格子柄の赤いアンティーク着物を装い、純白のベールをかぶった姿は、聖女のようだ。
大島紬にサングラスとブーツを合わせた着こなしは、クラシックな洋画のポスターを思わせる。
衰退著しい着物業界に、独特のファッションセンスで輝きを放つ女性がいる。
京都の図案家、川原マリア(32)だ。
「いいですね!」
昨年11月20日、京都市内の写真スタジオ。カメラを構えた男性が声を上げた。
レンズの向こうには、朱色の生地にボタンやバラをあしらった振り袖を身にまとい、艶っぽく体を横たえた川原がいる。
シャッターが切られるたび、表情やポーズをくるくると変えていく。
着物は女の子を「3割増し」に
9日後にも大阪市のスタジオで撮影があった。この日の装いは明るいピンクの着物。頭にはふさふさしたうさぎの耳がぴんと立っていた。
「私は身長が157センチと高くないし、丸顔でこけしみたいでしょ。でも、着物は女の子を3割増しにかわいくするんです」
着物の魅力を語り始めると、川原の口調は次第に熱っぽさを帯びる。
着物姿で撮影した写真はSNSで発信しており、インスタグラムのフォロワーは国内外で合わせて1万7千人に上る。
「写真なら説明しなくても魅力が伝えられる。着物のイメージを変えられるかもしれない」
着物にサスペンダーをあしらったり、帯を細い革ベルトで留めたり、帽子やヒールを合わせたり。
遊び心あふれるコーディネートは、奇抜ととられかねない、ぎりぎり手前で調和している。たぐいまれなセンスが若い女性を引きつける。
「どこまで表現として昇華できるかを探りたい。『そんな面白いことする?』という見せ方をしたい」
”常識外”の図案を着物に
本職の図案家は、着物の模様や配色を考える、いわばデザイナーにあたる。
勤め先は、多くの和装業者が集まる京都の呉服問屋「京商」。パソコンとにらめっこしながら、どんな図柄が女性の心をつかむかイメージを膨らませる。
伝統的な市松模様を赤や黒、黄色で大胆に彩ったこともある。ストライプやアーガイルといった西洋柄も巧みに取り入れてきた。
2年前には子会社の社長になり、念願のオリジナルブランド「MICO PARADE」を立ち上げた。
「若い私にできるのは間口を広げること。着物を着たことがない女の子が『買いたい』『こういうことがしたかった』って言ってくれると、すごくうれしい」
少女のような愛らしさを残す顔に笑みを浮かべた。
信仰と受難の歴史を背負って
12月2日、川原は長崎市にいた。
市が主催する着物イベントで、和装で撮影する際に美しくきまるポーズを参加者に教えるためだった。
「女性らしく見せるには腰から足のラインを出し、S字を意識して」
「着物の柄が見えるよう、腰は横を向きすぎないで」
独学で身に付けた着物姿が映えるこつを、熱のこもった言葉で惜しみなく参加者に伝えた。
講座は好評のうちに終了。川原は、たくさんの女性たちに囲まれ、笑顔で写真に収まった。
長崎県は川原が生まれ育った土地だ。
6人きょうだいの末っ子で、両親は信仰心のあついカトリック教徒。難産で生まれたことから「マリア様からの贈り物」という意味を込めて名付けられた。
母方の祖父は被爆者。最近分かったことだが、その先祖は長崎市浦上地域に住んだ潜伏キリシタンで、明治初期に棄教を拒んで流罪にされたという。
川原の少女時代は、そうした土地や家に深く刻まれた信仰と受難の歴史を背負い、自分らしさを探し求める日々だった。
小学生のころから「自立したい。どこかへ飛び出したい」と願っていた。卒業文集には「ビッグな大人になる」と書いた。
小学校を出ると、自分の意思でカトリックのシスターを目指す長崎市の「志願院」という寄宿舎に入り、母も通った系列の中高一貫校で学び始めた。
立て続けに襲う不幸
志願院の生活は厳しかった。
生活するのは4人部屋。テレビはほぼ禁止で、外出は月1回3時間まで。お祈りの時間も1日に何度もある。
それでもひたむきに勉学に励んだ。
そんな生活に慣れてきたころ、川原家を立て続けに不幸が襲った。
中学3年の時、2番目の兄が病気で25歳の若さで亡くなった。
高校2年の冬には、工業デザイナーだった父にがんが見つかった。すでに末期だった。
川原は伏し目がちに当時の思い出を語る。
「年末年始に家族が集まった時、パパにせがまれて着物を着たんです。そしたら『かわいい』って言ってくれて」
年が明けてすぐ、父は世を去った。
気力を失い、生きるとはどういうことなのかと自問を繰り返した。
高校卒業後の進路を決める時期が間近に迫っていた。
志願院にいながら大学に進むには、看護師か介護士、教師を目指さなければならない。
でも、どれにもなりたくなかった。
「自分らしく生きたい」
大学には進まないと決め、志願院を出た。
着物に出会うまでの「紆余曲折」
着物イベントがあった翌日。長崎は雨が降ったり、やんだりの一日だった。川原は14年ぶりに母校を訪問した。
