゃないか」とかの言葉も結構目にしてしまいます…。
真行結子さん:そもそも「カサンドラ症候群」というのは医学的な疾患名ではないため、定義が定められていません。また、「カサンドラ症候群」の方で、パートナーにすでに診断が下りているというケースは少ないんですね。でも、アゴ山さんがTwitterでカサンドラ症候群を知って道が開けたように、自分の状態を認識することで救われる人もいますので、言葉の定義にこだわる必要はないと思います。
アゴ山さん:たしかに、カサンドラ症候群という言葉を知らないままだったら、ずっと苦しみから抜けられなかったかもしれません。
真行結子さん:ネガティブに捉えずに、一緒に考えていけることが理想ですよね。例えばパートナーに何かしらハンディキャップがある場合、結婚するにあたって、「こういったサポートを受けよう」とか、皆さん事前にある程度シミュレーションされると思うんです。まずは2人で情報を共有して、結婚後の生活について時間をかけて考えていくことは必要だと思いますよ。
アゴ山さん:「時間をかけて」っていうのは本当にその通りですよね。私は勢いで結婚しちゃったところがあるから…。2人だけなら大丈夫でも、子どもが生まれてから問題が頻発してしまいました。
真行結子さん:やはり子どもが生まれるといろんな局面で、夫婦が力を合わせてやっていかなくてはいけないので、そこで問題が発生するケースはとても多いです。
アゴ山さんのケースのように、夫が育児への関わりが希薄だと、ワンオペになっていくし、メンタル面でも支えてもらえないからすごく辛い。だからこそ、お付き合いしている段階でわかっているのであれば、「あなたの苦手なところはここだから、ここは私がフォローするね。その代わりこっちはお願いね」などと、役割分担についてもよく話し合うことが大切です。
アゴ山さん:でも、付き合っている段階で相手の言動や役割分担について話し合うのってなかなか難しいことかもしれません…。
真行結子さん:結婚とは人生を共にしていくことですよね。パートナーとして、いろいろなことを一緒に乗り越えていかなくてはいけないので、言い出しにくいと感じたとしても、きちんと話をしておくことが大切です。その時点で、向かい合ってくれないようであれば、関係を考え直すことも必要かもしれません。
アゴ山さん:そうですよね。
真行結子さん:私のところに相談に来るカサンドラ症候群の方は、結婚前から風通しが悪い関係だったとおしゃる方が多くて…。相手の言動で何か気になることがあっても、そのときにやり過ごしてしまい、結婚後に辛い思いをされている方も。
ですから、結婚する前に、「話し合いができるかどうか」は大事なポイントにしてほしいと思います。
笑うことが大好きだったアゴ山さんが「笑えなくなるほど悩んだ」と語る「カサンドラ症候群」。
人生を共にするパートナーとは、「話し合い」を重ねていけば意見が多少違ったとしてもお互いを深く知ることにもつながります。でも、話し合いができず、心が通わない状態が続くとしたら、一緒にいる意味について考えてしまいますよね。
自分の状態を改めて確認し、「もしかしたら…」と思うことがあれば、一人抱え込まず周囲や専門機関に相談するなどしてほしいと思います。
<カサンドラ症候群専門カウンセラー 真行結子さんプロフィール>
カサンドラとその家族のための支援組織「カサンドラサポートステーション」および、カサンドラのセルフへルプグループ「フルリール」を運営、代表を務める。4,000人以上のカサンドラおよび発達障害特性のある方の肉声に耳を傾け、1,000人におよぶクライエントの相談に対応。
カサンドラはもとより支援者向けの、「カサンドラからの回復」や「カサンドラおよび発達障害への理解」をテーマとした講演の講師としても広く活動。公的機関における相談業務も行う。
<アゴ山さんプロフィール>
子ども2人と3人暮らしのシングルマザー。カサンドラ症候群になって離婚した経験や、自身の過去の出来事をブログ「アゴ山とヤバい奴ら」で発信している。
マンガ=鳥頭ゆば
取材・文=宇都宮薫