松岡修造の人生百年時代の“健やかに生きる”を応援する「健康画報」
辻 秀一先生の専門は、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮するためのメンタルトレーニング。
「揺らがず、とらわれず、ごきげんな心」を手に入れる辻メソッドは、アスリートに限らず、すべての人のクオリティ・オブ・ライフを高めてくれます。
以前から辻メソッドに関心があったという松岡さんが、ごきげんな心と人間関係のつくり方を詳しく教わりました。
スポーツドクター 辻 秀一先生
辻 秀一先生(つじ・しゅういち)
1961年東京都生まれ。北海道大学医学部卒業後、慶應義塾大学で内科研修を積む。クオリティ・オブ・ライフ向上のサポートを志し、慶應義塾大学スポーツ医学研究センター勤務を経て「エミネクロス」社を設立。応用スポーツ心理学をベースに「辻メソッド」によるメンタルトレーニングを展開。現在はスポーツの枠を超えて活動中。『スラムダンク勝利学』『自分を「ごきげん」にする方法』『「左ききのエレン」が教えてくれる「あなたらしさ」』など著書多数。
ごきげんでいるにはどうしたらいいですか?── 松岡さん
「まずは『ごきげんの価値』に気づくこと。そうすれば手放せなくなります」── 辻先生
松岡 辻先生は「ごきげんでいる」ことを提唱されていますが、いろいろなことが起きる日常において容易ではないと感じます。どうしたらきげんよくいられるのでしょうか。
辻 まずは「ごきげんの価値」に気づくことです。人はきげんがいいと、ご飯がおいしいし、よく眠れるし、アイディアも湧くし、人に優しくもなれる。それだけ価値があるとわかれば、ごきげんでいようと思うでしょう?
松岡 思います! 先生はその価値にどうやって気づいたんですか?
「人生の質」を学んだ映画『パッチ・アダムス』
辻 『パッチ・アダムス』というアメリカに実在する医師の映画を観たのがきっかけです。当時、研修医として1日20時間、ストレスにまみれながら気合いと根性で働いていた僕に、映画の「クオリティ・オブ・ライフ」という言葉が突き刺さりました。
松岡 激務に追われる毎日だったから、なおさらかもしれませんね。
辻 はい。その後、来日されたパッチ・アダムスさんの講演に行き、「人生の質は心の持ちようで決まる。心は人生で唯一コントロールできるもので、今幸せだと思えばあなたは幸せなんです。でも、世間の人の多くは心をコントロールできていないためにストレスを抱えている」という話を伺い、深い感銘を覚えました。
松岡 自分の心がコントロールできれば、幸せになれるということですね。
辻 そうです。じゃあ心をコントロールするってどういうことだろうと心理学や脳科学を勉強したところ、「揺らがず、とらわれず」の境地だとわかりました。そして、それを日本人の誰にでもわかりやすい言葉に置き換えると、「ごきげん」だと閃いたんです。
松岡 そうなんですね! ごきげんについて突き詰めて考えたことはありませんでしたが、一つはっきりいえるのは、僕が一緒にいたいと思うのは、きげんがいい人です。
辻 そのとおり! 誰も不きげんな人と一緒にいたいと思いませんよね?ごきげんは、いい人間関係を築くうえでも最大のメソッドなんです。
「意味づけに気づいて不きげんの海から脱出しましょう!」── 辻先生
松岡 ごきげんの価値に気づいたら、次は何をすればいいですか?
辻 禅の言葉にある「今、ここ、自分」を意識することです。変えられない過去にとらわれたり、見えない未来を憂えたり、人と比べて落ち込んだりしていると、どんどん不きげんになっていきます。世の中には、自分の心がつくった不きげんの海で溺れている人がいっぱいいます。
松岡 不きげんの海! 脱出するにはどうすればいいでしょう?
辻 自分の「意味づけ」が不きげんをつくっていると認識することです。よく皆さん「雨で憂鬱」といいますが、実際は水が降っているだけ。“憂鬱な雨”なんてものはありません。また、忙しい忙しいといってイライラしている人がいますが、予定がたくさん入っているだけのことです。
松岡 では、意味をつけないほうがいいんですか?
辻 それが、人間は意味をつけずにはいられないものなんですよ。ポイントは、意味づけしている自分に気づいて、「これは自分が勝手につけた意味だな」と俯瞰することです。無理にポジティブに考えるのとは違って、自然体になれます。そこでまた「今、ここ、自分」に集中することで、きげんがよくなっていく。意味づけに振り回されず、自分のきげんは自分で取る、ということですね。
松岡 「雨で嬉しい!」と自分にいい聞かせる必要はないのですね。
辻 はい。そういうことを続けていると疲れますからね。僕は自然体が楽でいいと思っています。
松岡 では、「ごきげんでいるために笑顔でいましょう!」という意味づけはどうでしょう?