志願院でお世話になったシスターや恩師らに会い、近況を報告した。
シスターたちは「何も変わっとらんね」と川原を抱きしめ、デザインした着物の写真を見て「すごかー」を連発した。
担任だった槌本六秀(51)は優しい目で教え子を見つめた。
「昔から自分の軸のある子だった。心配しとらんかったよ。でも、ここにたどり着くまでどれだけ苦労したんだろう」
槌本が想像した通り、高校を卒業した川原が着物の仕事に就くまでには紆余曲折があった。
長崎を出ると、名古屋市にいた一番上の兄の家に転がり込んだ。
ケーキ店のアルバイトやスポーツショップのスタッフ、大手電機メーカーの事務職。転職を繰り返し、生計を立てた。
そして5年が過ぎた。
ある日、自分が志願院を出る時に抱いた気持ちを忘れ、生活の糧を得るためだけに働いていることに気づいた。
天国の父が示した”天職”への道
本当にやりたい仕事は何か、自分を見つめ直した。
思い浮かんだのは父の職業だった。
「デザイナーになりたい」
とはいえ、デザインの仕事は幅広い。考えをめぐらせるうち、直感が働いた。着物業界がいい。
「海外でも通用する日本のアイデンティティーは着物だから」
生前の父に着物姿を見せて喜ばれた記憶も、頭の片隅にはあった。
思いつきに近い選択だったが、行動は素早かった。
着物の本場は京都。インターネットを検索し、図案を専門にする会社が弟子を募集しているのを見つけ、すぐに連絡した。
その半年後には、京都で働き始めていた。23歳だった。
「お金がないから」輝きだすセンス
弟子の間は給料が出ないのがこの業界のしきたりだ。貯金を切り崩しながら生活した。必死で技術を身に付け、1年後には社員に登用された。
修業にいそしむうち、着物が持つ奥深い魅力にあらためて気づかされた。
「ひらひら揺れる袖、腰より高い位置の帯。着物は日本人を美しく見せる。長い年月をかけてたどり着いた形なんだ」
もともとおしゃれ好き。自分で着物を買いたかったが、社員になっても懐具合は厳しいままだった。
アンティークの着物や帯は安く手に入るものの、襦袢や帯締め、草履などの小物まではとてもそろえられない。
そこで、襦袢はタートルネック、帯締めはベルト、草履はブーツでそれぞれ代用した。見栄えが良くなるよう、色やデザインの組み合わせには気を配った。
「お金がないから、アレンジした」
それが結果として、川原ならではの着物ファッションを生んだ。
さらに、着物姿の自撮り写真をフェイスブックに投稿し始めたことで運が開けた。
写真を見た広告関係者から声がかかり、2014年にJR東海の「そうだ京都、行こう。」キャンペーンの広告モデルに採用された。
16年には、クラウドファンディングで資金を募り、着物の新しい魅力をアピールするオリジナル写真集を出した。
その前年には着物づくりを直接手がける今の勤め先に移り、以前より消費者に近い立場で仕事ができるようになった。
「試練も神の思し召し」祖父の教え胸に
その後もすべてが順調だったわけではない。着物業界は男社会だ。提案が「前例がない」とはねつけられたこともある。
それでも今、実力派の若手図案家として、周囲に認められつつある。
母校を訪ねた折り、川原は敷地内にある礼拝堂にも立ち寄った。
思春期の悩みをマリア像に相談した場所は当時のままだった。祈り始めると、涙をこらえきれなくなった。
「志願院を飛び出した私を、見守ってくださってありがとう。帰ってこさせてもらってありがとう」
心の中でそう感謝の言葉をつぶやいた。
被爆した祖父が通った浦上教会も立ち寄った。「信者ですが、いいですか」と中に入ると、再び祈りをささげた。
「おじいちゃんの代から、ここまで来られたことにお礼をいいました」
教会を出ると、雨の中を平和公園まで歩いた。
沖縄から来たという中学生たちが、平和祈念像の前に立ち並んでいた。代表の生徒が、慰霊の言葉を読み上げていた。
「おじいちゃんは試練を与えられても、それが神の思し召しならと受け入れてきた。私も、そういう精神を忘れずに未来を考えられる大きな人になりたい」
伝統産業を、若者の「選択肢」に
川原の夢は若い図案家を自分の手で育てることだ。
図案家の多くは70~80代。若手が入っても、修業の厳しさや給料の低さが原因ですぐに辞めていく。
それはいくつもの分業で成り立つ和装産業全体に言えることだ。
伝統的な技のいくつかが、後継者がおらず、途絶えかねないといわれている。
「私の写真や着物を入口に、和の奥深さを知ってほしい。子どもたちや若い人たちに、伝統産業も将来の仕事の選択肢にしてもらいたい」
もがき、迷いながら着物と出会い、その素晴らしさを知り、自分らしさを表現できる仕事にできた。
そんな川原だから、伝えたい思いだ。
【取材・文=今口規子(京都新聞社報道部)、撮影=松村和彦(京都新聞社写真部)、今口規子】