辻 笑顔でいたほうが自分の気分がいいとわかっているならオーケー、「笑わなきゃ」だったらダメですね。
松岡 なるほど。
辻 表情や態度、言葉は心を形づくる大事なツールで、重要なのは「自分がごきげんになるか」。私は口に出すと気分がよくなる「ごきげんワード」を100個くらい持っていますよ。
松岡 100個も!
好きなことを考え、話すと誰でも気分がよくなります
松岡 ほかにはどんなことをすればごきげんになれるでしょうか?
辻 ごきげんワードの話につながりますが、好きなことを考えること、話すことです。修造さん、好きな食べ物は何ですか?
松岡 ご飯です。
辻 好きな色は?
松岡 オレンジ。
辻 好きな季節は?
松岡 夏。
辻 どうでしょう? 「好き」には正解不正解がないので、自由に楽しく話せますよね。好きなことを考えると脳からα波が出て、リラックスすることもわかっています。
松岡 では、実際に好きなものを食べるのもいいことですか?
辻 いいことではありますが、行動しなければならないので、思考で完結する僕のメソッドからは外れます。
松岡 え! 外れるんですか。
辻 食べるにはお金も時間もかかりますよね? でも、「考える、話す」はかからないし、基本的に時間や場所の制約もない。コロナ禍で食べに行けなくてもストレスは溜まりません。
「周囲とごきげんな関係をつくるには理解と応援が大切なんですね」── 松岡さん
理解し、応援することで人間関係もごきげんに
松岡 妻やマネージャーが不きげんなときは、僕は何ができるでしょう?
辻 理解に努めることですね。人には「わかってほしい」という強い本能がありますから。たとえば、仕事から帰宅して、妻に「今日いやなことがあったのよ」といわれると、男性は「どうして?」と理由を追求したり、「こうしたほうがいいよ」とアドバイスしたりしがちなんですが、そこは「いやなことがあったんだね」がいいんです。
松岡 意見を求められているわけではないんですね?
辻 ないです。相手を理解すること、わかろうと努力することが人間関係をごきげんに保ちます。
松岡 他人だけでなく、自分自身についても理解を深めれば、きげんがよくなりそうですね。
辻 おっしゃるとおりです。ごきげんな人間関係のもう一つの鍵は、「期待より応援」。期待というのは自分や他人を勝手な枠組みにあてはめて見返りを求めること。ほとんどのイライラはそれが叶えられなかった不満から生まれます。でも、応援は見返りを求めない。だから、いつも応援している修造さんは最高のごきげん伝達者なんですよ。
松岡 嬉しいです! 生涯、応援を軸に生きていこうと思っているので。僕は頑張っている人を見ると応援したくなり、応援すると感動とエネルギーをもらえるんです。
辻 エネルギーを他者に与えようとすると自らのエネルギーが増えることを、心理学では「フォワードの法則」といいます。ごきげんメソッドの王様なんです、応援は。
松岡 今日から修造を「ごきげん造」に変えたいなぁ。
辻 ごきげん造さん、最高です! みんながごきげんになれば人間関係もよくなり、最終的には世界平和に至る。僕は本気でそう信じています。
修造の健康エール
辻先生ご自身はいつもごきげんですか? そう尋ねると、先生は「はい!」と即答。「妻と娘2人が今ここにいたら、家でも外でも変わらずごきげんだと証言してくれますよ」と自信たっぷりにおっしゃるので、僕は思わず拍手しました。
そんな辻先生も病院で研修をしていた頃は不きげんな日も多く、看護師さんをやり込めることもあったのだそう。「でも、きげんよく生きる質のいい人生を知って、当時3歳と0歳だった娘たちにはそういう生き方をしてほしい、そのためには父親である自分が体現しないと、と思ったんです」。
先生のお話を伺って、僕は誰でもいつからでもごきげんな人になれると感じました。まずは自分の心に「ごきげんいかが?」と問いかけることから始めてみませんか。
松岡 修造(まつおか・しゅうぞう)
1967年東京都生まれ。1986年にプロテニス選手に。1995年のウィンブルドンでベスト8入りを果たすなど世界で活躍。現在は日本テニス協会理事兼強化本部副本部長としてジュニア選手の育成・強化とテニス界の発展に尽力する一方、テレビ朝日『報道ステーション』、フジテレビ『くいしん坊!万才』などに出演中。『修造日めくり』はシリーズ累計210万部を突破。近著に『教えて、修造先生! 心が軽くなる87のことば』。ライフワークは応援。公式インスタグラム/@shuzo_dekiru
撮影/鍋島徳恭 スタイリング/中原正登〈FOURTEEN〉(松岡さん) ヘア&メイク/大和田一美〈APREA〉(松岡さん) 取材・文/清水千佳子
『家庭画報』2023年2月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。